008
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《コロニー・ロアノーク》を巡る開戦を告げるファンファーレは、ユリウス旗下の艦隊が鳴らすこととなった。
最大船速で“レーザー砲”の射程距離まで接近したロンメル中将率いる駆逐艦隊が一斉に砲火を浴びせかけ、その攻撃に対して《統合軍》もレーザー砲で応戦した。
しかし、互いのレーザー砲が艦隊を貫くことはなかった。
あらかじめ《統合軍》によって散布されていた《レーザー拡散粒子》のせいで、レーザーを形成する荷電粒子が拡散され、互いの艦に届くまでに霧散してしまい、明確なダメージを与えるには至らなかったからだ。
“宇宙戦争時代”に登場し、戦艦に配備された“荷電粒子によるレーザー砲”だったが、絶大な威力とは裏腹に、重力や磁場の影響を受けやすい荷電粒子の性質もあって、命中率はさほど高くない。“射撃シミュレーション”――常に互いの“位置情報”の入力と“誤差修正”を繰り返さなければいけないため、砲手の実力を必要とした。また《鏡面装甲》や《レーザー拡散粒子》といっった、“対レーザー兵器対策”も日々進歩を続けているため、戦場に置いて“決め手”となる兵器とは言い難かった。
「――速力を上げ、砲火を集中させよ。先頭の艦一点に向けて最大船速」
ロンメル中将は顔色を変えずに前進の指示を出す。
しかし、前進を続ける艦が次から次へと正体不明の爆発に合い、速力は思うように上がらなかった。
「《宇宙機雷》か? 小癪な手を使う。全艦、実弾による弾幕を張れ。小惑星やデブリと共に《宇宙機雷》を吹き飛ばす。《ヘッド》部隊、待機をしておけ。敵前線に取りつき次第、掃討を行う」
前方の《宇宙機雷》を薙ぎ払いながら駆逐艦隊は前進を続けた。
その後をグナイゼナウ中将と、ミニッツ少将の指揮する本隊が進軍する。
戦況は遭遇から接近、そして戦闘へと進み、次のステップ――――
――第二楽章へと移って行った。
互いの艦が、レーザー砲が《レーザー拡散粒子》を突き破って互いの艦隊に届く“近距離”まで接近すると、砲火は激しさを増した。
互いのレーザーがぶつかり合っては大規模な爆発を起こし、巨大な光の柱を立てる。
それは、まるで無数の白い蛇が互いを貪り喰っているかのようだった。
密集陣形を取っていた《統合軍》は、圧倒的な火力を前にじりじりと押されはじめ、背にしたコロニーに向かって後退を余儀なくされていた。
「前方に火力を集中させてください。左右に展開する艦隊に気を取られ過ぎずに《ヘッド》部隊で応戦を」
撤退戦を仕掛けるコロニー防衛の旗艦《アルトリウス》の艦橋では、ノエルが懸命の指揮を取っていたが、戦線が崩れ去るのをかろうじて保っているという状況だった。
設置した宇宙機雷もあらかた掃討されてしまい、自由に動ける宙域を獲得した《月同盟軍》は、左右に大きく艦隊を広げていた。
それは“鶴翼の陣”と呼ばれる陣形だった。
大きく広げた翼のような艦隊が、その翼をもってして統合軍を包囲しようとしていることは容易に想像できた。前方からは、破竹の勢いで前進を続ける駆逐艦隊が恐れを知らぬ勇猛さで突撃を続ける。そして集中させた火力をもって一点突破を図っている。
本来、突撃してくる敵に対して、引きながら包囲を完成させる“鶴翼の陣”を攻撃に用い、さらに“中央突破”と併用しての使用は、圧倒的な兵力差があって初めて可能になることであったが、その用兵術は恐るべき効果を発揮していた。
密集させた《統合軍》の艦隊が中央から分断されれば、駆逐艦隊は《統合軍》の後背に回られてしまう。そして最終的には退路までを断たれ、二分された《統合軍》は左右に広がった艦隊によって完全に包囲され、集中砲火を浴びせかけられるのは自明だった。
そうなれば全滅は間逃れないだろう。
「せめて……後三十分は持ちこたえなければ」
ノエルは追い詰められつつある戦況を見つめ、歯を食いしばりながら喉の奥で洩らした。
激しい戦争が巻き起こる裏側――《コロニー・ロアノーク》の《L5》方面の“宇宙港”では、非戦闘員を乗せた輸送艦が発進を続け、ようやく最後の艦がコロニーの脱出を果たしていた。
戦局が動いたのは、一瞬だった。
ついにノエルが指揮する艦の一隻がレーザー砲の直撃に合った。《鏡面加工》を施した《対レーザー兵器装甲》が限界を迎えて貫かれ、機関部の“動力炉”に引火して大爆発を巻き起こす。死肉を貪るハイエナのように第二射、第三射が続き、最前線を務めていた艦が宇宙の藻屑へと、巨大な棺へと変わって行った。
「ああ……ガードナー少将」
それはガードナー少将の座乗艦《ドレッドノート》だった。
