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One scene story  作者: ATS
3/20

シーン003:距離

 ただ大きいだけが売りの脂っこさがキツイピザを、炭酸の抜けたコーラで胃に流し込む生活にもだいぶ慣れてきた。

 あれからもう1年が経つのか―――俺は一年前の事を、思い出していた……




「なぁ瑞葉」

「んんっ? なぁに―――っとちょっと待って」

 俺は今、恋人である瑞葉の買い物に付き合ってた。

「ああっ、やっぱり……でも……」


 どうやらウエストのあたりがきついのか、瑞葉は試着室で一人ぶつぶつとつぶやいている。


「で、涼。なぁに?」

「ああ、何でもない」

「あ〜、なんか気になるじゃない」

「……」

「ねぇ涼?」

「ん、あぁ後で話すよ」


 いずれは話さなくてはならない事ではあったのに、ずるずると話をできずに今日まで引き伸ばして来てしまった。


 後3日で、俺は日本を離れなくてはならない事を。



「で?」

「ん?」

「ん? じゃ無くて、さっき言いかけた事って何だったの」


 日暮れも過ぎ、食事の後に軽いアルコールが心地よいジャズのスイングと共に取れる行き付けの場所に来ていた。


「もし」

「もし?」

「もし俺が仕事の関係で日本を離れ無くてはならないとしたら、瑞葉はどうする」

「え……な、なに」

 涼ったらもうお酒がまわったのかしら?―――瑞葉はそんな事を考えたのだろう、最初はいつもと変わらない笑顔のまま聞き返してきた。

「何よ涼、そんな冗談……本当、なの?」

 瑞葉が俺の表情を読み取って冗談ではない事を知ったのか、急に顔をこわばらせながら真顔になって聞き返してきた。


「3日後に、日本を離れなくてはならない」

「3日!?」

「どうしてそんなに急に?どうして!」

「瑞葉」

「だって」


 瑞葉は気が付かないうちに大きな声を出している自分に驚いていた。


「でも、どうして……本当なの?」

「本当だよ」

「それって、前に少しだけ話していた……」

「そう、向こうのスタッフが俺の事を呼んでくれて、2年間向こうに行かなくてはならない」

「2年……」

「だけど、1年である程度の結果を出さなくては2年目はない……けど、もしも向こうの期待以上の仕事をこなせば2年よりも長くなる」

「そう……どうして?なんて、聞かなくても理由が分かるって言うのも考え物ね。でも、どうしてもっと早く私に教えてくれなかったの?」


 俺がどうしてここまでアメリカ行きを話さなかったかと言う理由も、瑞葉自身が良く分かっている。

 しかし、彼女にしてみればそんな理由などどうでも良かったのかもしれない。 もっと早く知って、俺と二人でこれからの事を話し合いたかったのに違いなかったのだろう。




 俺と瑞葉が最初に出会ったのは、ビルの一角で開かれていた小さな個展の会場だった。


 俺はその時、青色の使い方が衝撃的と言う表現があてはまるような、とても印象的な絵の前で20分も立ち止まって見つめていた。

 とにかく、正確な時間は分からなかったが、ずっと、そう、ずっとその絵から目を離す事が出来ずにいたのだ。


 そしてまた、彼女も俺の隣でずっと目を離す事無く見続けていた。


 そんな状況の中、俺がふと隣にいる彼女に気が付いた時、彼女の方も俺に気が付いたらしい。自然と目が合った。


 その彼女と言うのが瑞葉だった。


 その後、他の作品も見ないうちに俺と彼女は会場を離れ、あの絵の事を語りたい気持ちがあったのか、一緒に近くの喫茶店で色々と話をしたのだ。

 そう、あの時は結局別れる間際までお互いの名前すら知らずに、あの印象的な青の使い方をした作品の事、今までに出会った印象的な絵の事などを色々と話していたのだ。



「あっ!いけね、もうこんな時間だ。今日は俺、バイトがあったんだ!」

「え!? わ、わたしもバイトが」

「……」

「……」

「ぷっ」

「はははっ」

「あははははっ」

 何故だか急に2人して笑いが込み上げてきて、周囲の冷たい視線も関係無しに笑い続けてしまった。


