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005



「姫様……無謀です。お考え直しください」

 

 自らの座乗艦《アルトリウス》に搭乗するため“戦艦ドック”へと足を運ぶ第三王女の後を追って、彼女の従者を務めるスティーブンス・ダーリントンは必死の説得を試みていた。


「姫様は、シュナイデル様に言われてこのコロニーの視察に来た大使です。それが……騎士団の指揮権を委譲され、戦闘の指揮をなさるなど……大使の権利を逸脱しております」

 

 今回、ノエルがこのコロニーに赴いた理由は、叔父であるエディンバラ卿に命じられた《コロニー・ロアノーク》の視察が目的だった。

 

 視察の理由は《コロニー・ロアノーク》が“前線基地”として役目を全うすることができるかを判断するというものだったが、叔父の本音は、正式な許可も得ずに建造を始めた次兄と、コロニーに対して、どのような処遇を与えるのが適当であるのかを図るためだった。《統合軍》内部で何かと問題を起こす次兄の暴走とも言える行動が、新しい戦争の火種にはならぬかと心配してのことでもあった。


 そのため、叔父が信頼する長姉のノエルに視察の任を与えたのだが、結果は遅きに失してしまった。


 叔父の不安は的中した。


 次兄が不要に始めた建造途中のコロニーが火種となって、戦略的に無意味な会戦が起ころうとしていた。


「お願いです姫様……もう一度お考えください」


「スティーブンス。いえ、爺――」


 足を止めて振り返ったノエルは、心を込めて爺と呼んだ人物を優しく見つめた。


「それでは、いったい誰がこのコロニーに残された民を守るというのですか?」


「しかし、姫様の指揮する《精鋭騎士団(ナイツ・オブ・ラウンド)》もいないこの状況では――」


「では、この私に民を見捨てて逃げる恥ずべき騎士になれと言うのです? あなたが長い間遣えてくれた私の父と母は……そのような情けない人物だったのですか?」

 

 スティーブンス・ダーリントンは、表情を曇らせて言葉に窮した。

 今は無きノエルの父と母に長い間遣えていたこの従者は、元は《神聖大英帝国》の王室付きの軍人であり、“情報部”所属の少将であった。ノエルが生まれるとスティーブンスはノエルに付きっきりになり、ノエルの父と母もノエルの従者としてスティーブンスを選んだ。


 しかし《神聖大英手国》の王位を巡った争い《薔薇戦役》にて、ノエルの父と母が王位を狙う貴族に暗殺される間際、「ノエルを立派な騎士に育てるように」と主人に申しつけられたスティーブンスは、血みどろの謀略が巡る内戦の血を離れて、幼いノエルに与えられた領地《コーンウォール》へと移り、そこでノエルを育てることとなった。


 老執事となったスティーブンスは、亡き主人に託された“立派な騎士に育てるように”という言葉を片時も忘れず、その言葉に報いるように厳しく躾けてきた。


 そして今、この老執事は、自分が想像していた以上の立派な騎士へと成長したノエルの眼差しに、今は無きかつての主人の姿を見ていた。


 スティーブンスは、かつて《騎士王》とまで呼ばれたアルトリウス皇太子殿下の面影を重ねて胸を撃たれていた。


「しかし、ここでもし姫様にもしものことがあれば……私は姫様の御父上になんと申し上げればいいのか」

 

 苦渋の色を濃く浮かべた老執事は、どうしたらと不安で震わせた。


「安心して、爺。私は、この戦場で討たれるとは思っていません」

 

 ノエルはニッコリと笑ってみせた。


「それに、もしもこの戦場で私が散ったとしても、きっとお父様とお母様は私を褒めて下さるでしょう。ねぇ……そうでしょう爺? だって、ほら見て? 今あなたの目に映る私の姿は、きっと立派な騎士の姿ではなくて?」

 

 そう言うと、ノエルは少女っぽく笑ってその場で華麗に回ってみせた。


 二人の間に、懐かしい思い出の数々が瞬く星のように浮かんでは消えてえいった。


「おお、おお……そうですとも。素晴らしい騎士の姿にございます」


「そうよ爺、あなたが厳しく指導してくれた立派な騎士よ」


 声を震わせたスティーブンスの瞳が潤んだ。

 

 その姿を見て、同じく込み上げるものを感じたノエルは、大切な家族と変わらない老執事を、今日まで父と母の代わりに自分を育ててくれた血の繋がらぬ父を、強く抱きしめた。


「わがままばかり言って……ごめんなさい。爺、今までありがとう」

 


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