10
次の日、小雨がちらつく中を傘もささず歩いて学校までやって来た天馬は、学校に着いて早々ある人物を探していた。
もっと具体的に言えば、性別は男、真性のマゾヒスト、同学年であるにも関わらず天馬を兄貴と慕い……ここまで言えば答えも同然だろう。何を隠すまでもない、ドM・前垣内海斗だ。
前垣内のクラスを覗いたり校内を練り歩き、朝から獲物を物色していると勘違いの声を脳内で聞くもまったくの徒労。前垣内のやつを見付けられずにいた。
無論靴があるのは確認済みで、どこかに潜伏しているのは確かなのだが、まるでありもしないものを延々と追い続けるような気分になってくる。未だ足取りは不明なままで、このままタイムアップを迎えたとしても二限目以降に前垣内のクラスに行けばいいだけの話ではあるのだが、それはそれで前垣内に負けた気がしてプライドが許さない天馬である。
まったくいなくてもいい時にいて、いてほしい時に限っていないという天邪鬼っぷりを発揮され無性にイライラしていると、すぐそばで浮遊するマシロが「そんな根詰めて探してても見付かるものも見付からないよ。ほら、リラックスリラックス♪」と言うが、皺は眉間に寄ったまま、とりあえず催したのは尿意だ。
マシロには例によって廊下で待っててもらい近くにあったトイレに駆け込む。
中は個室が一つ閉まってるだけで他に誰もおらず、ゆっくりと用を足しぶつくさと独りごつ。
「ったく、前垣内の野郎どこ行ったんだよ。せっかくこの俺が探してやってるってのに……」
出すものを出し手を洗おうと洗面台の前に立つと、
「呼びましたか? 兄貴っ」
「うおっ!?」
背後から掛けられた声に飛び上がる。鏡越しに見ると、そこに映っていたのは前垣内の見慣れた面だった。
「……」
「えっ? あれ、なんか怒ってます? 僕のこと呼んだんスよね」
「呼んだのは事実だが、お前今までどこにいた。ずっと探してたんだぞ」
「ああ兄貴が僕のこと探していたなんて恐縮っス! というかあれ探してたんスね」
「んなこたァどうでもいいんだよ。それより俺の質問に答えろ」
「えっと、半径十メートル以内に入ったら敵と見なすと言われたので、そうならないよう十メートル外からずっと兄貴のことを見守ってたっス」
「……見てただと?」
「はいっ!」
なかなかどうしていい返事とは思わず、ふとゾクゾクするような気持ち悪さを覚え、そういえばまとわりつくような視線をどこからか感じていたのを思い出し、その正体が前垣内であると断定する。
「チェストォ!」
「いた気持ちぃい! あ、じゃなくて痛いっス兄貴!」
不快に思いつつ手を上げてしまったが、これならやらない方がよかった。無駄に前垣内に快感を覚えさせただけだ。
「見てたって思いっきりストーカーじゃねえか気色わりィ!」
「ああ、違います違います。ただ見てたんじゃなくて守ってたんスよ、こう草葉の陰から」
「それお前死んでんじゃねーか!」
なぜこうも天馬の周りには死人ジョークを使う人間が多いのだろう。そこは多少辟易する天馬だ。
「大体半径十メートル以内に入ってんじゃねえかよ、今」
「はっ! しししまった。そこまで考えが回らなかったっス! これはヘンタイ失礼をば」
独特すぎる謝罪方法に不意に込み上げてきた笑いを堪え、その話はまぁいいと不問にしてから本題を切り出した。
「お前を探してたのには理由があってだな、折り入って前垣内に頼みがある」
「なんでしょう」
「オカルト研究部に入れ」
「はいっ!」
先ほど同様気持ちいいくらいの返事だ。それから思う。全てにおいて適当に返事してやがらないかこいつ、と。
「今俺がなんつったか復唱してみろ」
「オカルト研究部に入れですよね。いいっスよ。僕、万年帰宅部なんで。兄貴も入ってるんスよね?」
「ああ、まぁ」
条件付きで昨日からなと余計なことは言わず、天馬は思い出したように手を洗うと、ニコニコ顔の前垣内を引き連れてトイレから出た。本題一くらだないやり取り九のせいで、大きい方をしていたと誤解されてもおかしくない時間が経ってしまった。トイレで駄弁るのは女子くらいかと思っていたが、そうでもないようだ。
トイレよりはいい空気を吸うと同時に、目の前にいたのはマシロだけでなく、いつの間にか龍泉寺までもがいた。
天馬たちの姿を認めるや、相も変わらずフラップに両手を入れながら軽く会釈した。そんな龍泉寺は、たった一日で笑い方を忘れてしまったように無表情のままだ。
「天馬くんがトイレに行ってすぐ通りかかって、少しだけお話してたんだよ」とマシロは言う。
普通のやつから見えないマシロはともかく、傍から見れば独り言扱いとなる龍泉寺は十分に注意を払わないとな。
「おはよっ、オカ研の部長さん」
前垣内の言葉に、少しだが意表を突かれた様子の龍泉寺。どうしてそのことを知っている、龍泉寺の顔はそう訴えているようだった。
「こいつ、俺たちの動向をずっと監視してやがったらしいぞ」
