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 果たしてこれを自己紹介と呼んでいいものか(はなは)だ疑問ではあるが、お互い名前と素性を明かし、こうなった経緯もひとしきり話し終えたつもりではあった。

 にも関わらず、どこか張り詰めた空気のままなのは、この家の住人である六反田(ろくたんだ)緋依(ひより)がいやにどす黒いオーラを放っているからだろう。


「おい、そのオーラやめろ。空気が淀む」

「えっ!? オーラってなに!? 意味分かんないんですけど!」


 ぷりぷり通り越しもはやぶりぶりと憤る六反田が天馬からそっぽを向いた。

 こいつがこんなにも憤慨(ふんがい)しているのは下着姿を見られたからというのも要因の一つとして挙げられそうだが、間違いなく一番腹を立てているのは、天馬が土足だったこともあり部屋中が汚れてしまったことだろう。帰宅してすぐは室内も暗く、あまり意識していなかったため気が付かなかったらしいが、こうして見ると汚れに拍車がかかっている。今日が雨というのも実に運がない。


「んなカリカリすんなよ。もうこれ以上はどうにもなんねェんだしよ。お前は駄々をこねるガキかなんかか?」

「何それ、対岸の火事ってこと!? 一体誰のせいで……ふん、まぁいいわ。不毛なやりとりは嫌いなのよね、アタシ。時間の無駄だから」


 こっちだって好きじゃねえよ、と天馬も思う。そしてすぐさま遠い目。

 顔を付き合わせてすぐは恐怖に彩られていたのに、今じゃすっかり慣れたのか言葉に険しかない。怖がられるよりは馴染んでくれた方が何倍もマシだと思っていたが、さっきのマシロといい、畏縮されるのには絶対的な自信があっただけにそれはそれでへこむ。


 複雑な心境のまま天馬はやおら周囲を見る。

 ここはまだ六反田の部屋だ。先ほど六反田が宙に浮いていたのはマシロによるポルターガイスト現象のようで、今はもう地に足を付いている。もちろん下着姿でもない。今は先の制服姿に戻っている。

 そういえばここにマシロはいない。今から数分ほど前、「ちょっと外行ってくる!」と告げ、壁を透けどこかへと消えたのだ。

 ちょっと、ということはまた戻ってくるのだろうか。むしろ戻ってきてもらわないと困る。この気まずい空間にずっと二人でいたくはない。いたところで六反田には見えないため、あまり関係のない気もするが。


 それから、どうやらマシロは六反田のことを知っているらしかった。

 斥候よろしく飛び出していってすぐに戻ってこなかったのは、六反田の姿を認め、見覚えのある顔に固まっていたのだという。それはもしかすると、ここに天馬がいる理由に直結するかもしれない――


「――にしても幽霊ねえ。確かにそうじゃないとさっきの事象に納得のいく説明が付かないとはいえ、アタシは話半分くらいにしか聞いてないわよ?」

「まぁ今はそれでいい。俺だって目紛(めまぐ)るしいことの連続に、思考が完全には追い付いてねえからな。全部信じろと強要することはできねえよ」


 ベッドに仰向けになっていた六反田はチラッと天馬を一瞥(いちべつ)すると、またしても天井を見上げ、『(……ふーん、嘘は言ってないんだ)』と(おもんぱか)った。

 その謎めく言葉の意味するところを推理しようとした矢先、「うきゃーー!」とまったく緊張感に欠ける悲鳴がこだました。


 ビクゥと身体を強張らせる天馬とは対照的に、六反田は無反応。ということは――。


「ちょちょちょっと天馬くん、どどどーしよ!?」

「んだよ。うるせェな。耳にキーンってきただろうが。……で、どうしたんだよ」

「移動できなくなっちゃった!!」


 主語を欠いたマシロにどういうことか説明を(うなが)すと、このような答えが返ってきた。

 今の今まで自由に空を飛んで移動していたこいつだが、少し進むとどうやら見えない壁に突き当たりそれ以上先へは進めなくなってしまったという。できる範囲で調べてみたところ、この部屋を中心に、見えない壁が円状にぐるっと展開されているらしく、(いわ)くその半径は十メートルほどだとか。

