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 たとえ相手が幽霊といえど女であることには変わりないため、図らずも女子と同居生活を送ることになった天馬だったのだが、一つ屋根の下、男女が生活を共にしていく上でプライバシーというものは必要だ。

 いかに天馬といえど思春期真っ盛りの男である。キッカケさえあれば狼にだってなり得るし、むしろ今は西高の悪魔として悪評轟いている。自慰行為も人並みにはするし、エロ本だってあの物の少ない部屋に最低十冊は隠されている。


 つまりそんなわけで、天馬たちは最低限の取り決めを交わすことにした。


 といっても、それは互いの行動を制限するような仰々しいものではなく、マシロは天馬の風呂やトイレ、着替えといった場面ではあまり見ないように席を外す配慮を心掛ける。

 天馬の場合、半径十メートル以内の距離関係にあるため、どうやってもマシロの心の声が聞こえてしまうが、極力聞かなかったことにし、野暮な突っ込みを入れず干渉しないというもの。

 それから同居人とはいったが、幽霊の身体だとあまり不便に感じることも少ないようで、食事を採らなくても空腹にはならないし、トイレに行くこともなければ、寝なくても生きていけるらしい。

 いや、既に死んでいる人間に生きていけるという表現は不適切ではあるのだが――。


 そんなこんなでとても爽やかとは言い難い朝を迎え、曇り継続、朝日を浴びることも太陽を拝むことも敵わないまま、天馬とマシロの二人は学徒群がる学校へと足を運んでいた。

 朝の通学路においても天馬の悪評は留まることを知らず、近くにいた何人かの生徒の心の声が自然と天馬に聞こえてきた。


『(うわ、つい先日学校の不良を眼光だけで膝まづかせたっていう九条くんだ)』

『(肩がぶつかったグループ全員に財布を出させたってのは本当なのかな?)』

『(西高の悪魔こえぇ~……舎弟まで作ってるらしいから何かおっ始めようとしてるのかも)』


 てめえら聞こえてんぞコラとうっかり口に出しそうになり慌てて口を噤む。が、全て事実であるため、否定できないのがこれまたいかんともしがたいところだ。

 因みにくだんの財布は、向こうが勝手に渡してきただけだ。返す間もなく走り去っていったため、流石に恐喝紛いなことを認知されるのはよくないと、財布は全て担任に押し付けてやった。当然中から一枚くらいならと偉人をスったりもしていない。


 まさか天馬に聞こえているとは夢にも思っていないのだろう。チラチラと視線を送る勇気ある――もとい、命知らずな連中にギロリとした目を向けると、まるで蜘蛛の子を散らすように陸上部顔負けの足の速さでいち早く学校の門を潜っていった。遠くでは主婦と思しきグループがひそひそと会話を交わしているが、それが余計に天馬の心を暗鬱にさせるだけだった。


「……はぁぁ~」


 長く吐いた重い溜め息に「天馬くんも苦労してるんだねえ」という所感を幽霊少女が漏らすが、そんな他人事全開の言葉ならない方が遥かにマシだ。

 すぐに学校には到着し昇降口に足を踏み入れると、天馬はピタッと歩みを止めた。違和感を感じ取ったからではない。天馬の上履き入れの前、前垣内がニヤニヤと気持ちの悪い笑みを張り付け、天馬のと思しき上履きをカッターシャツの中から取り出したからだ。そしてお辞儀をするように深々と腰を折り、突き出された両手には上履きが一足。


「おはようございます兄貴っ! 靴を温めておきました!」


 そう言って差し出された上履きを、天馬は「ふんっ!」という掛け声と共に地面に叩き落した。その動作に微塵(みじん)躊躇(ちゅうちょ)もない。


「ああ! 兄貴なんてことを!」


 そこここに落ちた上履きを甲斐甲斐(かいがい)しく拾い上げ、息まで吹いて几帳面に汚れを払う前垣内に、天馬は親指を昇降口の外に向け、周囲の目も気にせずやたら低い声を発した。


「ちょいと面貸せやコラ」



 ざわつく昇降口から脱し、訪れたのはまったく人気のない校舎裏。

 反対に校舎、反対に木々が広がっている以外には、他に何もありはしないもの寂しい場所だ。

 差出人不明のラブレターの主を待つようにどこか浮き足立つ様子の前垣内は、兄貴と慕うだけあって天馬をまったくと言っていいほど恐れずちゃんと目を見て、


「こんなとこまで連れてきてどうしたんスか? ……ハッ、まままさか僕の手作り弁当をご所望してんスか? ま、まぁ兄貴が望むのであれば朝早くから起きて作ってきますけど」

「ちげェよ。勝手に早とちりすんな。……うちに鞄と傘を届けてくれたのは感謝する。だが、あの紙切れはなんだ?」

「紙切れ? 紙切れってなんのことスか?」


 間の抜けた声でとぼける前垣内に、天馬は証拠品となる紙切れをポケットから取り出し鼻先に突き付ける。それを手に取る前垣内は目が悪いのか寄り目になるくらいまで近付けると、


「……えーと、この紙は一体?」

「忠告文だ。ある意味俺を脅そうとするな。お前が書いて、お前が俺のカバンに忍ばせやがったんだろ」

「ええっ!? ちち違いますよ。いやそれ以前に、うーん……」


 何やら煮え切らない態度で首を傾げる前垣内は紙を裏返しにしたり日も出てないのに透かしたりしようと奇怪な行動を繰り返していた。

 とても言いづらそうなことがある。傍目に、そんな風に見受けられた。

 と、その時だ。前垣内の心の声が聞こえてきたのは。


『(兄貴には悪いけど、何の話をしてるのかまったく分かんないなあ。何も書いてない紙を見せて、もしかして僕の動揺を誘ってる? それとも鎌をかけてるとか)』


 ……は?

