1-2 同居人に会う
「コズルカ・アーラン・オゼルン?」
窓のそばに立って書類を見ながら、まだ若い女性がアーランの正式名称を呼んだ。
綺麗な人だ、とこの部屋に入った瞬間アーランは思った。
さほど装飾がされていない部屋ということもあってか、彼女の居るところだけが大輪の花がぱっと咲いたようだった。
ふんわりとした髪を大きなえんじ色のリボンで後ろで一つにくくり、見たところ二十代後半の彼女は、くっきりした目鼻立ちの美人だった。
身につけるは、リボンと同じ色の、ハイカラーに右上開きの、ふくらんだ袖の上着にくるぶしまでの長さのたっぷりしたスカート。袖は副帝都の最新流行の型らしい。
アーランは流行には縁はないが、話だけは耳にしていた。
「……ですね? 荻野衣からの留学生候補の」
「あ、はい!」
いい返事ですね、と彼女はにこやかに笑う。
彼女は書類を置くとそのまま座り、机に両ひじを立てあごを乗せた。その拍子に焦げ茶色の巻き毛が一つ、ぽろんとこぼれた。そしてはっきりとした声で宣言する。
「私はこの紅中高等私塾の学長のカン・リュイファ・コンデルハンです。ようこそアーラン。しばらくよろしく」
学長! アーランは驚く。こんなに若い人なのに!
コンデルハン夫人が学長だ、ということは確かに聞いていた。
彼女がまだ二十代だということもだ。
だが聞くと見るでは違う。
二十代後半、と言ってしまえばたやすいけれど、考えてみれば、十八の自分とせいぜい十歳くらいしか変わらないということなのだ。
それで「学長」。
何となく実感が湧かないのだが、それでも今アーランが居るのは「学長室」なのである。
その部屋にはもう一人女性が居た。
年齢的には「学長」より二十も上に見えるのだが、ぴったりとした袖の彼女は戸口に近い方で立ったままで次の命令を待っているようにも見える。
アーランは急に胸が激しく鳴るのを感じた。緊張が今ごろ胸に回ってきたようだ。一度走りだしたらなかなか止まらない類のものである。
「既に聞かされていることだと思いますが、まだあなたは『候補』です。一ヶ月間、この学校で研修期間を過ごしてもらいます」
「はい」
「その間はこの寮舎で暮らしてもらいましょう。それも聞いてはいましたね?」
アーランはうなづく。
「実は候補者があなたを含めてここには三人います。実際に『連合』へ向かってもらうのは二人ですから、しばらく様子を見させてもらいます。よろしいですね?」
アーランははい、と返事をしながら再びうなづく。
それにしても、この学長の声は、とにかくよく耳に飛び込んでくる。高くも低くもないが、大気を切り裂いて直接胸に飛び込んでくるような気がするのだ。おそらくそれも学長としての武器の一つなのだろう。
それにしても二人。三人中の二人か。そんなに悪い分ではない。
アーランは考える。
私、意欲はあるわ。少なくとも、こんないい学校に何の障害なく通えるお嬢さん達よりはずっと。
だって彼女達はここで選ばれなかったとしても、明日のごはんのことを考える必要はないじゃない。
「全力を尽くします」
すると学長はくす、と笑った。
「……ではお部屋に案内させましょうね。ミシュガ夫人?」
彼女は戸口にいた年上の女性に声をかける。
「はい奥様…… 学長様」
「このひとをお部屋へ案内してあげて。アーラン、この人は寮の舎監のシルセ・マリュウ・ミシュガ夫人。判らないことがあったら何でも彼女に聞いてちょうだいね」
「はい」
ミシュガ夫人はきっちりと結い上げた灰色の髪を一本も乱すことなく堅い礼をすると、アーランについてくるように合図した。
「荷物はそれだけですか?」
廊下へ出ると、ミシュガ夫人は即問いかけてきた。外見の堅さに反した柔らかなアルトの声だった。
アーランの手にはカバン一つ。
「はい」
「そう。着替え等、足りない物があったら言ってちょうだい。そうするように学長に命じられているのよ」
