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One scene story  作者: ATS
12/20

シーン012:視線



「いい男になりたかったらね、余計な事は聞いちゃいけないのよ」


 そう言うと彼女は、人差し指で俺の鼻先を軽くはじいた。


「ちぇ、直ぐそうやって子供扱いするんだからな、かなわないよ」

「君がもう少しいい男になったらね、大人として接してあげるから」

「それっていつ?」

「そう……ね、あと10年は先かな」

 彼女はいたずらっぽく微笑んだ。


 彼女の名前は高科瑞葉。

 スッキリとした顔立ちで、知的な雰囲気を感じさせる美人顔の彼女だが、実は、笑うと右頬に針で突いた様なエクボが出来てかわいらしい。

 彼女は某都内にある名門大学に通う大学生で、年は俺よりも3つ上の21才。どういう知り合いかと言えば簡単で、彼女は大学受験を控えた俺の家庭教師だった。


 およそ、家庭教師とは思えない、そう、はたからみれば出来の悪い弟に勉強を教えている姉と言った様に性格が明るく、いつも笑顔をたたえていた。そんな彼女は、有名大学の名に恥じない優秀な学力の持ち主であり、勉強の教え方も上手なハズ……だと思うのだが、実は、彼女から勉強を教えてもらうと言う事があまりなかった。


 と言うのも、彼女の家庭教師ぶりはこうである。


 まず問題を渡されて、次回までにその問題を解くことを命じられるのだが、彼女はその問題に対して何も教えてくれないのだ。

 つまりは自分で参考書などで調べ、そして全部回答欄を埋めなくてはならない。

 そして次の時に問題の採点をするのだが、この時、タダの採点では終わらない。問題に対して、どの様にアプローチして、どの様に解答を導き出したのか、その全てを彼女に対して説明しなくてはならないのだ。


 つまり、与えられた問題を自分で解き、彼女にその解き方を説明するのである。


「なんだよそれ?それじゃ家庭教師の意味が無いじゃん」

 俺は最初、この形式にする意味が全然分からなかった。


 それもそうだ、なんでお金を払って来てもらっている家庭教師に、逆に、問題の解き方を教えなくてはならないのか?普通の人間ならば、誰もがそう思うハズだ。

 しかも彼女は、俺の家庭教師の時間には適当な雑誌を買って読んでいたり、時には俺とくだらない話ばかりしていて、本当に何もしない事の方が多いのだ。

 だから俺も

「これじゃ教えてもらってる意味無いじゃん」

 と、正直に言った事がある。


 すると彼女はこういった。


「いい?問題って言うのはね、自分で調べて、自分で解答を見つけるから勉強になるの。それに、人に問題の解き方を説明すると言うのは、その問題の解き方を本当に理解しているのかを見るのに一番いい方法なのよ。あやふやな理解の仕方では人に説明出来ないでしょ。

 これは学校の勉強ばかりでは無くて、社会に出てからも絶対に必要な考え方だと思うわ。だって、人に頼ってばかりだと自分の問題に対して責任を持てなくなるでしょ?自分の問題くらい責任を持って、そして、自分で解決しなくてはね。

 それに、自分の問題に責任を持って解決する、もしくは解決出来るのは……」

「いい男の条件なんでしょ?」

「そ、解って来たじゃない」

「う〜ん、なんか騙されている気がするけど……」

 何となく納得できる様な、しかし、上手く丸め込まれていると言う様な、この時の俺はまだ半信半疑でしかなかった。

 しかし、ここ最近の学力テストではなかなか成績も好調であったし、確かに勉強していて良く分かる様になっていたので、やっぱ、自分で解決する力がついたのかな……と、思えるようになっていた。


