真人
村長の家で、カゲトラはオングから事件の詳細を聞いていた。テーブルにつくと村長の娘が2人分のお茶を持って現れ、ニッコリと笑った。
「どうぞ、お客人様。この村の名産品のルビ茶です。ごゆっくりなさって下さい。」
名をミングというらしい。村長が年老いている割に彼女は娘というより孫と言われた方がしっくりくる程若々しい容姿をしていた。お茶を置いてミングが立ち去った後、オングはカゲトラを見て悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「犬人に関わらず真人以外の種族はある一定の年齢を超えると急激に老いる、というのはワシらの常識なのじゃが、やはりカゲトラ殿はワシとミングの見た目の違いに驚いたのぅ。やはり貴殿はワシらを襲う真人と同じところから来たようじゃの。」
「それはつまり、その襲撃者達は元々この世界にはいなかった、ということか?」
「その通りじゃ。奴らはワシらを襲う時、〈素材〉やら〈経験値〉やらと妙な事を言いながら笑ってやがるのじゃ。たまたま1人隠れて逃げ延びた村人がおって、そやつが言うには、真人共が懐から取り出したナイフでワシらの仲間の死体を刺すと皮だけが剥がれて持っていかれるそうじゃ。何ともおぞましい事をするもんじゃ。」
カゲトラはそれらのRPGのようなゲームの用語に聞き覚えがあり、自分がそれをよく使っていたということを朧気に思い出した。自分がゲームをするような人間であったとは、と少し意外に思い、同時に少し寂しくも思うのだ。自分が何者であったのかを忘れてしまう事は辛いものだ、と。
オングは黙り込んだカゲトラを不思議に思って彼女にどうかしたのか、と問うたが、カゲトラはすぐに気を取り直して何でもない、と答えるのだった。
「まあ、話を聞いてくれてありがとうございますじゃ。今日はお疲れじゃろうし、ユト達の家に泊まっていってくだされ。流石に一晩泊まっていただくだけなんてお礼には少な過ぎるのでな。ほんの気持ちばかりですが、お金も差し上げましょう。」
「いや、まぁ受け取れるものは有り難く頂戴するのだが……」
「どうかされましたか?」
「ここがオキナワというのだろう?私の知る沖縄には湖なんて無かったはずなんだ。」
「ああ、確かにワシらも変だとは思ってはいるのじゃが。多分魔物のせいなのであろうな。」
さも当たり前のようにそんなことを言うオング。だが、カゲトラにしてみれば魔物というのもゴブリンしか見たことが無い。カゲトラはいよいよ、自分がこの世界の常識を全て尋ねなければならないと思ったのだった。
夕食前。
「ステータス・オープン」
カゲトラはオングから教わったばかりの〈コマンド〉を唱え、自らの情報を閲覧してみることにした。
カゲトラ 真人
HP30/30
MP20/20
Gift 〈oblivion〉
Curse〈perfect remember〉
スキル〈〉
成程、RPGだ。
頭痛がする。
(カースって……呪いだよな……。私は何か罪を背負うようなことをしていたのだろうか。)
オングとの会話の後、迎えに来たメイに連れられてユト兄妹の家にお邪魔になったカゲトラは食卓に着いて自らのステータスの事を考えていた。
「カゲ姉ちゃん、どうかしたの?ご飯食べよーよ!」
「あ、ああ。すまない。少しボーッとしていた。これはメイが作ったのか?」
「ああ、そうさ。うちの妹は料理が上手いんだ。」
見ると、食卓の上にはシチューと焼きたてのバケット、そしてトマトのサラダが1人分ずつ綺麗に並んでいる。
後から聞いたところ、ユトは9歳、メイは6歳なのだそうだ。
カゲトラは何となく自分の料理はこの子に負けていると直感し、苦笑いした。
「とても美味しそうだ。いただきます。」
「「いただきます!」」
カゲトラは一口シチューをパクッと飲み、その顔を綻ばせた。
「美味しいなあ。しかし、材料はどうやって手に入れてるんだ?」
「僕達犬人は農耕をする種族なんです。村から少し離れたところに畑があって、そこで牛も飼っているんですよ。」
「成程なぁ。このパンは自分で焼いているのか?」
「そうだよ!隣のおばさんに竈を貸してもらって、焼いたのをおばさんにおすそ分けするの!」
バケットもカリカリに焼かれており、シチューととても合う。カゲトラは料理を楽しみながら、兄妹に質問を続けた。
「この村には君たち以外に子供はいるのかな?」
「いるよ!リタ達も明日はお仕事休みだから一緒に遊べるねお兄ちゃん!」
「ああ、でも畑仕事は毎日欠かしちゃ行けないからな。それ以外の仕事はないだろうけど。」
「ほう。ところで、少し踏み込んだ質問をしてもいいかな?」
「なぁに?」
「僕は大体予想がつきます。」
「では聞こう。君たちのその……両親はいないのか?いや、答えたくなければ答えなくていいんだが。」
カゲトラは申し訳なさそうにユト達に尋ねた。しかし、意外にもメイが元気に答えた。
「パパとママは町でお仕事だよ!時々家に帰ってくるけどね。」
「そ、そうか。なら良かった。その町はどこにあるんだ?」
「この村から南に行ったところです。父はナハと呼んでいました。オキナワでは一番大きな町のようで、そこでなら真人もいると思います。」
(ナハ、か。多分那覇なのだろう。しかし、あまり大きな町ではなさそうな言い方だ。やはりこの世界は人口が少ないのだろうか……)
そこまで考えたところで、カゲトラはシチューを冷めないうちにかき込み、料理を平らげてごちそうさま、と言って立ち上がった。
「少し夜風を浴びてきたいんだが、あまり人のいないいいところはあるか?」
「うちの裏に小さな丘があります。そこなら風が気持ちいいですよ。」
「ありがとう。じゃあ。」
そこまで言い、カゲトラは玄関から外に出ると歩き出した。冬場の冷え込みを感じて、犬人の彼らは寒くなくても私は凍えそうなんだが、とクスリと笑った。
(少しでも私自身の能力を把握しなければ。村長の話を聞いた限り、間違いなく彼らを襲うのは私と同じ世界から来た奴らだろう。奴らは私よりもこのゲームのような世界に慣れている筈だ。ユト達を守るためにも、自分の身を守るためにも、己を知ることが重要だろう。気を引き締めよう。)
その夜は三日月。道に薄く積もった土混じりの雪を力強く踏みしめて、カゲトラは丘を目指すのだった。
続く