「ありがとうございます」
アーランはちら、と自分の恰好に目を落とした。
それは見る人が見れば、すぐに彼女が何処の出身か判るものだった。
灰色の、厚手の上着にやはり厚手の黒のスカート。流行のひだなどとんでもない。手足の自由が効く以上の布地を使うまい、と覚悟を決めたような伝統的な筒型、ひらひらとすることは間違ってもないのだ。
上着は上着で、飾り一つもつかない。
単純な裁断に、伝統的な中開きに大きなボタン。
袖は腕が自由になる程度には広いが、それ以上ではない。
どんな子でも着られるように、と幾つものボタン穴がついているし、妙に長かったりと、アーランは少し折曲げているくらいなのだ。
そう、これは養育施設の制服だった。
公の養育施設では一つの制服をできるだけ―― 本当にできるだけ長く、そして誰にでも着られるようにデザインしているので、結果その様になってしまう。
上着に関しては男女の差すらない。色も開き方もそうだ。
さっきの学長は最新流行の上が大きなふくらんだ袖だったし、開きも現代的に右上。ハイカラーに右上、がアーランの物心ついてから知っている「女性の上着」だった。
尤もそれは伝統ではなく、ここ数十年の「流行」である。もともとは男女とも中開きだった。女性らしい身体のラインを際だたせるように作られた、立体裁断。彼女はそういったものを見れば見る程うらやましくなる。そんな服、一度だって着る機会などなかった。
むしろ、前を歩くミシュガ夫人の恰好の方が自分の服に近い、とアーランは思う。
だが、重い灰色の膨らみ一つない服は、決して美しいものではない。
他人のふり見て自分を知る。きっと自分も似たようなものだろう、と彼女は思わずにはいられない。
ミシュガ夫人と違うとすれば、アーランの髪が淡い金色で、目が濃い青だということだけだ。
少なくとも彼女はそう思いこんでいる。
それは彼女の父親が何処の地方の人間かというのを示す唯一の証拠だった。母親にその色合いはない。まあそんなことは彼女にはどうだってよかったが。
「……どうかしたの?」
足どりが重くなっていたらしい。ミシュガ夫人は不意に振り返った。すみません、とアーランは慌てて応えた。
長い廊下をしばらく進むと、一つの部屋の前で彼女は立ち止まり、ノックをした。
はい、と高低二つの声が耳に飛び込んできた。
そこは広い部屋だった。真ん中のテーブルで、二人の少女が思い思いの恰好で読書にいそしんでいた。
一人は黒い、硬そうな表紙の大きな本を手にし、もう片方は「紅華日報」と書かれた新聞を広げていた。
ミシュガ夫人はこほん、と軽く咳払いをすると、アーランをやや前へ押し出す。
「カエンラグジュ、カラシェンカ!」
はい、と慌てて立ち上がる二人の、高さの違う声がユニゾンになる。
「勉強熱心で何よりです。しかしもう少しお行儀よくできませんか?」
「すみません、ミシュガ夫人。つい記事に夢中になってしまって」
「……以後注意して下さいな、カラシェンカ。こちらはコゼルカ・アーラン・オゼルンです。しばらく貴女方と一緒に生活してもらいます」
うんうん、とうなづきながらテーブルについた二人はミシュガ夫人の話を聞く。アーランはその間二人を観察していた。
「アーランは判らないことがあったらなるべくこの二人に聞いてちょうだい。それでも駄目な時、舎監室の私のところへいらっしゃい」
よろしく、と二人はもう一度声を揃えて言った。
「ではよろしく頼みますよ」
ミシュガ夫人はそう言って、あっさりと引き下がった。そしてアーランはそこに取り残された。
入った瞬間も思ったが、本当に大きな部屋だ、とアーランは改めて実感した。
少なくとも今までのアーランの暮らしの中では存在しないものだった。
広さだけなら、同じくらいの部屋はあった。だが、人口密度があまりにも違う。施設では、同じ広さには二十人がベッドを並べていた。