 そうそう、それから

「いい男」

 これは彼女の口癖で、何かと彼女から「いい男の条件」講義を聴かされるのだ。

 そんな訳で、一番最初の会話も家庭教師の時間に言われた言葉だった……




 男なら、一度は年上の女性に憧れる時期と言うものがあるのかも知れない。

 学校で男同士が集まると、どうしてもこう言った話題があがるものだが、今回は彼女にするならどの年齢が良いか?と言う話になった。


「俺はやっぱり同年代か年下が良いな」

「あ、俺も俺も。やっぱ同年代とか年下の方が気楽につきあえるじゃん」

「まあ、年上の女性となると、あんまり接点も無いしな」

 と、大体はこんな感じで、同年代か年下とつき合いたいと言う奴が多かった。


 しかし、そんななかでも、ツウを自認している男が、「ツウなら年上だな」などと、訳の分からない事を言いだす。

「なんだよ、そのツウなら年上って言うのは」

「だからさ、年上の女性なら、色々と教えてもらえるじゃねえの」

「色々ってなんだよ」

「だから色々だよ。遊びとかセックスとかさ」

 ツウを自認する男は、事も無げに言い放った。


「おお、それは良いな。一度くらい遊ばれて見たいよ」

「何言ってんだよ。お前なんか相手にしてくれる分けないだろ」

「わかんないぞ、案外俺みたいな男が母性本能をくすぐって『ふふっ可愛がって、あ・げ・る』なんて言われるかも知れん!」

 と、そのツウの男が言うと

 あははははっ!!

「無理無理、絶対に有りえん!」

 これを聞いていた人間が、一斉に笑い出していた。


 俺はそんな話に気軽に笑える奴らが、とてもうらやましかった。

 年上の人を好きになってしまった時、現実はそんなものじゃ無いことを知っていたから。


 俺が男で、彼女が女。

 こんな事を考える事自体、俺の考えが幼いのかもしれない。もっと男としてしっかりとした生き方をしていれば、こんなくだらない思いに悩むような事は無いのかも知れない。

 そう、人を好きになるのにそれがどんな関係であろうとも構わないハズだから。

 だけれども、高校3年の俺にとって「男が女性よりもしっかりしていなくてはならない」と言う思いが消えて無くなる訳ではなく、逆に、たった3年と言う年齢の差が、とてつもなく大きく思えた。




「先生さ、今度どっか遊びに行こうよ」

 俺は家庭教師の時間に、いつものようにベッドでファッションだかの雑誌を開いている彼女を誘ってみた。

「んー。なんで?」

「なんでって、理由は無いけどさ……」

 俺は自分の本当の気持ちを隠していた。

 彼女を遊びに誘うと言うのは、彼女と勉強以外で一緒にいたいと言う気持ちがあったからだし、それに、彼女につき合っている男がいるのかどうかを知りたかったからだ。

 幸いにして、彼女はそんな俺の考えに気付かない様子で

「じゃ、映画でも観に行く?」

 と、雑誌を読み続けながら返事をしてきた。

「映画?」

「これなんかどう?」

 そう言って彼女は、読んでいた雑誌を俺に向けて見せた。

 映画の特集記事だった。




「なんだかつき合わせちゃったみたいで悪いわね」

 ここは映画館を出てから割合と近い喫茶店。映画を見終わった彼女が、何か軽く食べようかと提案してきたので入る事になったのだ。

「別に、それ程悪い映画でもなかったし」

(俺はどんな映画でも良かったよ)

「そう?でも普段はあんな恋愛ものの映画なんて観ないでしょう?」

「そうだね、でもその分新鮮だった」

(先生と一緒なら、何でも良かったんだ)

「新鮮か……」

 彼女はそう言うと、珈琲に口を付けてから外の風景を眺めた。


 ――どうしてそんな横顔をするんですか?


 彼女の視線の先には、外の車や高層ビルなどの風景は映っていなかっただろう。

 映画を観ている時も、話しながら道を歩いている時も、珈琲を飲んでいる時も、時々見せるその横顔、そして視線。

 言葉には出ていなくとも、解ってしまう瞬間。


 ――いい男になりたかったらね、余計な事は聞いちゃいけないのよ


 俺は初めてこの言葉の意味を知った気がした。


「いるよ、私には」

 彼女の横顔が、視線が、語っているのだ。

「いるんだよ、好きな人が、愛している人が……」と。


「先生」

「ん?」

「俺、自分の恋の責任くらい、自分で取りますよ」

「……そう」

「瑞葉さん、俺は――それでもあなたを愛しています」




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