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One scene story  作者: ATS
14/20

シーン014:歩幅



「おめでとう」

 そう言って彼は、プレゼントと共に私の誕生日を祝福してくれた。


 四月八日、この日は私の誕生日であると同時に、彼と出逢った想い出の日でもあった。

 記憶の箱を紐解くと、それは―――舞い散る桜の花びらと共に甦って来た……



「覚えてる?」

 私の不意の質問に彼は、何が?―――と、問い返してきた。

「私達が一番最初に出逢ったときのこと」

「ああ覚えてるよ。8年前の今日、俺たちが高校一年の時だろ」

 彼は懐かしそうな顔になった。


「あの時もちょうど、桜の花が満開の時だったのよね……」

 私達二人は、8年前の想い出に心を馳せていた。



 私の住む街の桜は、入学式に合わせる様にして満開を迎えるのだが、それはあたかも、新しい場所へ旅立つ者を祝福するかのように咲き誇る。


 そして、私が通うことになった高校でも、正門から続く30メートル程の道の両脇に桜が植樹されていて、入学式には満開の桜の花のアーチをくぐることになった。


 純白の、雪のような白さの中に、ほんのりとした紅を湛える桜の花びらが風に揺られ、ゆらりゆるりと舞い散る様は――人を優しい気持ちにさせてくれる。


 しかし私は、その桜の姿にどこか―――寂しさを感じずにはおれなかった。


 そう、あの時の私は膝を悪くして、大好きだったバスケットを断念しなくてはならず、新しい生活への期待とは裏腹に、いや、期待が大きければ大きい程、寂しさを感じずにはおれなかったのである。


 彼とはそんな、桜の花びらが舞う校舎の中で出逢ったのだ。



「懐かしいな」

 彼はあの時の事を思い出して、そう言った。

 そう、確かに懐かしい。8年も前の事だ、記憶はセピア色に染まり、懐かしいと思うには十分な時間だった。


「あの時俺たちは、同じクラスになったんだよな」

 そう、彼と初めてであったのはクラスが一緒になったからだった。

 今はもう、何を言ったのか思い出せなかったが、自己紹介の時の、彼の恥ずかしそうな顔は微かに覚えていた。


「でも、初めて話しをしたのは、あれから3日後だったのよね。その事も覚えてる?」

「もちろん覚えてるよ。確かあれは、クラブの見学が始まった日、体育館へ向かう途中だった」

 そう、校舎から体育館へと向かう長い渡り廊下で、私の方から彼に声を掛けたのである。



 入学式から3日も経つと、自己紹介やオリエンテーションなども終わり、授業の方もちらほらと始まりつつあった。それにクラブの見学も今日から出来る様になるそうで、気の早い者の中には、直ぐにでも参加できる様に用意をしている者もいた。


 私はそんな様子を眺めながら、益々寂しさがこみ上げて来るのが分かった。


 あれ程好きだったバスケットを、怪我のためとは言え諦めなくてはならなかった挫折感。人がなんの不安も無しに好きなことを続けられる事への嫉妬。

 それらの感情の先に、寂しさがあった。


 医者からは、リハビリを続ければ普通の運動をするには全く問題ない程度に回復すると言われていた。しかし同時に、それが長く掛かるとも。

 つまりそれは、私が高校生の間に再びコートの上に立つことが出来ない言う事だった。


 だから私は、いっそのこと、全くバスケットから遠ざかってしまおうかとも思った。友達がコートの中でプレイする姿を見続ける事は、正直辛いモノがあったからだ。

 しかし、それ以上にバスケットから遠ざかってしまう事が出来なかった。

 バスケットが好きで好きで、どうしようもなかったからだ。


 そして私は、男子バスケット部のマネージャーになることに決めた。


 女子バスケ部のマネージャーも考えたのだが、やはり、同じ女の子がコートの上でプレイしている姿を見続けるのが辛かった。けれども何らかの形でバスケットと関わりたいとも思っていた。


