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007

 ☆

 


「――ほう」

 

 戦艦のディスプレイ・スクリーン越しに、肉眼でも《統合軍》――《神聖大英帝国騎士団・第二方面軍》の艦影が映ると、“第二艦橋”と接続(ドッキング)した“第一艦橋”の司令官席に腰を下ろしていたユリウスは、思わず声を漏らした。


 その表情は、思わぬ展開に胸を躍らせるといった様子で、覇気を纏った表情の奥に不敵な笑みさえ浮かべていた。


「これは少しばかり予想が外れたな」

 

 最大望遠のカメラが捉えた《統合軍》の艦隊は、コロニーの全面に配備され、コロニーの入り口を守るように密集陣形を取っていた。そして、すでに《パンツァー・ヘッド》の発進までも終えて、《月同盟軍》の襲撃を待ち構えていた。

 

 ユリウス旗下の艦隊は、即座に“戦闘宙域”の詳細スキャンを行った。

 その結果が各艦のスクリーンに人口の光点となって映し出される。

 

 ユリウス旗下の《月同盟軍》の艦隊“五十隻”に対して、コロニー防衛に配備された《統合軍》の艦隊はわずか“十隻”。そして発進している《パンツァー・ヘッド》の数は“四十機”だった。


「ヨナ、戦況をどう見る」


 ユリウスの隣に立った副官は、スクリーンを見つめたまま口を開いた。


「……どうやら《統合軍》は、我が軍と真正面からぶつかり合うつもりのようですね。状況から見て、すでに《レーザー閑散粒子》と《宇宙機雷》は散布しているでしょう。ということは、互いに遠距離からでは決め手に欠けます。数の観点から見ても、我が軍が正面対決を行うには打ってつけとは言えますが、我々が入手した情報よりも艦隊の数が少ないことが気がかりです」


「どのようにだ?」


「《統合軍》はコロニー内に戦力を温存しているか、大きな迂回路を取って我が艦隊の後背に回ろうとしている可能性があることを懸念します」


「我々はこのまま前進を続け正面対決を行うべきか?」


「はい。このまま正面対決を敢行しても圧倒的な数の差で《統合軍》に勝利することは可能です。しかし……時間をかけ、少しずつ敵戦力を確実に削ぎ落していく戦術の方が、我が軍の損害は少ないと考えます」


 副官の報告を聞き終えたユリウスは、満足げに頷いて見せた。


「戦術的には申し分ない分析だ。しかし戦略的観点から見れば、それでは我が軍は敗北を喫したことになるな」


「敗北ですか?」


「そうだ。時間をかければ相手の思惑に乗せられたということになる。我が軍が戦術的な勝利を得ても、戦略的には向うの利することとなろう。それを私は敗北と考える」


 副官は言葉に窮し、上官は言葉を続ける。


「まず《統合軍》のこの布陣の目的は時間稼ぎだ。少しでも長く戦線を保つために、全兵力をコロニー前方に集中配備しているのだ」


「時間稼……ぎですか? しかし、この兵力差では数時間と持つわけが」


「そこが問題だ。いったいこの時間稼ぎは何のための時間稼ぎなのか――そこにこの布陣の真意がある。ヨナ、戦争とは“軍”と“兵”のみによって行われるものか?」

 

 その言葉を受けて、ようやくヨナ・ウルバヌスはこの布陣の真意を見抜いた。


「……コロニー建造に携わっている“非戦闘員”が避難する時間を稼いでいるということですか?」


「その通りだ。これは正面からの“全滅対決”に見せかけた“撤退戦”だ」


 ユリウスは頷いた後、ゆっくりと立ち上がった。


「しかし、この布陣の真意はそれだけではないだろうな」


 ユリウスの翡翠の双眸が、戦場に隠れた真意を見透かすように妖しく輝く。


「本来《統合軍》にとっての最善の策は――コロニー内に“籠城”して、増援が駆け付けるまで我が軍の攻撃を耐え凌ぐことだ。我々が事前に入手した情報通りの戦力ならば、それもかろうじて可能だったが、残念ながら《統合軍》の指揮官は、我が艦隊に恐れをなして逃げ出したようだ」