 マシロが嘘をつく理由もないためおそらく本当のことを言っていると断じていいが、言われたところで「お前自縛霊になってやんのー」と小ばかにすることしかできない。


「そのマシロって女の子、なんつってんの?」


 マシロの声が聞こえないため自然と蚊帳(かや)の外だった六反田に口頭で事情を説明する。


「ふーん……移動できないねえ」


 まるで他人事のような反応を示した後、


「あんた、確か九条っつったわよね。九条が屋上から落ちてきて地面に激突しそうになるところをアタシは見たわ。ちゃんとこの目でね」

「いきなりだな。それで、どうなったんだよ俺は」

「消えたわ」


 間髪を容れず紡がれた言葉に、ごくりと生唾を飲み込んだ。今よりも一層神経を張り詰める。


「消えた、だと?」

「そ。こうパッとマジシャンが人体消失マジックをするように消えたの。アタシの目の前からね」


 寝転んだまま、手をグーからパーにして六反田は言う。

 消えた。そうか。消えたのか……


「……あのー」


 穿(うが)ち過ぎな天馬のすぐ側で、カーペットに座ったように見えるマシロがおそるおそるといった感じに手を上げた。


「それなんだけど、もしかしたら、わたしのせい、なのかも」

「私のせいって、何か明確な根拠でもあんのかよ」

「うぅーん……そういうのは特にないけど、あの時無情にも落ちて死んだら今度は天馬くんがわたしの前に化けて出ちゃう! それだけはやめてーって、全力で願って目を瞑ったんだ。それで次に目を開けたらなぜか天馬くんとここにいたの。だからわたしのせいなのかなって」


 ……理由はともかく、わたしが願ったからか。

 確かに幽霊なんていうオカルト全開な存在が言うんだ。色々な意味で説得力がある。

 それに、さっき言った見覚えがあるというのも少し引っ掛かるしな――


「ちょっとアンタ、一人で納得してないでアタシにもなんて言ってるか教えなさいよ」

「……」


 間を取り持つ通訳の気分を味わい、マシロの言ったことをそのまま口にすると、いつの間にか上体を起こしていた六反田は視線を別に振り、『(本当のこと言ってんじゃん)』と黙考した。

 それに対し天馬は、どういうことだ? と眼光を鋭くすることはせず、またかと胡乱(うろん)な目付きで六反田を見た。


 これで二度目。つまりは決して偶然などではないということ。その確信めいた考えに至った理由を、今度こそ天馬は訊くべきだろう。

 しかし何の算段もなく「俺にはSプロを付けてても相手の心が読めるんだぜ!」と言ったところで、何言ってんだこいつとあっさり聞き流されて終わりだ。


 だから天馬は、「お前今と少し前、嘘は付いてないとか思ったよな?」と告げた上で、「詳しい説明をしてやるから何も訊かずに何でもいいから考えてみろ」

「はあ? アンタ何言ってんの? バッカじゃない。誰が……ったく、しょうがないわね」


 ぶつくさと文句を垂れつつも、最後は従うことに決めたようだ。そういう時は、天馬の顔ではなく決まって胸の辺りを見ているが、何か意味があるんだろうか。

 無乳の下で腕を組み、何でもいいと言ったにも関わらず思案投げ首の(てい)の六反田は「あ」と声を漏らすとニヤリ口角を上げ、


『(このでくの坊のストーカー。アンタマジキモいのよ、顔怖いし)』

「誰がでくの坊のストーカーだ!」

「うえぇ? マジで考えてること分かるのアンタ!?」

『(ウッソ、信じらんない)』と父親が知らない女とキスをしている現場をたまたま目撃でもしたように六反田が驚きの表情を作る。


「ったく、何でもいいっつったのは俺だからいいけどよ。一から説明してやるとだ。俺は特異体質っつうか、Sプロを装着してても他人の心が声が聞こえちまうんだ。ガキん頃からな」

「ちょっ……手は下においてアンタのSプロ見せてみなさいよアタシに!」


 言われた通り、手は膝に置いたまま顔を左に逸らし右耳を見せる。すると、そろそろと近付いた六反田はまるで危険物に触れるように天馬の髪をかき上げ、先月発売した最新機種の割りに、まったく効果のないSプロへと触れた。