学都の第八女子中等学校の時はまだ良かったが、それでもこんなに広くはなかった。
その二十人が眠れる部屋の定員は三人らしい。ベッドや机の数で判る。三つしかない。……そして共同ではない。
壁に取り付けられた勉強机、クローゼット、洗面台、大きな鏡。
壁が入り口以外には三面あるから、という感じに取り付けられ、その真ん中がぽっかりと空いている。そこに大きなテーブルが置かれていた。
この先一ヶ月間の同居人二人は、どっしりしたそのテーブルについて読書にいそしんでいた。
二人とも歳はアーランと同じ程だろう。多く見積もっても十八か十九。それ以上には見えない。
一人はやや明るい栗色の髪を片方に流し、緩い縄編みにしている。ミシュガ夫人に答えていた方だった。美人と言う程ではないが、可愛らしい。
学長と同じような流行の型の服を着ていたが、色は紺だった。派手ではないが、印象的な顔立ちに、その色はよく似合っている。そして下のスカートは対象的に明るいクリーム色だった。ひだはないが、ふんわりたっぷりとしている。
もう片方は、茶の髪の彼女に比べてずいぶん大きかった。
黒い、やや重そうなくらいな髪は前髪の分だけ前に回され、着ている第一中等学校特有の、大きな白い襟くらいの所で太い飾り紐でくくられている。量の多い髪の残りは全て後ろに回され、無造作に流されている。
胸に三角、背に四角い襟は、タイとカフス以外他の部分が全て黒のせいか、ひどく目立つ。
その大柄な方が立ち上がった。
確かに大きい。自分と頭一つくらい違うんじゃないか、とアーランは思う。
同じ歳の男の子と並んだ時の感覚と似ていた。学都でしばしば見かけたるその制服が妙に似合って、迫力があった。
「…それだけ?」
低い声で、荷物を指して彼女は言った。
ええ、とアーランが答えると、今度はもう一人の声が飛んだ。高くも低くもない。明るい声だ。
「こっちこっち、荷物はこっちのクローゼットに入れるの」
「あ、はい」
入れる程の荷物はない。本当に無い。
アーランの持っている服は、今着ているもの、そして同じ型のものが二着。
内着や下着の換えもその程度。それも決して新品なんかじゃない。灰色のこの上着はアーランで三人目だと寮母は言った。
少ない衣類は、こまめにこまめにこまめに洗濯を繰り返して毎日取り替えていた。中には洗濯が嫌いで何日も同じ服を着ている者もいたけれど、アーランはどちらかというと清潔好きだった。
残りは洗面用具に筆記用具。
ミシュガ夫人は「足りない物があるなら言え」と言った。だが一体何が必要で、何が足りないのか、いまいちアーランには想像がつかない。足りない、と考えたことはなかったのだから。
ロッカーにカバンを入れ、クローゼットに上着をかけると、カラシェンカと呼ばれた茶の髪の少女は鍵を棚から出してアーランに手渡した。クローゼットのものだという。
「これでよし、と。ところでアーラン、お茶でもいかが?」
カラシェンカはアーランがロッカーの鍵を掛け終わるが同時に問いかけた。すでにその手にはティーポットと茶缶らしきものが握られていた。
黒髪のカエンラグジュの方は、何ごともなかったように、またテーブルにつき、読んでいた本の続きに目を通している。
「あ、はい…… あ、それよりも、聞きたいことが」
「はい? あ、そーね、でもその前に自己紹介をしなくては。だからお茶にしましょお茶に」
ほらほら席について、とにこやかに、かつきっぱりとカラシェンカは宣言する。一度茶の道具を置き、空いていた椅子をアーランに勧めた。
あまりの機嫌の良さに、これは何か一種のいじめではなかろうか、と一瞬アーランが思ってしまう程だった。
だがすぐに、それが違うことに気付いた。どうやらカラシェンカは単純にお茶会好きらしい。
うきうきと、実にうきうきと、草原近い辺境の、華西地方特産の固められた茶をナイフで削っている。