「逃げ出した? まさか……指揮官がそのようなことを?」


「ヨナ、戦争とは人の手によって行われるものだ。敵の兵力や兵器の性能なども大事だが、敵の指揮官を知るということが戦場では最も重要なことの一つだ」


「敵の指揮官?」


「向うの指揮官は、ジョン・グロスター・アイルランド。《神聖大英帝国》の第二王子であり、女王陛下のお情けで“中将”の地位を与えられたような男だ」


「ジョン・グロスター・アイルランド?」


 聞き覚えない指揮官の名前を聞かされ、ヨナは首を傾げるしかできなかった。


「アイルランド卿には、これまでこれといった戦果もなく、前線で勇猛に戦い抜いた記録もない。要するに戦争に関しては素人同然なのだ。そのような指揮官が、この私自らが率いる艦隊を前にどのような行動をとるかなど、考えずとも理解できるだろう?」


「《戦場の皇帝》の異名は、伊達じゃないということですか?」


「その呼び名はよせ。“皇帝”などという旧世紀の遺物のような異名など虫唾が走るな」

 

 そう言ってユリウスは苦笑いを浮かべてみせた。


「つまり《統合軍》には、コロニーに籠城して増援が駆け付けるまでの時間を稼ぐ戦力はない。我が艦隊と玉砕を覚悟で正面対決を行い、非戦闘員が脱出するまでの僅かな時間を稼ぐという選択肢しかないということだ」

 

 この時ユリウスが断じた言葉の全てが、この戦場の正鵠を射ていた。

 

 この恐ろしいまでの分析力と解析力、そしてそこから導き出される戦術と、戦場の先を見据えた戦略的構想の大きさが、ユリウス・ハイペリクス・カエサルの――《戦場の皇帝》と呼ばれる男の本質だった。


「しかし無能な指揮官の下に、勇猛な副官がついていたと見えるな? この状況でも戦意を衰えは見えない。これは案外手こずるかもしれんな」

 

 ユリウスはゆっくりと立ち上がった。


 そして“第一艦橋”から歩を進め、“第二艦橋”に座した全ての士官と、そして全ての艦に向かって覇気の籠った言葉を投げかけた。


「敵は――“背水の陣”を布いた。古来より死を覚悟した兵ほど、恐ろしく勇猛な兵はない。全艦、心してかかれよ。さもなければ宇宙の藻屑となるのは我々の方だぞ」

 

 その言葉に、旗艦《クロケア・モルス》の艦内全ての兵だけでなく、ユリウス・ハイペリクス・カエサル旗下の全ての艦と、全ての兵に緊張が走った。


「全艦前進を続けよ。最前線の駆逐艦隊が“敵射程”に入り次第――砲撃を開始する」


 ユリウスは再び司令官席についてスクリーンを悠然と眺め直した。


「各艦隊の提督に改めて指示を出さなくてよろしいのですか?」


「必要ない。この布陣を見て即座に敵の真意に気が付けぬ提督など、我が旗下には入らぬ」


 短くそう告げたユリウスに、ヨナはもう一つだけ意見した。


「閣下……《統合軍》に“降伏勧告”をだしほうがよろしいのではないでしょうか? 敵が非戦闘員の脱出までの時間を稼いでいるのなら、我々が非戦闘員の安否を約束すれば……敵は素直に降伏するのでは?」


「その可能性はあるだろう」


「では――」


「勘違いするなよ、ヨナ・ウルバヌス中佐」


 翡翠の双眸が冷酷の色を濃くして副官を射抜いた。


「これは戦争であり、ここは戦場だ。双方が血を流さなければならぬ瞬間(とき)がある。無論、敵軍も同じ考えだからこそ、ああして正面対決の布陣を布いたのだ。相手の意を汲むのも武人の矜持であると知れ」


「申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」


「我々は、我が艦隊の全力をもって敵艦隊を殲滅する。処遇を施すのはその後だ」

 

 ユリウスのその言葉を受け取ったかのように、各提督達の指揮する全ての艦は全速力をもって前進を続け――


 ――そしてコロニーを巡る“会戦”の火蓋は切って落とされた。


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