 すぐ真ん前の六反田からいい香りがする、なんて思うと本物の変態っぽいから自重しよう。


「……ちゃんと起動はしてるみたいね。まぁ、電源切れてたら別電源から警報音鳴り出すようになってるし、それはないか」

『(てことは故障? 故障よね。故障に違いないわ!)』と無理やり自分に言い聞かせる六反田は、天馬の話を一切信じることなく、勉強机に置かれた眼鏡ケースを手に取るとそこから赤縁メガネを取り出し装着。再度天馬と対面し、メガネのつるを指の腹で何度か押してから、視力検査でもするようにジッと凝視した。すると間もなく機械音で、『正常デアル事ガ確認サレマシタ』と流れ出した。そしてそのままぺたんとへたりこみ、愕然(がくぜん)とする六反田。


「ウッソ、異常なしでバリバリの正常値じゃん。なんで、どうして? マジイミフなんだけど」


 イミフっつわれてもな。こっちが教えてほしいくらいだ。


「へ~、Sプロ付けてても心が読めるなんてすごいなあ。……うん? てことは、今までわたしが考えてたことすべて天馬くんに筒抜けだったってこと!?」


 ギャーギャー騒ぐマシロのことはさておき、とにもかくにも、これで天馬の話が真実だと証明されたわけだ。ようやく本題に戻せる。


「今度は六反田が俺の質問に答える番だ。どうしてSプロを付けてるお前が本当のこと言ってるって分かったんだ? まさかお前も他人の心が読めるなんて言うなよ」

「それは……」


 僅かに顔を伏せ言い淀む六反田は、そのまま深く溜め息を吐くと、あぐらを組んで座る天馬を上目遣い気味に見た。


「……いいわ、教えたげる。できれば他言無用にしてほしいけど、言っても別にペナルティを課すなんて真似しないから安心して」


 そんな前置きをした上で、女の子座りのまま視線を合わせる六反田は、このように言った。


「アタシはね、人の心の色が見えるの」

「心の色だと?」

「そ。九条が心を読めるならアタシは色が分かる。具体的には相手の心臓の位置にね。これまた端的に言うと、赤は情熱や激怒、黄色は明朗や危険。そして青は冷静や悲嘆と色によっても何種類かあるわ。まぁ要は人間が考えた色彩感情と同じってワケ」

「つまり俺の心が真実の色を映していたから、六反田は本当だって分かったんだな」

「今のアンタは真実の白。興奮の赤も多少混じっていたようだけど、まぁつまりはそういうこと」


 因みに――と六反田は天馬から視線を外すと、ただの虚空、ではなく、マシロのいる方向へと目を向けた。


「そこにいるんでしょ? そのマシロって幽霊」

「えっ?」


 急に名指しを受け、ドキッと心臓を跳ね上がらせるマシロ。

 既に死んでいるとはいえ、マシロの心臓は正常に動いている。


「なんでこいつがそこにいるって分かったんだ?」

「はぁ~察し悪いなあ。い・ろ。色が見えたの。つーか見えてる。現在進行形で」


 色……天馬はジッとマシロの胸の辺りを見る。が、当然ふくよかな膨らみが上下する動きしか視認できず、後は天馬の視線に気付いたマシロが頬を赤らめあたふたとしているだけだった。


「霊体にまで反応しやがんのか……」

「九条だってこの霊の心読めてんでしょ? ならおかしい要素皆無じゃん」


 言われてみればそうだ。しかし、おかしいと決め付けるのはいささか早計だろう。もしかするとおかしいのはマシロではなく、天馬たちの方かもしれないのだから。


「狂った世界のせいで感覚が麻痺しちまってんのか、あるいは」

「は? 何の話?」

「いや、気にすんな。カッコつけて意味深なこと言っただけだ」

「まあ別にどーでもいいけど。それより、当面の目標はそのマシロって幽霊の記憶を取り戻して成仏させるってことでいいの?」

「ん、そうだな。そういうことになる」


 六反田には、こうなった経緯を話した際に、マシロを成仏させる件についても漏れなく話している。


「じゃあアタシもそれに乗っかる。手伝う。だから今後の方針について話し合いましょ」


 そう、包み隠さずまるっと話してはいたのだが、まさか六反田のやつがこうもあっさり手助けを買って出るとは思えなかったため、ある意味意表を突かれた天馬だ。すぐ側に座るマシロも口に両手を当て大きく目を見開いている。