「ふぅ、今日はもう、バイトはいいや」

「ふふ、わたしも」


「でも、本当に印象的な絵だった」

「うん、なんて言うのか、いつも見慣れている青の違う一面を見させられたって言うのかしら」


 それからまたあの絵の事を話していたが、今度こそ本当に時間が遅くなってしまい、お互い別れる事になった。


「そうだ、そう言えば名前を聞くの忘れてた」

「あっ、私も―――」

「あはははっ」

 二人はまた笑いあった。

「俺の名前は朝倉涼」

「私の名前は高科瑞葉」


「どこかでまたあえるといいね」

「そうね、でも、またきっとあえる気がするわ」

「それはインスピレーション?」

「そう、かもね」


 俺達はお互いの連絡先も教えずに別れる事にした。

 そう、あの時は別に知りたいとも思わなかった。何故だか本当に、直ぐに再開出来る様な気がしていたから……

 そして、それは本当になる。


「あれ、君は……高科さんだよね」

 俺は自分の通っている大学の中で意外な人物を見つけ、一瞬本人かどうか迷ったが、やはりあの時に出会った彼女だと判ると思わず声を掛けていた。


「あら、朝倉さん」

 女友達と一緒にいたところに急に声が掛かったので、一瞬戸惑いを見せた彼女だったが、俺の事を思い出してくれたのか笑顔で答えてくれた。


「なになに瑞葉ぁ〜、いつのまに男作ったのよ〜」

「ほ〜んと。 一番男っ気が無かったのにぃ〜」

 どうしてこういう時の女性の反応は早いのか、いち早くからかいの声があがる。


「も、もうそんなんじゃ無いってば」

 彼女が一応反論をするのだが、こういう時はまったく相手にされないものだ。

「じゃ、私たちは先に行って待ってるけど、来る事は期待してないからごゆっくり」

「あ、そうそう」

「代返は昼食一回分で承っておきますが、いかが?」

「もお!」

「アハハハ、じゃね〜」

 彼女の友達は、俺の方へ向かって軽くウインクをすると、次の講義の教室へと去って行った。


「それにしても」

 二人とも同じ事を考えていたのか、同時に同じ言葉を発した。


「フフフッ!」

「ハハッ!」


「それにしても、どこかの美大生だとは思っていたけどまさか同じ大学だったなんて……学科は?」

「うん、私は油専。 あなたは?」

「ああっ、俺は造形」

「造形? じゃ何であの個展に?」

 うちの大学の油専とは、古典から近代まで幅広い分野の油絵を専門にする科で、造形とは彫刻から焼き物まで絵画系ではなく立体物を作る科であった。


 あの個展は水彩もあったが油彩がメインだった。

 だから油専の彼女が居たのは当然の事として、造形の俺が居たのが不思議に思えたのだろう。


「造形の人間が絵画の個展に居たのが不思議かい?」

「うんん。別にそういう訳でもないけど、色々と絵画の事も詳しかったから ……でも、やっぱり不思議かな」

「実を言うと俺もそう思う」

「ふふふ」


「でも、よくよく考えてみれば不思議でもないかもね」

「そう、造形の世界だけを勉強していても、それでは造形の世界だけに偏りが出てしまう」

「だから色々な方面の芸術と言われている物を自分なりに吸収していこうと?」

「ま、そんなところ」

「造形では何を?」

「俺?」

「そう、俺」

「俺は焼き専」

「焼きって言うと……」

 彼女の考える時の癖なのだろうか、手であごのあたりを触り目だけ上の方を見ながら考えている。

「陶器や陶磁器だよ」

「そうなんだ」

 何だろうか、彼女は、瑞葉は喋る時に何の迷いも無く人の目を見詰めながら喋るんだな……ちょっとこちらの方が恥ずかしくなるくらい、そう、彼女の目は何だか吸い込まれそうな程にきれいだ。

「き、君は何であの個展に?」

「私?」

「そう、私」

「う〜ん、なんでだろ……本当は行く気は無かったんだけど」

「行く気が無かった?」

「講師の先生が教えてくれたんだけど、あんまり印象派って好きになれない物が多くて見に行く事って無かったの。だけど、色の使い方が印象的で見ておいて損にはならないって言われたから」