 一体何を思ってんだ、こいつは。


 天馬は、前垣内相手に動揺も鎌も誘ってはいないし、かけてもいない。それは天馬自身が一番よく分かっている。当然だ。何せ自分のことなのだから。

 だからこそ天馬は、前垣内にこのように問いただした。


「おい前垣内、正直に言えよ。お前にはこの紙が何も書かれていない何の変哲もない紙に見えてんのか?」

「え? ええ、まぁ。そうっスね。ただの白紙の紙切れにしか見えないっス」

「……ッ!」


 くらり、と眩暈を覚えたわけでもないのに、天馬は体勢を崩し半歩ほど後退る。

 謎が謎呼ぶミステリーというキャッチフレーズが図らずも天馬の脳内を駆け抜け、それを迎撃しようとケミストリ部隊が動き出す。とはいうものの、心の声が聞こえたり色が見えたり、幽霊が跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)する世界で今更オカルトを否定する方が異端だろうが。


「不思議なこともあるんだねえ~」


 縁側で猫と一緒に日向ぼっこする婆さんみたいなことを言うマシロだが、お前こそ超常現象の塊だからな。そこんとこ履き違えるなよ。


 のんきなやつの相手は疲れると気付いたら疲弊する天馬は、アルツハイマー症の祖母に苦しむ母を見るような目を向ける前垣内を見た。

 その瞳には、多少同情するような哀れみも混じっていたが、それでも天馬にはとても前垣内が嘘を言っているようには見えなかった。ここに六反田がいれば疑惑も一瞬で解消されたのだろうが、無い物ねだりをしたところで現状にこれといった変化があるわけでもないし、先ほどの心の声は十分信じるのに値するだろう。


 もっとも、これが全て前垣内の演技でなければの話だが――。


「兄貴昨日から様子が少し変ですよ。もしかして体調が優れなかったりするんスか? それとも、もし悩み事とかあるなら僕が何でも相談に乗るっス!」


 ガッツポーズを作ってそんな優しい言葉を投げ掛ける前垣内に、天馬は「ありがとな」と事情は伝えず短い謝辞を告げた。果たしてそれに気を良くしたのか分からないが、


「へへっ、気にしないでください。この前垣内海斗。兄貴のためなら、たとえ家の中風呂の中兄貴の部屋の中……」


 甚だしく気色悪いことを言う前垣内のことは無視して、マシロが現役幽霊のようにゆらゆらと近寄る。いや幽霊だった。


「なんか普通にいい子だね? この……前垣内くん? だっけ」


 普通? 前垣内が普通だって?

 お前はこいつの本性を知らない――そう言おうとした矢先、犬が舌を出して喘ぐが如く前垣内がハァハァと息を切らす。


「――にしても、やっぱり兄貴の悪魔顔(デビルフェイス)はいつ見てもチビりそうになるっス。いや、実はもうチビっちゃいましたよ」


 恍惚こうこつを顔全体に浮かべる前垣内は、まるでたちの悪い薬でも決めているようだった。うわぁものほんのタイヘンさんだと引き気味にマシロが口にする。なぜ業界人風なのか気になるところだが。


 前垣内海斗――。

 こいつの正体は、真性のM。マゾヒストだ。


 これは後で知ったことだが、以前不良に絡まれていた時も、別に困ってたわけではなく、どうやら襲われるというシチュエーションに興奮していただけのようだ。

 そんなM歓喜な状況を妨害されて前垣内としても一瞬ムッとしたものの、助けに入ったのが不良なんて目じゃない天馬だったことから、助けられたのに託けて兄貴と慕い、今に至るというわけだ。


 因みに、助けての声が聞こえて駆け付けたのではなく、たまたま通り掛かったところに前垣内以下不良がいただけだ。


「バッチいから俺に近付くんじゃねえ」

「いやいや、嘘っスよ。う・そ。真に受けないでください。でも本当に快感なので、よかったらもっかいやってほしいっス!」

「ヤだよ、気持ち悪りィな」

「生殺しっ」


 未発達の男子といえど、身体をくねらせる姿は見ていて地獄だ。ちょっとした殺意すら覚える。


 そんな個人的感情とは別に、天馬は前垣内に今後今みたいな頻度で話し掛けてくんなよと釘を刺す。

 当然「どどどうしてスか!?」と慌てふためく前垣内だが、マシロと六反田の一件はむやみやたらと他人に口外していいものではないだろう。そういうわけで適当に理由を付け、半径十メートル以内に入ることがあれば、今後お前を敵と見なすと言ってやった。


 二ヶ月近く天馬に付き添ってくれたのは事実であるため多少可哀想だなとは思いつつ、しかし心を鬼にすることに決めた天馬。もっとも、顔だけならば既に般若越えと言っても過言ではないのだが。

 初め食い下がろうと口を開きかける前垣内だったが、折れることのない天馬の姿を見取ったのだろう。断腸の思いとばかりに下唇を噛みしめ、


「……分かりました。兄貴がそこまで言うからには、何か僕以外には話せないそれは深い事情があるんスよね。舎弟第一号である僕は健気にもそれに従うっス!!」


 お前にこそ言えないんだよという鋭い指摘はせず、自分で健気と言い切る図太さにこいつは長生きするなと思って手を閃かせ昇降口に戻ろうとする。

 曲がり角に差し掛かり、ふと気になりあいつがいた方向を見遣ると、既に前垣内の姿はそこにはなかった。


パソコンの故障により投稿が滞ってすみません。

次回、近日中。

誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ!

現在書いている別の新作はストックが溜まり次第投稿しようと思います。

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