そして氷式の備え付けの低温庫からミルクを出すと、やはり隅にある、お茶程度にしか使えないようなアルコールランプのついた小さな台所で沸かし始めた。
「カエンも本にばかりしがみついてないで、お茶にしましょうよ」
「ん」
ぱたん、とカエンラグジュは本を閉じた。薄いが大きな本だった。
黒い、硬い装丁に、「基礎医学」の文字が白く流暢に打たれている。一瞬アーランがのぞき見た中には、無闇に細かい文字と、大きいが意味の判らない単語と、細い線で細かく描かれた人体解剖図が描かれていた。
「ビスケットとクッキーはどちらが好き?」
カラシェンカは小さな台所の小さな棚を開けながら訊ねた。棚の中には赤白色違いの、似たような平たい缶が入っていた。
「あ、どちらでも…」
アーランは曖昧に答えた。生憎どちらがどちらと区別がつくほど味わったことはないのだ。
じゃビスケットね、とカラシェンカは大きな丸い赤い缶を抱えてきた。
ぱこん、と音を立てて開いた中には、綺麗に丸く揃った卵色の菓子が並んでいた。彼女はそれをざらざらと無造作に皿へ広げる。ふっと甘い香りが漂った。カエンは何気なくそれを一つつまむ。
「やだ、カエン、つまみ食いしないで」
「いいではないですか。ワタシはこれが好きなんですよ」
「そうじゃなくてね、一応これは歓迎の意味を込めて…」
「歓迎」
思わずアーランの口がその言葉を反復していた。
歓迎、ね。
だって「三人目」よ。私が来なかったらあんた達に決まったんでしょ?その「三人目」を歓迎なんてできるっていうの?
無論アーランは顔には出さなかった。そういうことは得意なつもりだった。さあ顔に満面の笑みをたたえよう。
「歓迎して下さるんですか? わあ嬉しい」
「わあ、そう言ってくれるとこっちも嬉しいわ」
無邪気にカラシェンカは笑う。そして「自己紹介」を始めた。
「あたしはカラシェンカだけど、カラシュと呼んでね。ここの学長さまがうちの本家の侯爵家の奥方さま、ということで紹介していただいたの。専攻は究理学。……で」
「自己紹介くらいは、自分でしますよ」
カエンラグジュは、自分を指すカラシュの言葉を手でさえぎる。
「ワタシはマイヤ・カエンラグジュ・トゥルメイです。カエンと呼んで下さい。第一中等で究理学を学んでましたが、本命は医学」
「医者になるつもりなんですか?」
「はい」
あっさりと彼女はうなづく。なるほど、だったらあの本の中身もうなづける。
「だがさすがに、今のこの国にはワタシが医学を学べるところも無いし、資格を得ることもできませんから」
それで「連合」へ。
確かに現在女子のための医学専門の学校はなかった。
「帝国」の現在の義務教育は、小学校の初等科・高等科の合わせて六年である。
尤もその六年すらも、全ての子供に、という訳にはいかない。
義務教育の上には中等学校・高等学校と続く。
中等学校もまた六年制で、初等科・高等科が存在する。
そしてその上に三年制の高等学校もしくは高等専門学校があり、さらにその上に特に期限の決められていない大学校がある。そこは教育というよりは、むしろ研究機関だったが。
実際はもう少し複雑かつ細分化されているが、大きく言えばこんなものだった。
ところがその学校も、女子には制限があった。
つい二十年も前までは、中等学校すら女子には無かった。
現在はあることはあるが、第一から第八といったナンバーのつけられたものが学都にあるだけである。大陸の半分を占める「帝国」の版図全国でたった八校。
そして高等専門に至っては、実験的に現在一校が存在するに過ぎない。
しかもその中で講義されるものは決して専門の学問ではない。細分化されて採算がされるほど人数がいないのだ。
男子は無論、細分化がなされている。カエンラグジュの入れれば入りたいだろう、医学高等専門学校も存在する。
学校が無ければ資格を取ることもできない。
看護のための人材育成学校はある。それは小学校高等科を卒業した子供が四年間で資格を取る所だ。手当てはできても診断は学べない。医師の補助に過ぎないのだ。
