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One scene story  作者: ATS
9/20

シーン009:乙女

 ディスプレイとして置いてあるテレビからは、着物を着た女性が袖をたくし上げ、腕に力こぶを作りながら

「恋せよ乙女!力こぶ」

と、キャッチフレーズを言っている声が聞こえてきた。


「何だろこれ……」

 私はテレビCMにふと目が行っていた。


「最近じゃ、やっぱり乙女も積極的に恋をしろって事かしら。力ずくでも?」

 私は自分で随分的外れな考えだと思いながらも、待ち合わせの場所へと向う事にした。


「しっかし、最近の私はそう言う事に飢えてんのよね〜。実際」

 そう、私は飢えていた。

 と言っても、別にいやらしい事に飢えている訳ではない。

 まあ、成り行きでそうなるのは期待していないわけじゃ無いけど、むしろそんな付き合いではなく、もっとこう、燃える様な情熱のある恋や浪漫のある純粋な恋愛と言うものをしたいと思っている。


 つまり私は――乙女チックな恋と言うものに飢えていたのだ。



「な〜に言ってんのよ。熱でもあるんじゃない?」

 私が乙女チックな恋に飢えていると言ったら、友達の智子からはこんな返事が返ってきた。

 ま、確かに笑われるとは思っていたけど、これ程ハッキリ言われると少々腹が立つ。


「でも、やっぱり恋をするのにもこう、なんだか……」

「胸キュンってやつ?」

「む、胸キュン?……古いわね」

「い、いいじゃない……」

「でもね、やっぱり何かを感じたいじゃない」

「はいはい、あんたはそうやってず〜っと胸キュンの恋が出来るまで待ってなさい。そのかわり……」

 智子は目を細めながら

「花の命は短いわよ〜」

 と付け加えた。


「はぁ〜、そうなのよね」

「おやおや、ため息が出るなんて、やっぱり花の命は短いわね」

「って、智子だって同い年でしょ!もう」

 私と智子は二人して大きな口を開けて笑い出した。

「箸が転がってもおかしい年齢」と言われる年はとっくに過ぎてはいるのだけれども、そんな事はお構いなしだ。


「でも、あんたがそんな事言ってるんじゃ、このお誘いは無しにしようかな」

「なになに?」

「T大のスキー同好会との合コン」

「えっ!なにそれ、行く行く行く!」

 あれ程ロマンだの情熱だのと言っていた私の変わりように、智子はあきれたと言った顔で

「で、そこ行く可憐なお嬢さん、ロマンと情熱はいかがいたしましたか?」

 と聞いてきたので、私は素知らぬ顔でこう答える。

「その日だけはね、乙女心に目隠しするから大丈夫なの」

 それを見た智子は、やれやれと言った顔をしながら

「おぬしも俗物よの〜」

 と言って笑った。




 私は、いつもならギリギリか少し遅れるのが常なのに、今日に限って待ち合わせの場所に20分も早く付いてしまった。


「このお花屋さんの前で良かったんだっけ?」

 智子のアルバイト先から近く、駅へ向かうにもちょうど良いからと、一軒の、お洒落な感じの花屋さんの前で待ち合わせをする事になった。


 もちろん、この前話していた合コンのためである。


「今日は乙女心に目隠しして、良い男をGETしなくちゃ」

 乙女チックな恋に飢えていると言っていたのに、私も現金なやつだと思うが、合コンとは言え、素敵な出会いが出来るかもしれない。チャンスは、大切にしなくちゃ……と思う。


「だけど、これだけ早いと暇よね〜お花屋さんでものぞいてみようかしら?」

 私は自慢ではないが、人を待たせる事は得意なのだが、待つ事にはまったく慣れていない。

 こんな性格だから「浪漫」や「情熱的」と言った恋が出来ないのだろうか?


 そんな事を考えつつも、今ここで何もせずに待っていると言うのはやはり落ち着かない。結局買う当ても無いままにそのフラワーショップへと入る事にしたのは、そんな些細な理由からだった。


 ガラスの扉を開けて中に入ると、最初に出迎えてくれたのはむせ返るような花々の匂いだった。あまりにも数が多いからか、良い香りと言うよりも、やはり、むせ返る様な匂いと言った表現をしたくなる。

 しかし、種々様々な彩りは見ていて心が和む。私はそんな花々の饗宴を楽しもうと店内に入ったのだが、一番最初に目に付いたのは一人の男の人だった。


 店内の客がほとんど女性ばかりだからか、その男の人は少し恥ずかしそうにしながら鉢植えの花を選んでいる様に見える。


 ――彼女へのプレゼントかしら?

 でも、彼女へのプレゼントに鉢植えの花を贈るのも珍しいわよね……自分の部屋にでも飾るのかしら?


