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 恙無(つつがな)く昼休みを迎え入れた天馬たちの耳には、昼休み特有の賑やかな喧騒が聞こえていた。


 互いに机を動かしくっ付けあって食事をし出すもの。購買部行こうぜと級友を誘い教室を出るものなど様々だ。昼は天馬の存在すらも忘れさせてしまう大変貴重で伸び伸びとした時間らしい。

 もっとも、入学して二ヶ月は経っているため、そろそろ馴染んでもらわないと困るのは天馬の方でもあるのだがーー。


 いつもなら、昼になると決まって前垣内のやつが天馬の分の牛乳パックを持ってきて一緒に食事をとっていたが、今日に限ってそれがない。愚直にも、いや、前垣内的に言うところの健気にも、天馬の命令を従順に聞いているようだ。


 ある意味で昼休みの日課になっていた分、なんだかんだでないと寂しいと思いつつ、今日はボッチ飯を決め込もうと巾着袋の紐を解こうとした時、まるでトイレでも我慢するかのようにどこかそわそわとした様子で話し掛けてきたのはマシロだ。


「ねえ、天馬くん。ちょっといい?」

「(どうした、急に改まって)」とささやくように小声なのは、マシロの姿が天馬以外に見えていないからである。幸い、傍目に天馬の独り言は昼の喧騒(けんそう)に掻き消されていた。


「うーんとぉ、もしかしたらわたしの気のせいかもしれないんだけどさぁ~」

「(んだよ、言いてェことがあるなら早く言えよ)」

「なんかね、今日一日、学校に来てから誰かに見られてるような気がする」

「(……マジで言ってんのか? それ)」


 こくり、とマシロが首を縦に振る動作を見て取り、昼休みに入るまでの光景を、記憶を思い出す天馬。


「(……俺じゃねえかんな)」

「それはわたしが一番よく分かってるから大丈夫。そうじゃなくて、誰かからの視線をひしひしと受けてたんだよね。こう一身に! いや全身に? あり? まぁどっちでもいいや」


 いつの間にか疑問から確信に変わっていたマシロの言葉はさておき、こいつの話を信じるかどうかは別として、一応教室中をぐるりと見渡す。


 まるで獲物を探すような眼球運動の甲斐なく収穫はゼロ。そりゃそうだ。何しろ何を探せばいいか目的自体が不明瞭なのだ。そもそも犯人がいるのかも怪しい上に、本当にマシロの気のせいということもある。

 心の声はこの教室内に対応しているが、他愛もない考えばかりで不審な思考は一切読み取れないし、授業中、思い返してみても特にこれといったものはなかった。


「(やっぱ杞憂だってお前の。自意識過剰)」


 早々にそう結論付け、そうかな~と未だ唸るマシロの前で巾着袋の紐を解く作業を再開した直後、またしてもその行動を遮るようにガラッと後ろの引き戸を開けて入ってきたのは別クラスの女子、なんて言葉で濁す必要もない――六反田(ろくたんだ)緋依(ひより)だった。


 六反田はクラスの視線を一身に浴びているのもお構いなしにつかつかと天馬の席まで歩み寄ると、


 バンッ!

 壁ドンよろしく机を叩く音が静まり返った教室中にこだました。廊下を歩く生徒も何事かと足を止める。


「ちょっとアンタどういうつもり?」

「あぁ?」


 まったく身に覚えのないつもりの天馬は、突然の事態に露骨に眉根を寄せて、むすっとする六反田を見上げた。

 一触即発のムード、というのが出来上がっていた。周りは自分に矛先が向かないよう飛び火を恐れて静黙する。もちろんそれはマシロも同じ。ミロのヴィーナスのようなポーズで静止している。

 息詰まる静寂の中で口火を切ったのは六反田だ。「昨日、明日の昼に中庭で話そうって言ったのはどこのどなただったかしら?」と、口調こそ穏やかだが目が笑ってない。


「あー……」


 とりあえず思い出すフリというのをしてみて、「多分、俺」と自分を指差し引きつった笑みを浮かべる。

 すると「多分じゃなくてアンタよアンタ! その年で若年性健忘症か何かなの? あーかわいそかわいそ。それじゃお先真っ暗ね」

「てめ、心にもないこと言ってんじゃ……いや、忘れてた俺が悪かったよ」

「ふんっ」


 腕組み鼻を鳴らす六反田は、天馬に背を向け歩き出す。ついて来いってことなのだろう。今回の場合、明らかに天馬に落ち度しかないため、すぐに席を立ち、巾着袋を持って六反田の後に続こうとする。