「……なにこの空気。せっかくこの超絶美少女である緋依(ひより)ちゃんが自ら志願したってのに、なんか文句でもあるワケ?」

「いや、言っちゃわりィけど、お前そんな人助けに積極的になるようなキャラに見えなかったからよ。かなり驚いた」

「うっわ、それただの偏見じゃん。しかもどのツラ下げて言ってんの? 完全にブーメラン刺さってんですけど。……ふん、アタシだって協力する気なんざはなっからなかったわよ。むしろ勝手に不法侵入した挙げ句部屋ん中泥まみれにして乙女の純情汚したアンタを警察に突き出したいくらいだし。ただね、そんなことしたって根本的解決にはならないし、それこそただの自己満じゃないの。だったら、困ってる女の子助けた方がよっぽど有意義ってもんだわ。それに、マシロって名前に聞き覚えがないと言えば嘘になるし、ここに飛ばされたってことは何かしらの繋がりがあったかもしれないじゃない……」


 そう早口に捲くし立てる六反田は、眉根を寄せてアヒル口を作り、膨れっ面を浮かべた。そして言ったのを後悔するようにか細い息を漏らす。

 そんな六反田に掛ける言葉を、天馬は必然にも近い形で持ち合わせていた。百獣の王をも畏縮させる怖い顔は健在だが、天馬は努めて明るい声で、


「六反田。お前、すっげえいいやつだな」と褒めた。

「なっ……はぁあ?」


 彼女と違い、心の色を天馬は見ることができないが、周章狼狽する六反田の表情から動揺の色を垣間見た。

 初心な反応を見せる六反田の心情は、『(ちょっ、いきなり何言い出すのよこいつ!?)』と読み取る声さえ震え声だ。


 動揺マックスの六反田は赤めた頬を悟られないよう天馬にと、背を向けスカートのままあぐらをかくと、


「べべ、別にアンタのためにやろうってわけじゃなんだから。そこでべそかいてるマシロのためよマシロの」

「わたし、べそかいてないけど」


 浮遊する少女の言葉は六反田には届かず溶け落ち、それでも快活な笑みを湛えているのは、六反田の言葉に確かな温もりを感じたからだろう。

 初めよりも和やかな空気が生成され正しくこれからという時、出し抜けに「あっ」と声を上げたのは、壁時計に目を遣る六反田だった。


「うっわ、もうこんな時間じゃん。晩御飯の準備しなきゃ」

「げ、俺もそろそろ帰んねえと。また萌華(もえか)のやつにどやされちまう」


 天馬たちの気付かぬうちに存外時間が経っていたようで、早い段階で電気をつけていたためそこまで気が回らなかったが、窓の外はすっかり暗くなっていた。相変わらず空はどんよりとしているが、雨が降っていないのがせめてもの救いだろう。

 すっくと立ち上がる六反田は、「ほら早く靴持って帰んなさいよ」と手を閃かせ帰るよう促し、言われるまでもねえと天馬もやおら腰を上げ、


「あ?」「ん?」


 二人して仲良く宙を見据える。

 そこにはポカンと口を開け目を瞬かせるマシロの姿があった。もっとも、六反田には心の色しか見えてはいないだろうが。


「そういえばこの子はどうすんのよ」

「ああ、俺も今それ思ったところだ。――どうすんだ? マシロ」

「えっ? わたし? わたしはぁ……」


 う~~~~んと腕組み唸り声を上げるマシロは、「どうしようね?」と満面に喜色を湛え、完全に思考を停止した。いやそれ以前にテメェ考えてすらいねえじゃねえか。


「何だって?」

「何にも。つーか丸投げだよ俺らに。こいつ何も考えてねェし」

「え~~、全然そんなことないよぉ~~」


 無駄にすっとぼけるマシロに後で折檻ならぬセクハラしようと考え、ジト目な六反田が口をへの字に。「やっぱりね。心、真っ白だったし」

「真っ白って、真実を表してんじゃなかったのかよ?」

「色によっても何種類かあるってさっき言ったじゃない。何も考えてない――つまり無心のままだと人の心は白いのよ、これ豆ね」


 いらぬ豆知識を植え付ける六反田は、ふと何かを思い付いたのかマシロに向き合い、「アンタ、アタシの家にいたら?」と提案した。


「お前の家に?」と言ったのは天馬だ。

「そ。女同士だし色々と気楽でしょ。別に見られててもアタシ気にならないから。確かに意思の疎通も取れないから退屈かもしれないけど、このストーカー男についてくよりはマシなんじゃない?」