 私が勝手な想像を働かせていると、男の人は気に入った花を見つける事が出来たのか、一つの鉢を手に取ってレジの方へ向かうと、二三、店員と話をしながらお金を払い、袋に入れて貰った鉢植えの花を大切そうに抱えながら店を出ていった。


 あれ?

 そう言えば今気が付いたけど――

「先輩、鈴本先輩ですか?」

 私は、フラワーショップでレジを打っていた人が、高校時代の先輩だと言う事に気が付いた。


「あら、久しぶり!どうしたのこんな所で」

「ああ良かった、やっぱり先輩だったんですね」

 彼女は高校時代、クラブが一緒で凄く仲が良くなった先輩の一人だった。

 卒業し、どこかの大学に進んだと言う事は聞いていたのだが、高校を卒業して以来会っていなかったので懐かしかった。

 そして当然の如く、フラワーショップの中に話の花が咲いた。


「そうそう、あの時はボロボロ大粒の涙こぼして泣いてくれたもんね」

「もうやだな先輩。今言われると恥ずかしいんですよ」

「あははは、でもうれしかったんだから……」


 先輩と話をしていると、高校時代の想い出が次々と蘇ってきて、懐かしさと共にとても楽しかった。

 私は、こんな偶然があるのならば「たまには待ち合わせに早く来るのも良いかな〜」などと、調子の良い事を考えてしまう。


 それはさておき、高校を卒業してから何年も経っていないのに、久しぶりに会った先輩との昔話は、本当に楽しくていつまでも続きそうな勢いだった。

 けれども、私の頭の中にはある一つの事が気に掛かっていて、その事を聞きたいと言う衝動が強かった。それは――


「あの、そう言えば先輩。さっきここで男の人が鉢植えの花を買っていきましたよね。お知り合いなんですか?」

 私は思いきって、それでもさりげなく聞いていた。

「え、あ〜涼君の事?」

「涼って言うんですか」

「ええ、さっき鉢植えごと花を買っていった人でしょ。大学の友達なのよ」

 先輩はそう言うと、お客さんが一人来たので手早くレジを済ませてからこう続けた。

「なに、興味あるの?」

「え、いえいえ」

 私は大きくかぶりを振ったが、内心は気になってしょうがなかった。


 ――そう、私はこのフラワーショップへ入ってきた瞬間から、その人の事が気に掛かっていたのだ。


「いやぁ〜男が鉢植えなんか買って何をするのかなって……」

 少々苦しい言い訳の気がしないでも無いが、その事を本当に疑問に思ったのも事実だった。

「ああ、あれはね、彼女の為に買っていったのよ……」

 私の何気ない言葉に、いつも歯切れの良い物言いの先輩が、妙に語尾を濁らせる。

「何か、あるんですか?」

「ん?う〜ん、ちょっとした不幸と言うか」


 その後先輩から聞かされた話はこうだった。


 もう一年も前の頃らしい、季節的には今ごろ。

 ここらへんでは珍しく雪の積もった日に、さっきの人の彼女が交通事故にあって視力を失ったと言うのだ。


 しかし、その彼女の視力障害は心因性のもので、いつかは視力が回復するかも知れないし、このまま視力が戻らないかも知れないと言う。


 そこで、涼と言う人はその彼女の為に、彼女の「見たい」と言う気持ちが起こりそうな物事を探しては、色々と彼女の所へ持って行っているらしい。

 いつかは視力が回復すると信じて……


 だから、今日買っていった花も、少し香りの強い物を選んで買っていったのだそうだ。


「でも、鉢植えなんて珍しいですね。普通なら切り花の――たとえばバラとかを買っていきそうなのに」

「そうね、でも彼、涼君は、切り花は花を殺している見たいで嫌なんだって。鉢植えなら手入れをしていれば毎年花が咲くからそっちの方が良いだろうって、テレながら。それに、彼女も鉢植えの方が喜ぶだろうからとか言ってたわ」


………

……


 何故だろう……なんか、こう……




「ゴメン、待った?」

 バイトが長引いたのか、智子は待ち合わの時間に少し遅れてやってきた。


「ううん、でも」

「でも?」

「ゴメン、今日はキャンセルするわ」

「え〜、どたキャン?!」

「ゴメン、この埋め合わせはいつかするから」

「だって、T大だよ。めったに無いかも知れないんだよ……」

「ゴメン」


 私は戸惑う智子をよそに、合コンをキャンセルして家に帰る事にした。


 その途中

「あ、雪だ……」

 どんよりと曇った空からは、ひらひらと白いものが舞い落ちてきた。


「恋せよ乙女……か」


 私の手には、鉢植えの花が握られている。



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