「アーラン、あなたは?」
カラシュが訊ねる。
判らないはずではないのに、とアーランは内心つぶやく。
帝国本土、何処へ行けども、国が建てた施設の制服は同じ形同じ色をしている。
あえてそれを聞くのだろうか? 無邪気なのか、実は底意地が悪いのか、いまいち把握できない。だがとにかく心にゆっくりと氷を張る。
「…コズルカ・アーラン・オゼルンです。萩野衣市から来ました。見たとおりの、施設出身です。オゼルンという父姓は、そこでつけられました。本当の父姓はありません」
「…まあ」
一応自己紹介、の時にはそのこと外さない。そしてカラシュが驚くのを見て、アーランは「またか」という気分になる。
父姓。
正式には三つ表記される帝国臣民の名前のうち、いちばん後に書かれるものであり、父方の家の名前のことだ。
ちなみに先頭につけられるのは母姓で、これは母方の家の名。真ん中が呼び名である。
父姓がない、ということは、つまり母親が周囲に認められない子供を産んだということである。
施設に入った父姓のない子は、備え付けの「名簿」によって順番に父姓を与えられる。たいていは戸籍台帳上で、身よりなく亡くなり、家を消滅させた男の姓である。
「専攻は…まだ決まっていません。だけどせっかくこのような名誉ある大役の候補に選んでくだすった方がいるからには、その方のためにも、早く自分の目標を定めたいと思います」
「…百点満点の答だな」
ぼそっ、とカエンが言った。はい? とアーランは問い返した。カエンは本から目を離すこともなく、頭のてっぺんをかりかりとひっかく。
「何ですか?」
「…いや…別にいいけど」
何よ、はっきり言いなさいよ。何となくアーランはそう言いたくなる。
そう言えば、と彼女はついでに思い出す。
カエンのトゥルメイ侯爵家というのは、学長のコンデルハン侯爵家と並ぶ名家だ。何だってそんないいところのお嬢さんがわざわざ「連合」まで長い道のり越えて、親元離れて勉強しになんて行くんだろう? そんなことしなくても将来は保障されてるというのに。
何となく、心をざらざらとしたもので擦られている感触。
結婚までの時間つぶしで留学したいんだったら、絶対負けられないわ。絶対。
何やら妙に闘争心が煮えたぎっている自分にアーランは気付く。
だが顔には出すまい。とりあえずカエンの態度は気にしていないフリをする。
「あ…カラシュ、しばらくここで勉強するのでしょう?一ヶ月? 何がその時に必要なのかあたし判らないんですけど…」
「ああそうね、えーと、期間自体が短いから、ここの講義は何処を聞いてもいいんですって。だからその聞きたい講義の教科書はその都度貸してくれるってことなの」
「ああ、そうなんですか」
「服も要求すればここの制服を貸してくれるということだ」
カエンは口をはさむ。
「もしもその服が気になるのだったらそうすればいい。ミシュガ夫人に言えばいい。わざわざ周囲に気をつかわす必要はない」
「……不愉快ですか?」
さすがに眉を寄せ、アーランも問い返す。その声にカエンはやっと顔を上げる。
「別に不愉快ではないが、君の方が気にしているのではないか?」
さりげない言い方だった。さりげなさ過ぎてアーランは反撃のタイミングを掴みかねた。
「カエン、お茶のお代わりは?」
カラシュはぐい、とカエンの前にティーポットを突き出す。
「ああ、ありがとう」
「カエンもそう意地悪言うものではないわ」
「別に、意地悪を言ったつもりはありませんがね」
「あなた口の聞きかたがきついから。でもアーラン、確かにその服は目立つかもね。ここの制服を頼んでおきましょう。カエンはその第一中等の制服があるからいいけれど。私もそういう制服は持っていないから、私服で目立つの嫌だったし」
「ありがとう」
偽善者め。アーランは内心つぶやいた。