 その時聞こえてきた心の声というのがこれだ。


『(あれって隣のクラスの六反田だよな。可愛いけどおっかねぇ~。一体どういう関係なんだ?)』

『(見たところ九条さんが尻に敷かれてるって感じだね。ひょっとすると恋仲にあるんじゃないかな)』

『(まさか九条さんに限ってそんなこと。いやでも有り得ない話じゃないか)』


 てめえら脳内で変な会話してんじゃ……いや、これ声に出てる方か。多少なりとも動揺してたから間違えたな。そもそも思考プロテクト稼動下じゃ脳内で会話なんてできねえし。


 困惑に暮れるクラスメイトたちを教室に残し、階段を下りて着いたのは中庭。不機嫌そうな曇り空のもと、単純に人気がないのか、あるいは今にも雨が降りそうな気配を(かも)しているからか利用している生徒の人数はまばらで、先に足を踏み入れた六反田はともかく、天馬の姿を認めるやぎょっと目を見開き、ただでさえ少ない人数がさらに半分ほどに減った。


「はは、九条アンタ嫌われすぎじゃない?」


 空いていたベンチに腰掛けながら、手にしていた巾着袋を木製テーブルに置きあざ笑う六反田。


「ひょっとしたらお前かもしんねえだろ。勝手に決め付けんな」

「抵抗のつもり? 笑える。この超絶プリチーな緋依ちゃんなわけないでしょうが」


 ここまで自分に自信が持てるやつはそうはいないだろう。長生きしそうというか知らず知らずのうちに恨みを買ってそうだ。心臓にぶっとい毛が生えているのはまず間違いない。


 いっそ清々しい六反田の自画自賛を静聴した天馬は、六反田の正面の椅子に座り彼女に倣い巾着袋をテーブルの上に置いた。


「ね、そこにいるんでしょマシロ」


 箸箱から取り出した箸をマシロの胸の位置に正確に向ける六反田は弁当の蓋を開けながら、


「アタシなりに考えてきたんだけどさ、霊関連に詳しい人に助言を仰げばいいんじゃない? たとえば霊媒師とか」

「記憶戻る前に無理矢理成仏させられそうだな。だが着眼点はいい。いわゆる霊能者と呼ばれる本職の人間に頼るってこったろ。この場合イタコか?」

「イタコって確か恐山を中心にいるんじゃないっけ。恐山に隕石落ちて消えちゃったけど。その辺にいるもんなの?」

「知らん。だが調べる価値はあんな。イタコ以外にも霊関連を掘り下げていくか。霊能者ってほとんどが自称のインチキだろうから本物を見分けるのはまぁまぁ骨が折れそうだ」

「んな難しく考えなくても意外と単純でしょ。マシロが見えるか見えないか、それで判断すればいいわけだし。でもそれを生業としてる人たちってまとまった収入とかじゃないだろうからかなりぼったくってそうじゃない?」

「あー、確かに」


 トントン拍子に話が進み会話に花を咲かせていた時、すぐ近くで女のすすり泣きが聞こえてきた。なんだ、ホラーか!?


「うぅっ、わたし一人のためにこんなにも考えてくれて、何だか申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになるよ……」


 ホラーの正体は幽霊少女ことマシロだった。


 おっぱいは元からいっぱいだろうというあまりにも空気の読めない突っ込みはせず、「んなこまけェこといちいち気にしてんじゃねーよ。俺が助けるっつったろうが」と率直に思ったことを告げた。


「うーわ、くっさー。臭すぎるわよそれ」

「臭いって、お前ひょっとして屁でもこいたのか?」

「違うわよ! アンタの台詞に臭いっつったのよ!」


 ムキーっと猿のように怒る六反田はさておき、天馬の言葉に頬を染めるマシロは、


「ありがとう天馬くん。嘘でもそう言ってくれて嬉しいよ。けどわたし、迷惑かけてる自覚くらいはあるんだから」

「別に嘘なんかじゃ……」

「ちょっと九条! 箸、箸浮いてる!」

「箸浮いてる? ――うおっ!!」


 箸が浮いてる――確かに傍から見ればそういう風に見えるだろう。が、実際はこうだ。

 先ほどまで天馬が食事に使っていた箸をいつの間にかマシロが掴み、一息に自身の心臓目掛けて突き刺そうとしていたのだ。


 自傷どころの話じゃない。普通は死ぬ。しかしマシロは幽霊だ。死ぬに死ねずのたうち回る羽目になるのが関の山だ。もちろん目の前の自殺ショーに傍観はせず、天馬は急いで止めにかかる。


「ちょっ、てめ。それ俺ン箸だぞ! まだ飯だって食い終わってねえんだからな?! 血のべったり付いた箸で食事なんかしたくねえ!」

「突っ込むとこそこ!? というかマシロが何かしようとしてんの、ねえ」

「昨日話してやったろうが、こいつに自傷癖があるって。つうかぼけっとしてねえでこいつ止めるのお前も手伝えや!」


 てんやわんやの大騒ぎだが、あれよあれよのうちに事態は収束し、後にはぜえぜえ息する天馬と六反田、それからマシロの姿があった。なぜだかみんな満身創痍、そしてこの場は死屍累々。