 男子バスケット部のマネージャーという位置は、そんな二つの問題の、ギリギリの選択だったのである。


 放課後になってそれぞれが見学へと出掛ける中、私は少し遅れて、男子バスケット部が練習をしているだろう体育館へ向かって歩き出す事にした。


 校舎と体育館は結構離れていて、少々長めの渡り廊下を歩く事になるのだが、春先にしては少し寒さの残るなか、私は膝に違和感を感じながら歩いたのを覚えている。


 その時だった。私は、バスケットシューズを手に持ちながら私の横を追い越して行こうとする彼のことを、呼び止めたのである。



「懐かしい―――」

 今度は私が声に出して言うと、彼もそうだな――と、頷いた。

 あの時どうして呼び止めたのかと言えば、彼がバスケットシューズを手にもっていた事があるだろう。あの後一緒に、体育館へと向かった記憶がある。


「そうだな、俺が瑞葉と一緒にクラブの見学に行ったら、彼女同伴だ!って、凄くからかわれたのを覚えてる。もちろん、瑞葉がマネージャーになってからも、さんざ嫌味を言われたっけ……」


 そうだ、そう言えばそんな事もあった。

 あの後一緒に体育館へと向かったのは良いのだが、周りにいた先輩達が私達の事を恋人同士だと勘違いして、冷やかされたのだ。


 もっとも、私達はそれからまもなくして付き合う事になったので、あながち嘘とも言えなかったのだが……



 あの頃を思い出すと、話題が次から次へと出てきて尽きそうにもなかった。 そして出てくる話題の全てが懐かしく、そして忘れられない大切なモノであったから。


 結局、ラストオーダーのお酒を飲み終わるまで話しを続ける事になったのだが、とうとう閉店という事になり、私達は思い出話に別れを告げて帰路につくことにした。


 支払いを済ませてお店を出ると、街の所々では桜が満開を迎えていて、ゆらりゆるり――と、花びらが風に揺られて宙を舞っている。

 彼は、あの頃と変わらずに、私と並んでゆっくりと……歩いてくれていた。


 そんな時、私はふと――彼から貰った一番最初のプレゼントの事を思い出した。


「俺があげた一番最初のプレゼント? 高二の時のオルゴールだったかな……」

 私が彼に覚えているかと聞くと、彼は、私が今も大切にしているオルゴールの事を言った。

 しかしそれではない。私がその事を言うと、彼はしばらくの間考え込んでしまった。


「ヒントはね、私達が一緒に体育館へ向かった時の事よ」

「え?あの時にプレゼントなんかしたかなぁ……」

 私がヒントを出してみるが、やはり、彼は全く思いつかない。


 もっとも、私が貰ったプレゼントとは形に残るモノでもなければ、プレゼントとは少し意味合いが違っていたので、彼が思い出せなくても仕方のないことなのである。


「歩幅よ」

 私がそう言うと、彼は意味が分からず聞き返してきた。

「歩幅?」


 そう、彼からもらった初めてのプレゼントは、「歩幅を合わせてくれる」というさりげない優しさだった。体育館へ向かう時、無意識に膝を庇いながら歩いていた私に、彼は歩幅を合わせてくれたのだ。


 でも――そんな事当たり前だろ。

 私がその事を言うと、彼は照れくさそうに笑う。


 そうかも知れない。多分普通の人の感覚なら当たり前の事なのかも知れない。

 しかし、当たり前のことを当たり前のこととして行えない人が多い中、そして、桜の散りゆく姿に寂しさを感じていた私に取っては、かけがえのないプレゼントとなったのだ。


 相手の歩幅に合わせて歩く――このなんでもない行為に、私は彼の持つ優しさを十分受け取っていたのだ。


 そして今も、彼は私に歩幅を合わせて歩いてくれている……あの頃の様に。




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