「あ、確かに」

「おい」


 こいつは人の話を聞いてないのか。それにマシロもマシロだと思ったが、言われてみればこの部屋を中心に見えない壁が展開されていると言っていたな。もしそれが今もなお続いているのであれば、マシロは行動の自由を制限されていることになる。

 できることならその問題も早いとこ解消してやりたいが、ただ今は六反田も言った通り時間がない。行動に移すなら明日以降だろう。


「んじゃ俺ァ帰るわ。外の景色に見覚えはあっから、迷うことはねえだろ。……まぁその、なんだ。今日は色々と悪かったよ。大半は俺のせいじゃねえけど」

「最後の一言余計でしょ、それ」


 傘と通学カバンは前垣内(まえがいと)に預けているため手荷物は広げた新聞紙に乗った靴しかなく、それをひょいと持ち上げさっと部屋を出る。階段は出てすぐのところにあり、階下へ下りた先には猫の額ほどの玄関があった。

 先行く天馬の背中に「一応見送るわよ」と声が掛かり、大した意味もなく玄関前で待っとくかと思った矢先、「ぎゃふっ!」という何とも気の抜ける悲鳴を耳にした。


 これは……マシロか?


「おいどうした?」

「えっ? 何よいきなり」


 事情を知らない六反田が階段を下りてくるが、その後ろから本物の背後霊のような雰囲気をかもして、両手をだらんと前に下げたマシロが気だるげに現れた。そして悲痛な声を出す。


「うぅぅ、頭ぶった……」

「頭ぶったって、物に干渉できるようにしたってことか? てことはまた死に急いだのかよ」

「違うよお。そんな気持ちも抱いてないし普通にしてただけなのに、突然見えない壁にぶつかったというか迫ってきたというか、つまりはそういうこと!」


 何がそういうことなのかいまいち理解に苦しむが、壁が迫ってきただあ? 謎めく言葉にさらに混乱する。

 天馬以上にちんぷんかんぷんの六反田に今の状況をかいつまんで教えてやると、


「壁が迫る……ぶつかる……あっ、ひょっとして――」


 天馬と違い何かを閃いたのか、六反田は一度全員外に出るよう促すと、次の街路灯まで一人で歩くよう天馬に指示。首を傾げながらも素直に歩いていった結果、またしてもマシロが声を上げた。

 振り返ると、例によってマシロが悶えるように体躯(たいく)を捻らせていた。一体何が起きたのか、未だ天馬には分からない。


「どうなってやがんだ?」


 元の地点まで戻ってきた天馬に、一部始終を見ていた六反田がベテラン刑事のような渋い面持ちで告げる。


「初めマシロはアタシの部屋を中心に見えない壁が展開してるって言ってたみたいだけど、実はそうじゃなかったのよ。どうしてだか分かる?」

「分かんねェから訊いてんだろ。つうかもったいぶんな」

「はあ、つまんないやつ。いい? アタシの部屋を中心にマシロは出られなかったんじゃなくて、アンタを中心に出られなかったのよ。つまり原因は九条――アンタよ」

「俺ェ?」


 予期せぬ答えに目を丸くする。なんだそりゃ。原因はなんだよ。意味分かんねえ――。

 そんな不毛な言葉ばかりが頭の中でグルグル反復。まったくもって実りがない。


「原因は? って顔してるけど、そんなのアタシが知るわけないでしょ。普通に考えたら取り憑かれたとかじゃないの。だったらほら、霊感のない九条にだけ見えるっていうのもおかしな話じゃん。少なからず辻褄(つじつま)も合うでしょうに」

「説得力があるようなないような……ん、待てよ。さっきの距離……」


 街灯の明かりのもと、まるで獲物を狙うような鋭い目付きで思い出す。

 天馬の記憶違いでなければ、確か五メートル近くあったはずだ。とすると半径十メートル。天馬の思考を読み取る力と同等の範囲である。

 この件に関しては要検証が求められるところだが、今日はもう遅い。六反田とは明日の昼休みを使って今後のことを話す約束を交わし、そのまま別れる次第となった。


 何はともあれ、進展はした。いやしてくれてなきゃ困ると自分に強く言い聞かせる天馬と能天気なマシロは、そのまま家族の待つ帰路へと急いだ。


毎度やたら文字数が多くなり、大変かとは思いますが、ここまで一読頂きありがとうございます。

誤字脱字、感動等あればお気軽にどうぞ。

次回、29日に投稿予定。

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