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One scene story  作者: ATS
5/20

シーン005:化粧

 飲み会が終わると、いつも「あの」嫌な感情が首をもたげて自分を襲って来る……そう、自分の存在が偽りなのではないかと言うあの嫌な感情。


「瑞葉ちゃんってもったいないよね」

「え?」

 それは、帰る方向が同じだからと、知り合いの男の子が車で送ってくれていた最中の事だった。

 私は少々酔いが回っていたのか、それともあの嫌な感情に支配されていたのか、男の言葉を良く聞き取れなかったので「ごめんなさい、良く聞き取れなかったんだけど」と、素直に聞き返していた。


「ああごめん、何か考え事でもしてた?」

 男は気を悪くするでもなく、私の事を気遣ってくれた。

「うんん、何でも無いの」


 本当は、あの嫌な感情に支配され始め、自分の心の中が絞めつぶされてしまうかの様な、そんな状況に陥りつつあったのだけれども……


 男の名前は朝倉涼と言う。

 中学時代に同じクラスになった事もある人……だからこそ、あの嫌な感情が強くよみがえっているのかもしれない。


「それで、さっきの話だけど」

「うん、気を悪くしないで欲しいんだけど……」

 と、男はいったん言葉を切ると、何か踏ん切りを付けた感じで話し出した。

「瑞葉ちゃんってさ、化粧が結構下手だなと思ってね……」


 私は突然の言われようとお酒の為か、最初彼が何を思って言っているのか理解出来なかった。と言うよりも、この言葉だけでは誰もが自分の化粧の仕方が下手な事を言われているとしか思えないだろう。

 私が、自分のことを馬鹿にされたと思ったのも無理は無い。

「ちょ、それって、ちょっと失礼なんじゃないの」

「あ、ごめん、化粧って、そう言う意味じゃなくて」

「その他にどんな意味があるっていうの」

「う〜ん、なんて言ったらいいのかな、今時こんな事を言ったりするとセクハラって言われそうだけど、俺は基本的に女の子って笑っているだけで、凄い素敵だと思うんだ……だからどうしてみんなは化粧をしてしまうのかなってね」

「……」


「いや女の子に限った事じゃないんだけどさ、人間って本当に笑える事の出来る人程、光ってるって言うかさ、他に何もいらないと思えるんだ」

「じゃぁ、今の私には光るものが無いって言うの?化粧をしなくちゃ誰も私の事なんか見向きもしないじゃない。一体あなたに私の何が解るって言うのよ!」



 私の頭の中に、昔の嫌な記憶がよみがえって来た。


 中学生の時、私には好きな人がいた。

 同じクラスの男の子で、勉強もスポーツもできて、男の子の中では中心的な存在の人だった。私はそんな彼に、自分の持てる全ての勇気を振り絞って告白をした事がある。

 結果は期待していなかったと言えば嘘になるが、無理な事だと解っていて、それでも私は告白して自分の気持ちを知ってもらおうと思ったのだ。


「あなたの事が好きです……良かったら、私とお付き合してもらえませんか?」

「え?」

 一瞬、私の言葉にその男の子が困った顔をしたのを見て、私は辛い結果になるであろうと悟った。断られる―――でも、私は私の気持ちを知って欲しかった。

―――私は次に来る言葉を待った。それが私にとって辛い結果となろうとも

 しかし、次に発した男の子の言葉は、私自身の存在が否定されているくらいの大きな衝撃だった。

「ごめん、名前なんだっけ?」

 同じクラスで有りながら、名前すら覚えてもらえていなかったのだ……


 そう、私はあの時、あの嫌な出来事から自分を変えた。


 もっと自分を変えれば、目立つ存在になれば、周りの人間はもっと自分を見てくれるはず、そんな気持ちから私は、軽いノリの女の子を演じる様になったのだ。



「ごめん、俺には君の心までは理解できないよ」

「だったらなんでそんな事言うのよ。私のどこがいけないのよ!!」

「でも―――でも何だか時々辛そうに見えるから」


―――!


「今の君を見ているとね、化粧をするのに疲れているんじゃないかって思えてくるんだ。もちろん僕の勝手な想像ではあるけど―――昔、瑞葉ちゃんと同じクラスになった時があったけど覚えてる?

 みんなが面倒だと言ってやりたがらなかった美化委員の仕事を、君は押し付けられた格好でやる事になったよね。本当はもう一人の美化委員の奴と交代での仕事だったのに、君は毎日の様に朝早く来ては、花壇の花に水をあげていた」

「そんなこと……良く覚えてるのね」

「俺はバスケの朝練があったから、たまに君の姿を見掛ける事があったんだ」


「その時一度、ボールが体育館の外に飛んでいって、君がそれを拾ってくれた事があったの覚えてる?」

 男は、瑞葉が何も言い返してこないので、キチンと聞いてくれているか不安に思ったらしかったが、落ち着いた口調で話を続ける。

「君がさ、頑張ってねって、笑顔で言ってくれた時の顔が忘れられなくてさ」

 男は照れくさそうに頭を掻きながら

「実はさ俺、中学の時から君の事が好きだったんだ」


 私はこの男の意外な言葉に戸惑いを感じずにはいられなかった。

 私が化粧をしている事を……彼は理解していて、そして、その内側の私にも気が付いてくれていた。


 そう思っただけで私は―――


 私のひとみからは次から次へと大粒の涙が零れ落ちてきた。

 どうして、どうして私は化粧をする様になってしまったのだろう……


 私は、私自身に嘘を付いていた。

 私は、私自身を裏切っていたのかも知れない。


 私は今日―――


 流れ落ちる大粒の涙で化粧を落とします。




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