「お世辞にも趣味がいいとは言えないね、それ」
「ちょっちょ、人聞きが悪いっスよ兄貴~。僕はただ兄貴のことが心配で」
「それが余計なお節介っつってんだ。半径十メートルとかもう言わねェから、ストーカーまがいの行為も止めろ」
「はぁい」
なんでテメエが不服そうなんだ。
「正確には部長は私ではなく先輩の方なんだけど、代理といえば聞こえはいいかな」
「事実上ってこったな。本人も目の前にいるし、お前にも部活に入ってほしい理由を話しといてやる」
かくかくしかじかとは便利な言葉で、一応前垣内にもマシロのことや心が読める話は除いて、一連の流れを説明してやった。
「……なるほど、頭の悪い僕でも理解したっス。じゃあこれで規定人数の五人に達し、部活は存続ってことでいいんスよね?」
「そうなるな。因みにここにいないもう一人は――」
「ん、何よ朝から雁首揃えちゃって。というか揃いも揃ってトイレの前って、アンタら邪魔じゃない?」
口頭で説明しようとした矢先、最後の一人が登場。これである程度説明の手間が省けるか。
「おはよう! 六反田さん」
誰彼構わず挨拶する前垣内は気持ちいいくらいの笑顔を六反田に向けた。対して六反田は怪訝そうな面持ちで、
「……誰こいつ? なんかやたら馴れ馴れしいんだけど」
「あ、これはヘンタイ失礼をば。兄貴の第一号、前垣内海斗。以後、お見知りおきを」
「舎弟? ……ははぁ~ん、なるほどねえ」
心臓の部分を見てから、急にニヤニヤした顔付きで天馬を見上げる。対策してるつもりなのか考えは読み取れない。言いたいことがあるならはっきり言えや。
「彼、前垣内君が部の一員に加わってくれるそうだから、ひとまず廃部の危機は免れたところ」
「あら、そうなの。思った以上にあっさり揃ってなんか拍子抜けって感じ」
「お前は部員集めにどんなドラマを求めてやがんだ。カタルシスか? 廃部の危機が去ったことを素直に喜んでやれよ」
「わーい」
真顔でまったく感情のこもっていない言葉を発する六反田に膝カックンでもおみまいしてやろうとした矢先、全員の顔が見える位置に立つ龍泉寺は深々と腰を折り、天馬たちに頭を下げた。いきなりのことに呆気にとられるが、すぐに龍泉寺が謝辞を述べた。
「ありがとう。あなた達がいなかったら今月いっぱいでこの部は廃部になっていたと思うから、本当にあなた達には感謝してる」
「おいおい、急に改まってどうしたよ。礼を言われる筋合いはねえっての。俺たちが好きでやってんだから」
「そうよ、マシロのことだってあるし、わざわざ気に掛ける必要なんかないって」
「えっ、マシロって誰? それとも物の名前か何か?」
三者三様に言葉を投げ掛け、ようやく面を上げる龍泉寺はどこか晴れやかな顔付きをしていた。無表情ん時よりこっちのがいいわ、やっぱと、率直ながら天馬は思った。
そういえばここまで一言も発していないマシロだが、まるですねたように天馬たちに背を向けていた。ここが暗かったら火の玉も見えそうだ。
「……どうした?」
「わたしだけ、何のお手伝いもしてない」
「手伝いだあ?」
「うん。みんなは部員となって貢献してるのに、わたしだけ幽霊って立場にあぐらをかいて何もしてないよう」
いやそりゃしょうがねえだろと返そうとして、しかしこのナイーブそうな幽霊は傷付きそうだなぁ祟られそうだなぁと思考し、グッと言葉を飲み込んだところ、龍泉寺がマシロの前に立ち、薄く微笑んでみせた。
「気に病まないで、マシロさん。あなたのお陰で私はこうして九条君達と出会えた。それがキッカケで部を存続できたから、あなたにも感謝してるよ」
「うぅっ! そんな優しい言葉掛けられたら胸の奥がキュンキュンしちゃうよ~! 龍泉寺ちゃぁぁぁん!」
手を広げて抱擁試みるマシロだが、龍泉寺が避けるまでもなく透過し、盛大に壁にぶつかっていた。これではせっかくの感動のシーンが台無しだ。つうか物に干渉できないようにしとけよな。ったく。
「えっ、今の何の音!? というか兄貴達、今誰と話してたんスか? それにマシロって?」
疑問の海に沈む前垣内は放置し、しかし同じ部員になるわけだから、いずれマシロのことや自身の心が読める件についても話した方がいいだろう。同じ空間にいて、いつまでも隠しきれる自信は天馬にはなかった。
はあぁという溜め息が聞こえ隣を見ると、パタパタと手を団扇代わりに胸元に風を送り込み、じめじめとした空気に辟易とした様子の六反田が、
「ここでずっと立ち話してるのもなんだし、続きは放課後部室に集まってからにしたら?」
六反田のなかなかどうして理に適った提案に、誰も異論を唱える者がいなかったところでこの場は解散となった。
最近スランプ気味で筆がとまっております。
そのため『かま×なべ』の完全リメイクに着手しております。
次回、未定。
誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ。