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 異変が起こったのは、その日の五限目だ。


 眠くなりそうな古文の授業中、億劫ながらペンを走らせていると、マシロが不安の色を顔に浮かべて落ち着かない態度で胸元に両手を添えていた。その光景に天馬はちょっとしたデジャヴを覚える。


「天馬くん、やっぱりわたし見られてるよ」


 耳元で(ささや)くように、またしても自意識過剰的発言をした。しかし今度の発言は完全に確信を帯びていた。

 迷いのないマシロの言葉に、授業中といえど無視することはできず、ノートの端の方に小さく文字を書き込む。


『それはこのクラスでの話か?』


 こくり首を縦に振るマシロを見取り、天馬はさらさらと加筆する。


『なら、今からお前は喋るな。今までの発言を聞かれてた可能性がある。代わりに頭の中で話せ。俺だけがそれを読み取れる』

『(なるほど、天馬くんあったまいー!)』速攻思うマシロは続けて『(天馬くんの左二つ後ろの席の子なんだけど、明らかにわたしを見てる、というか見えてると思うよ)』


 左二つ後ろ? と頭は黒板に向けたまま、天馬はクラス配属の日に見たクラス名簿を思い出す。

 まだ席替えはやってねえからそのままのはずだ。前から男女交互に座りなぜか順不同。そんでここから左二つ後ろとなると――あー……龍泉寺、か。


 あのどこかミステリアスな女子を思い出し、天馬は目をいつも以上に(すが)め貧乏揺すりを開始する。

 マシロの言葉をそのまま鵜呑みにするとして、龍泉寺にマシロが見えているということは少なからず霊感があるということだ。もしかしたら、昼休みに六反田との会話で出た霊能者だったりしないだろうか、なんて淡い期待を抱きつつ、その一方でマシロの勘違いという可能性も完全には拭いきれない。


 今までに一度も龍泉寺の思考を読めたためしがない分、余計に謎めいて見えるのだろう。それからマシロが見えていると決めてかかるのもよくない。少なくとも、龍泉寺とは一度会話を交える必要がありそうだ。




 放課後となり、次々と教室を去っていく生徒の中に龍泉寺の姿はなかった。

 代わりに天馬は、自席の机を枕代わりに顔を伏せるクラスメイトの姿を発見し、さりげなく近くに寄った。天馬の記憶では、五限目の休み時間までは普通にしていたため、六限目に突入して以降机と同化したものだと推察する。

 このまま寝かせといたら掃除の邪魔だなという気持ちは天馬には一切なく(そもそも週の始めに免除された)、ましてや他の掃除当番のことは二の次に、天馬は自分に都合よく掃除当番という大義名分を立たせ、気持ちよく眠る龍泉寺に声を掛けた。


「おい龍泉寺、いつまで寝てんだ。掃除の邪魔だぞ」

「ん……」


 やたら(なまめ)かしい吐息を漏らし、野蛮な声に反応を示す龍泉寺は、背筋をピンと立たせると座ったまま伸びをした。それから、腕を下ろしてふうと一息。そして目の前の天馬の姿を視界に入れたのだろう。寝ぼけ眼は一瞬にして鋭くなり、やたら怪訝(けげん)そうな声を出す。


「……なに?」

「なに、じゃねえ。掃除の邪魔だから起こしたんだ」

「ああ、そうなの。わざわざありがと」


 すまし顔であくまでクールぶる龍泉寺は、何事もなかったように横に掛けられた鞄を机に置くと、マイペースにも帰り支度を始めた。

 因みにこれまで一言も発しないマシロだが、あえて口を開かないようにと事前に指示してある。観察している限り、龍泉寺がマシロを見た様子はない。今のところ。


 龍泉寺木葉――黒髪ショートの似合うクールビューティ。整った目鼻立ちは美少女と太鼓判を押してもいいだろう。天馬同様、耳には最新機種であるSプロを装着している。カラーは淡いコバルトブルー。

 この湿気でジメジメし気持ち悪い中、未だにブレザーを着衣している姿はつい脱げと言いたくなる。一人我慢大会でもしているのだろうか。その割りには一切汗を掻いていないように見えるが。


 鞄に荷物を詰め込む作業を終え、席を立ち、この場から去っていこうとする龍泉寺にどう呼び止めるべきか頭をフル回転させていると、「ああ、そうそう」と何かを思い出したのか僅かにだが振り返り、


「――あなた、つかれてるね」


 不敵な笑みでそう言い残し、今度こそ龍泉寺は去っていった。


「つかれてるって、なんだろうね?」


 龍泉寺がいなくなったことを確認したマシロがおもむろに口を開く。

 つかれてる、文字通りに捉えるなら疲れてるが一般的だろう。確かにここ最近疲労を感じているし、元気と言ったら嘘になる。

 だが、これまでに一度も心の声さえ読めない龍泉寺が、今更そんな月並みなことを言うとも思えず、他に教室に残った生徒には目もくれず顔を鬼のような形相に変え(うな)っていると、本当に突然、それは閃いた。


「……あっ!」


 思わずそんな声を上げ、バカみたいに口を開け放つ。


「うわっ、ビックリした。どしたの天馬くん」


 どうしたもこうしたもない。この考えてる時間が無駄だと天馬は教室を出、龍泉寺を探すべく疾走する。

 天馬が閃いたこと、それはつかれてるという言葉が本当に意味するところだ。

 つかれてるは疲労する方の疲れてるではなく、取り憑かれる方の憑かれてる。

 つまり龍泉寺木葉には、幽霊であるマシロの姿が見えていたということだ。


 そのことを疑問符浮かべるマシロにも伝え、廊下を筋肉質の強面野郎が一心不乱に駆け抜けていると、「あそこ!」とマシロが指差した先に龍泉寺はいた。そしてどこかの部屋へと吸い込まれていく。真っ先に昇降口に行くと思っていただけに、この展開は予想外だ。


 ろくろく彼女が入った場所を確認もしないまま、脇目も振らずその空間に飛び込むと、中に龍泉寺の姿はなく、代わりにハンカチを口にくわえ洗面台で手を洗う六反田とばっちり目が合った。

 天馬がこの場所にいることに初め理解が追い付かないといった様子で目を見開く六反田だったが、口からポロッとハンカチを落下させると、遅れて点火した怒りに身を委ね、わなわなと肩を震わせて力一杯叫んだ。


「――ここから出てけこの変態っ!」


これで役者が揃ったといったところでしょうか。

次回、近日中。

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