Act7.原作という運命には逆らえませんでした!
新学期、確かに私は決意したはずだった。
和臣様と思い出を作ったら、この想いに蓋をして和臣様と婚約破棄をしようと……。
その為に四月から努力して積極的に和臣様に関わってたくさんの思い出もできた。和臣様が姫野さんに好意を抱いているのも確かだ。なのに、私は全く私の想いを捨て去る踏ん切りができないでいた。
和臣様と姫野さんが仲良さそうにしているのを見る度に沸き上がる嫉妬心。
前世、私は私を最低な人間だと思っていたし、嫉妬で相手を貶めようとするなんて、信じられなかったが、それは本気で人を好きになったことのない人間の浅はかな考えだったと今ならわかる。
嫉妬して彼女を傷つけても何の解決にもならないのだと理屈では分かるが、どんな方法を使ってもいいから壊したい……
破壊衝動は、人間が発作的に起こす症状なのは分かるが、それを抑えるすべが今は浮かばなかった。
和臣様への気持ちが断ち切れず、ズルズル気持ちを引きずっているうちに、物語の佳境であるクリスマスに差し掛かってしまった。
クリスマスイブに和臣様は姫野さんと二人きりでデートをする、その別れ際、公園で二人きりでいるところを婚約者の私が現れて、姫野さんをナイフで傷つけようとするのだが、和臣様が庇って、私は和臣様を傷つけてしまうのだ。
物語では、和臣様は私に何度も婚約破棄を頼んでいるのに承諾してくれないということになっていたはずなのに、和臣様から婚約破棄に関する話もなく、姫野さんと二股状態だった。
その事実が、私をさらに苦しめ、私の怒りは次第に姫野さんから和臣様へと移っていった。
私に対する甘い愛の言葉と同じ内容を姫野さんに囁いていることが許せなかった。
私にするように激しいキスを姫野さんにもしていることが許せなかった。
この世界が本当に前世で読んだ本の世界ならば、私は和臣様を傷つけることができる。
私を裏切って平気で二股を掛ける和臣様を傷つけて、復讐することができる。
……その甘美な誘惑が私に囁きかける。
どうせ死ぬことはない
腕に少し傷をつけるだけ
私の心の痛い分だけ傷付けたい
苦痛に歪んだ和臣様の顔を見たい
和臣様を傷付けられるのは私だけ
……
クリスマスイブの日、私は前世の記憶通り和臣様と姫野さんの待ち合わせ場所へ行き、二人の様子を観察した。
仲良さそうに手を繋ぐ二人の姿に胸がズキッと痛くなる。
ずっと夜にならないでと祈ってはみたが、無情にも時間は驚くほど速く過ぎてしまった。夜の公園で寄り添う二人は本当にお似合いで、私は物語通りの展開にはせずこのまま立ち去ろうと思い、帰ろうとした時。
その時、私は和臣様と目が合った。
和臣様は私を見て笑った気がした。
その瞬間私は何か分からない衝動に駆られた。
私は前世で読んだ漫画の内容をちゃんと読み込んでいなかったのだとやっと気づいた。
私は姫野さんに嫉妬して、彼女を傷つけようとして庇った和臣様を傷つけたのだと思い込んでいたが、どうやら違ったみたい。
私は和臣様が許せなくて、カバンに入っているナイフを手にした。
和臣様なんて、私が傷ついた分だけ痛い思いをすればいいんだ。
そう思って振り下ろした手は、ちゃんと前世で読んだ通り和臣様の腕を傷つけた。
赤く染まった腕を見て、私は多分笑った。
でも、私を見て和臣様も笑った気がした。
泣き出した姫野さんを宥めながら和臣様は私の前から立ち去り、私はそのまま和臣様の車に乗せられ一人で家に返された。
☆☆☆side和臣☆☆☆
せっかくのクリスマスイブを、自分が好きでもない相手と過ごすのは苦痛ではあったが、そろそろ美月の気持ちにも変化が現れはじめていたので、ここで追い込みをかけておきたかった。美月にはイブには用事があると言ってクリスマスに会う約束を取り付けておいた。
完全に編入生との関係を勘違いしている美月は、おそらく私がイブの日に編入生と会うことを予想するだろう。
最近美月は、ずっと思い悩んでいるようで、ため息をついたり、考え事をすることが多くなった。
美月の頭の中が自分で埋め尽くされている事実に、嬉しくてたまらなくなる。
クリスマスイブの日、編入生と待ち合わせ場所に着いてから美月の安全のために付けているGPSで美月の場所を確認すると、案の定、すぐ近くにいた。
バレないように美月を探すと、すぐに見つけることができた。それからは美月の位置と見え方を考えながら編入生に接する。繋ぎたくない手を繋ぎ、美月には向けない種類の微笑みを浮かべる。
美月がどこで割り込んでくるのか、どうやって自分の目の前に現れるのかが楽しみで、心が騒いだ。
結局夜になってしまって、美月が出てきやすいように、あえて人のいない公園を選んで編入生とベンチに座って話す。
その時、美月と目が合ってしまった。
美月は手に刃物を持ってこちらへ向かってきた。
美月のターゲットは明らかに編入生ではなく私だったが、編入生を庇うかのように振舞った。
美月が腕を振り下ろす瞬間の美月の微笑みに思わず魅入ってしまい、痛いはずの腕も麻痺して何も感じなかった。
美月は運転手の大倉に送らせ、私は編入生を自宅まで送り届けた。
もうこの編入生には用はないので、適当に優しい言葉をかけたが、美月のことで頭の中のいっぱいで何と言ったかも忘れてしまった。