「なんでこんなに疲れてんのよアタシたち……次の時間アタシ体育なんですけど」

「俺が知るか。二つの意味で。マシロに訊けマシロに」

「訊きたくても訊けないのよ。って、このくだり何回目よ。学習能力皆無なの? バカなの? あ、バカか」

「うぅ、いたたまれないって思ってたらまたしても死の衝動に駆られてしまったあ……」

「死にたくなったから死のうとした。悪いかオォン!? ……だってよ」

「クレイジー……というか、マシロそんな口調だったの?」


 とりあえずまた箸を人質に取られたら困ると速攻で飯を掻き込み、然るべき手順で危険物に封印を施した後、残った時間を使い話の続きをしようと向き合う。


 因みに、先ほどの天馬たちの奇行を認めたからか、数えるほどしかいなかった生徒は、ついにはゼロになっていた。


「そういえばアタシ、マシロの人物像しか知らないのよね。ねえ、マシロの容姿ってどんななの?」

「なんだよ、藪から棒に」

「ふと気になったのよ。悪い?」

「わるかねえけど、六反田が期待するような大層なもんでもねえぞ。いや大層な部分もあるか」


 チラッとある部分を一瞥してから、


「まず胸がでかい」

「うわ、マジキモい。お願いだから死んで」

「は……お前今死ねっつったか?」

「言ったけど、なんか文句あるワケ?」

「ははは、お前死ねっつわれてるぞマシロ。死人に死ねて」

「えーーーーーーーっ!」

「あんたよ九条。あんたに言ったのよ……」


 呆れたといった具合に六反田が肩を竦める。それならそうと最初から言えよ。うっかり勘違いしただろうが。


「話を戻すと、まず胸がでかい」

「そこから言い直さなくていいってば。なにアンタ巨乳フェチなの?」

「えっあっ、ちちち違うぞ。てかんなこたァどうだっていいだろ! そんで、まぁ可愛いとは思う。俺個人の意見だから当てになるか分かんねえけど。背はお前よりあって俺よりない。髪は鈍い銀色で肩にかかるくらいだな」

「なぁんか全体的にアバウトな説明ねえ。漠然的というか、もうちょっと具体性がほしいところだわ。マシロの写真とかないの? この際絵でもいいけど」


 無茶言うなと天馬は思ったが、写真か。その発想は天馬にはなかった。写真を撮ったとしてマシロはどのように写るのだろう。


一、姿そのままくっきりと。

二、ぼんやり霞がかったように。

三、そもそも何も写らない。


 あるいはその他だが、答えは神のみぞ知るだ。実際に試してみなければ分からない、というか試した方が早い。

 つまりそういうわけで、今時珍しいスマートフォンをマシロに構えると、「なにそれ、わたし寿命取られちゃう!?」と死人ジョークを炸裂させた。


 んなくそ下らない茶番はいいからはよ撮らせろ。


 パシャリと撮影音を鳴らし、早速撮った写真を見ると、天馬とマシロからは普通の姿に見え、後ろから覗き込む六反田には煙が立ち上るように見えるらしい。

 そして驚くべきことに、写真を通して心の色も分かると言い出した。


「写真の他にも、映像とかその人が認識できさえすれば否応なく見えちゃうのよね。因みにだけど、描写した絵でも極稀に心の色が見える時がある。それはその時の描き手の想いが絵に込められてるってアタシは勝手に思ってるけど」

「写真や絵に関わらず、その時そいつがどんな思いだったか分かるのはマジすげえな。昔の偉人やら事件やら知らなかったことも色々と分かりそうだ」


 天馬の半径十メートルより遥かに汎用性があり優れていることに若干嫉妬しつつ、六反田が持ち合わせていた手帳を借りマシロを写生することに決めた天馬。心の色まで見えて思わず唸るような絵を描いてやる!



「……できた」


 十分後、写生を終えた天馬が額に滲んだ汗を腕で拭い取った。

 努力の甲斐あり、渾身の力作と呼べるものが完成した。このクオリティならぐうの音も出ないに違いない。その目でとくとご覧あれ――


 そんな思いで差し出した手帳を見取り、「う~~~~ん」と思いっきり唸ったのはマシロだ。天馬の狙い通り唸るものになったことには相違ないが、いまいち天馬が思っていた反応と異なるのにはどういった理由があるのだろう。その胸のつっかえを取ったのは、何を隠すまでもない六反田だ。


「あはははは! あんた超画伯じゃん! ある意味才能あるわそれ」

「……それ、褒めてんのか?」

「多分貶されてると思うよ」


 苦笑いするマシロ、爆笑する六反田のみならず、一般的な目線で見ると、天馬の絵はお世辞にもうまいとは言えなかった。むしろ下手だ。

 強弱のつかない所々歪な線で描かれる絵は見ていて不安に駆られ、正視に耐えないという表現がぴったりだろう。人と感性がずれてるとは天馬を指していう言葉だ。


 変なオチが付いたところで、もうじき鐘が鳴る時間となり、放課後また時間を作ることを約束し、天馬たちは教室へと戻っていった。


文字数が毎度多いような気もしますが、切りどころが余り見つからないのが難点ですね。

次回、近日中。

誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ。

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