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One scene story  作者: ATS
18/20

シーン018:秋風


 春の風と比べると肌寒い

 夏の風に比べると爽やかで

 冬の風に比べると少し優しい


 秋風は――


 暮れゆく空に問ふ、誰そ彼



─ONE SCENE STORY─

四季シリーズ第三弾『秋風』



「体に障る」

 きっと彼は、私が聞き入れないと知りつつも言わずにおれないのだろう。

「もう少しだけ――」

 その言葉に彼は、肩口のショールを掛け直してくれるだけで応えてくれた。

 秋の夕暮れは刹那の輝き。世界がオレンジ色に染まる中、病院の屋上も例外なく色彩を失ってゆく。

 それは急速に私の身にも降りかかる。

 一体私には、どれだけの時間が残されているのだろう……この薄れゆく世界のように、確実に削り取られてゆく。

 それでも私は、この屋上で夕陽が沈みきるのを見続けていたかった。

 陽が傾き出す頃から、それこそ完全に沈み込むまでの短い時間。私はこの時間が好きだった。

 例えそれが、私に残された時間を容赦なく削り取る、涼やかな秋風に晒されようとも、やめる訳にはいかない。

 私が私で居続ける為にも、この時間は大切なものだから。

 秋風が、髪の毛を乱して頬に触れる――

「ごめんなさい、つき合わせてしまって。戻りましょう」

 今日も一日が終わる。

「ねえ涼君……もう、病室には来ないで」

「瑞葉――」

 私がこの言葉を言うと、彼は本当に悲しそうな表情をする。必死に隠そうとするのだが、私にはそれがよく解る。

 きっと唇を奪ってでも、私の言葉を封じたかったと思う。

 それが叶わぬと知ってなお、彼が病室に来てくれるのは――正直辛い。私が選択した事とは言え、私たちは、私と涼は、つい二ヶ月前までつき合っていたのだから。

 その関係を一方的に断ち切ったのも私だった。


「涼、別れましょう――」

 私はこの言葉を言う前に、ある一つの決心をしていた。きっと決心しなければ、私は彼の前で、無様な泣き顔を晒していたと思う。

 それでも――

 それでも私はその決心に逆らってまで、彼を引き留める事はしたくなかった。きっと、最後に、別れの言葉を言えなくなる……その為だけに、私はある一つの決意を形にしたのだ。

「ふざけてるのか?」

「私は本気よ」

 あの頃の私は、まだそれ程衰弱していなかった。私を見つめ返す彼の瞳にも、見つめ返すだけの力が残っていたはずである。例え余命三ヶ月を宣告されていたとしても、あの時ばかりは逃げる訳にいかなかった。

「理由は、教えてくれないのか」

「ごめんなさい」

「どうして理由も言えない」

「ごめんなさい」

 問いかけの全てに「ごめんなさい」とだけ答え、私は彼の元を去った。


 それが私に残された唯一の選択と、それが一番正しい選択だと思ったから――


 私が最後の刻を迎える時、きっと彼は、私の側にいてくれる。それは分かり切っていた。だから――だから私は、一方的な別れの言葉を口にした。

 きっと私は、私の最後の刻に、口にしてはならない言葉を言ってしまう。


 ――愛してる。


 彼を縛り付けてしまう、私のわがまま。

 私は秋風にならなければならないのだ。

 春の風と比べると肌寒い

 夏の風に比べると爽やかで

 冬の風に比べると少し優しい


 秋風は――ただの想い出。


 秋風のように、彼の中ではただの想い出にならなければならない。この先彼に訪れる、春風の前の、ただの想い出に。


 ああ、でも、彼からは、一度も別れの言葉、聞いて、ない――




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