006
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ノエルが戦艦ドックに辿りつくと、多くの騎士と兵が集まり、一糸乱れぬ隊列を組んで並んでいた。
そしてノエルが現れると、全ての騎士と兵が騎士団流の敬礼を行った。
一人の将官が前に出て言う。
「《神聖大帝国騎士団・第二方面軍》副官アルフレッド・ガードナー少将以下、約四万人の騎士と兵、そして八隻の戦艦は――ノエル・アルトリウス・コーンウォール第三王女殿下に忠誠を誓い、この剣と命を捧げて戦い抜くことを、ここに誓います」
ガードナー少将が宣誓を行うと、全ての兵がそれに倣って宣誓を行った。
「我が名は――ノエル・アリトリウス・コーンウォール。皆さんの艦隊の指揮を取る騎士です。明らかな劣勢の中、よくぞこれだけの騎士と兵が残ってくれました」
本来、アイルランド卿旗下の艦隊は“十五隻”から編成されていたのだが、アイルラン卿の座乗艦《グロスター》と護衛の艦がコロニーから逃げ出すのを見て、戦場に残ることを怖気づいた艦が上官の後を追ってコロニーを離れて行った。
残ったアイルランド卿旗下の艦は“八隻”。
そこにノエルの座乗艦《アルトリウス》と、アルトリウスの護衛艦一隻を含めた“計十隻”の艦隊で、このコロニーを死守しなればならない。
しかし、集まった騎士と兵の前に立ったノエルの表情に、恐れの色は浮かんでいなかった。
「私から、皆さんに一つだけお願いがあります。一分一秒でも長く戦い抜いてください。皆さんがわずかでも長く戦線を保てば、それだけ多くの民が救われます。どうか皆さんの剣を――私のこの剣に捧げてください」
ノエルは帯剣していた儀式用の剣を抜き、天高く掲げてみせた。
帯剣を許されているい騎士がノエルに習って剣を抜き、誓いと共に剣を掲げる。
そして全ての兵が勝鬨の怒号を上げた。
☆
「姫殿下、この度は我が騎士団の不始末に巻き込んでしまい、大変申し訳ありません」
出陣前の儀式が終わりを告げ、全ての騎士と兵が自分の座乗艦へと向かって行くと、ガードナー少将がノエルの傍にやってきて深く頭を下げた。
「頭を上げてください、ガードナー少将。私は騎士の務めを果たすだけです。それに、これは身内の問題でもあります」
ノエルは苦々しい思いを噛みしめた。
「それよりも……艦隊の指揮はガードナー少将がお取りになった方がよろしいのではないですか?」
「いえ、指揮は姫殿下がお取りください」
「しかし……私の階級は准将です。それに戦場の経験から言ってもガードナー少将のほうが」
「無能な上官を諌めることもできず、ただ言いなりになっているだけの、私のような情けない騎士よりも……姫殿下自らが指揮をお取りになった方が兵の士気は上がるでしょう。私には……部隊を率いる資格などありませんよ」
「そんな、ガードナー少将がいればこそ……この騎士団は――」
「気遣いは無用です」
ガードナーはきっぱりと言って続けた。
「私も騎士の端くれ。自分がいかに愚かだったのかは十分承知しております。私が遣えた上官は……コロニーを見捨てて逃亡なさった。しかし我が騎士団までもが卑怯者のそしりを受けることは我慢できません。《誉れの騎士》と言われる姫殿下の元で……私たちに騎士の本分を全うさせてください」
四十を超える壮年の騎士が許しを乞うように、自分よりも二回りは小さいノエルを見つめた。
そのくすんだ茶色の瞳はこの戦場で散ることを覚悟し、その魂の全てを捧げると告げていた。
ガードナーは立派な騎士だった。
非常に優秀な軍人であり、騎士団の模範となるべき規律を備えた提督であり、勇猛でありながら聡明な人物だった。今日まで、曲がりなりにもアイルランド卿の指揮する騎士団が存続をし、華々しい戦果や武勲がなくとも神聖大英帝国騎士団の一角を担ってきたのは、偏にこのアルフレッド・ガードナーという男の功績以外の何物でもなかった。
ただ仕える人物を間違えたことだけが、この男の唯一の不幸であったのかもしれない。
ガードナーは胸の裡で思った。
“もしも、私が、この美しも勇ましい姫殿下の元に仕えていたら、私は今よりも立派な騎士で在ることができただろう?”
考えても仕方ないことだった。
「わかりました」
ノエルはガードナーの心意気を受け取り、頷いた。
「艦隊の指揮は私が取りましょう。ガードナー少将のお力期待しております――ご武運を」
そう言って、ノエルは自身の乗ってきた純白の旗艦《アルトリウス》に向かって行った。