「でも今は?」

「うん、あの青の使い方は新鮮で、衝撃的とでも言うのかしら」

「お互いあの青に魅せられてしまった……か」

「そうね、今でも印象派の絵はあまり好きにはなれないけど、あの絵を見た事によって、何か一つ、自分の中で変りつつあるものがあるわ」

「俺も同じかな」

「創作の糧になる?」

「糧と言うのは良い表現かもしれない」


 あの時あの場所で、あの絵に出会わなければ彼女にもであってはいなかっただろう。

 そう考えると少し運命的なものを感じてしまうが、俺と瑞葉が付き合い出すには必然的なものがあった。


 違う分野ではあったが、同じ価値観を持つもの同士でお互いがお互いに影響しあい、良い方向に向かって行ける分、存在価値がかけがいの無いものへとなっていったのだった。




「君に今まで話が出来なかった事は悪いと思ってる」

「……私のコンクールまで待ってたの?」


 そう、瑞葉は近く行われる絵画のコンクールに出品する絵を、つい最近まで描き続けていたのだ。

 だから俺は、少しでも彼女を動揺させるような事を言って、創作に悪い影響を与えないようにしたかった。


 瑞葉はあの青い印象派の絵画にであってから、自分の中の創作に関する方向性が見えてきたという。

 そして、そんな瑞葉の影響か、俺にとっても最近の創作には前と違ったものが感じられ、徐々にではあったが周囲からも評価されるものを作り出せる様になってきていた。


 お互いが良い影響を与えて来た結果と言えよう。



「私、待ってる」

「……」

「二人で良く話したもんね。お互い、自分の夢を実現させる為に最後まで頑張ろうって」

「瑞葉」

「涼、私待ってる。だから……向こうでも頑張ってきて」

 彼女なりの強がりなのだろうか、いつものように俺の目をまっすぐに見詰めながら話している。

「ありがとう瑞葉」

 俺の事を励ましてくれた瑞葉の目から、大粒の涙がこぼれた。


 そして俺は旅立ったのだ……




―――涼へ

 最近こちらでは、寒さが増してきていつ雪が降ってもおかしくない位です。


 天気予報では、今年は雪の多い季節になるとか。


 そちらの天候はどうでしょうか?


 風邪などひかないように体調には気を付けてください。


 それから―――


ps

 最近涼からの手紙が減ってきているので少しさびしいです。

 お手紙下さい。




 俺は日本の瑞葉からの手紙を読み終えると、それをコートの上着にしまってから携帯電話を取りだした。


 プルルル……

 機械的な呼び出し音が数回なったところで相手が出る。


「ハイ、高科です―――」

「瑞葉かい?」

「りょ、涼! どうしたの?」

「ああっ、瑞葉からの手紙を読んでさ、最近俺の方から連絡してなかったから電話でもしてみようと思ってね」

「本当だよ、最近涼からの手紙が無くてさびしかったんだから……」

「悪かった。色々と手続きなんかが立て込んで、連絡を取り損ねてね」


「……ごめんね」

「ん、何が?」

「連絡が無いからって手紙にさびしいなんて書くの」

「なに言ってるんだよ、そんな事はないよ」

「うんん。やっぱり私ってダメね」

「アメリカで頑張ってる涼の事、本当は応援しなくちゃいけないのに」

「そんな事ないって瑞葉」

「……」


「それにしても今日はやけに冷えるな」

「え? あ、うん。やっぱりそっちも寒いの?」

「ああ、でも、今日の日本はこっちよりも寒いんじゃないか」

「う〜んどうかな、そっちの状況とか解んないから」

「そっちはさ、雪とか降り出しただろ」

「もう、たまに電話してきたと思ったら何で天気の話なの?」

「いいから外を見てみなよ。きれいな雪が降ってるから」

「ちょっと待って、今見てみるから―――」


「……涼」

「ただいま」

「うん、おかえりなさい」

「家に入れてくれるかい?」

「こんなの反則だよ涼」


 あの時と全く変わらない瑞葉の瞳から大粒の涙がこぼれていた。




ONEの舞台には、雪の日が結構出てきます。

 今回のこの「距離」を始め、「色」「瞳」「乙女」などがそうです。

 これは、私が四季の中で冬が一番好きだからと言う事が大きく影響しているのですが、特に、雪の降る日の凛とした空気が大好きなので、作中で舞台として用いています。

 凛とした空気の中、何かを期待させる雰囲気でもあり、やさしい気持ちにさせてくれる雰囲気でもあり……言葉として表現するのが難しいのですが、雪の降る日と言うのは、好きな日の一日であります。

 しかし、近年とみに雪が降らなくなっている関東(私は埼玉県人です)なので、そんな凛とした雰囲気も久しく感じる事が無くなってしまいました。

 それに、最近は寒さにも弱くなりましたしね(笑)


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