艦隊の士気を高めるため、自ら最前線に赴いたガードナー少将以下、数千名の兵の命が光の渦の中に消えて行った。
艦隊の爆発に巻き込まれて、自軍の《パンツァー・ヘッド》も連鎖的に爆発をした。
「前方に艦を集中してください。中央から分断されればその時点で敵の包囲網が完成してしまいます。そうなれば、我が艦隊は全方位から敵の攻撃を浴びることになります」
ノエルはガードナー少将の死に心を痛めている暇もなく、沈んだ《ドレッドノート》の穴を埋めるべく指示を出した。
しかし、その指示も遅きに失したとしか言いようがなかった。
敵駆逐艦は《統合軍》の前線に取りつくと同時に《ヘッド》部隊を展開せていた。そして《パンツァー・ヘッド》の機動力を生かして《統合軍》の前線を撹乱し、攻撃を浴びせかける。
ノエルは絶体絶命の窮地に陥りながらも、《月同盟軍》のあまりにも手際が良する“用兵術”に驚きを禁じ得ないでいた。
これほどまでに洗練された無駄のない艦隊の運用――進撃のタイミング、《ヘッド》部隊投入の素早さ、左右の艦の連携――は、幾度も戦場に出て武勲を立ててきたノエルとて見たことがなかった。
これが《戦場の皇帝》と呼ばれる男、ユリウス・ハイペリクス・カエサルの実力なのかと――敵ながら賞賛以外の言葉が見当たらずに嘆息を漏らした。
「決め手に欠けたようだな」
そう漏らしたのは、司令官席に腰を下ろしたままのユリウスだった。
ユリウス自身ではまだ何一つ指示を出してはいなかったが、けっしてこの状況に満足してもいなかった。
そして、その言葉を聞いていたかのように各提督達も言葉を漏らした。
「ええい、何をやっているのか? 包囲網はまだ完成せんのか。火力を集中させい」
声を荒げて指揮を取るグナイゼナウ中将は、《統合軍》の艦二隻を薙ぎ払って宇宙の塵へと変えながら、艦隊による包囲網を完成させようと躍起になっていた。
「どうやら、時間切れみたいだな」
口笛を吹いたミニッツ中将は、艦隊にこれ以上の無理をしないように指示を出した。そして指揮卓に腰を下ろして肩を透かしてみせた。
ロンメル中将だけが、何も言葉を発せずに冷静に戦況の終着点を見つめていた。
《統合軍》の中央を分断して後背に回り終えた彼の駆逐艦隊は、すでに次の状況へと移り《パンツァー・ヘッド》をコロニー内部に侵攻させてコロニーの占領に取り掛かっていた。
未だ不完全ではあったが、《月同盟軍》の包囲網が一応の完成を迎えるまでに撃沈された艦は、全て《統合軍》の艦だった。戦艦《ドレッドノート》を含む“五隻”で、《統合軍》の《パンツァー・ヘッド》は、ほぼ全てが撃墜されていたが、《月同盟軍》の損害はいずれも軽微だった。一番損害の多い駆逐艦隊でさえ、中破が“二隻”といったところだった。
しかし、この時点での戦死者数は互いの陣営を合わせて三万人を超えていた。
「そろそろ“最終楽章”といったところだな」
立ち上がったユリウスがそう告げる。
「そろそろ終決です」
同じくノエルがこの戦いの終決を見て取ると、今も必死に戦いを続ける自軍の姿を痛々しく見つめた。
「だけど、もう少しだけ時間が欲しい」
ガードナー少将をはじめ、多くの騎士と兵を死なせてしまった。
もっと自分に力があり、愚かな実兄を説得できていたのなら、ここまでの犠牲は出なかったはずだった。
ノエルは自身の未熟さに打ちひしがれながらも、この状況を打開するための最善の策を必死に考えていたが――その答えは、この会戦が始まる前から出ているものだった。
《月同盟軍》のユリウス・ハイペリクス・カエサルは、戦争を知り尽くした優れた戦術家であり、稀代の戦略家である。ここまでの《統合軍》と《月同盟軍》の戦闘の意味を、そして終局の行方もすでに見通しているだろうと、ノエルは確信していた。
ならば、この状況に置いて我が軍を救う手が一つだけあった。
「私の《ヘッド》の整備はできていますか?」
ノエルは閉じていた瞳を開いて尋ねた。
即座に整備班に連絡を取った通信士官から、「整備は完了している」と言う返事が返ってきた。
「《アヴァロン》に火を入れてください。ノエル・アルトリウス・コーンウォール――出ます」
ノエルは燃えるような翡翠の双眸を輝かせ、覇気のある声音で告げると――《パンツァー・ヘッド》デッキへと向かって歩を進めた。
彼女の前に、老執事スティーブンスが立ち塞がった。
「スティーブンス・ダーリントン退役少将、後は任せました。一人でも多くの兵を救い、この《アルトリウス》を必ず祖国に帰してください」
「……姫様、本当にこれで――」
「――爺……最後まで私に騎士の本分を全うさせてね」
ノエルは微笑を浮かべて艦橋を後にした。
――これが、この会戦の“最終楽章”の始まりだった