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004



「……これは、一体どういことだっ」

 

 ユリウス旗下の艦隊が進行している目的地――


《L1・L5》間の“緩衝宙域(ポケット)”に建造された“コロニー”の司令室では、《統合軍》に参加する《神聖大英帝国軍》――《神聖大英騎士団・第二方面軍・騎士団長》、ジョン・グロスター・アイルランドが、油っぽい白い肌を極限まで紅潮させて怒鳴り散らした。

 

 ジョン・グロスター・アイルランドは、地球圏に“四つある帝国”の一つ――

《神聖大英帝国》を治める“女王陛下”エリザベス三世の孫息子であり、帝国の“第二王子”である。


 公には“アイルランド卿”と呼ばれる。


《統合暦》以後の地球では復古調の帝国主義が惑星全土を支配しており、“女王陛下”エリザベス三世が統治する《神聖大英帝国》には、現在“四人の王位継承者”が存在する。


 第一王子のエドワード・ウェストミンスター・ランスロード。

 第二王子のジョン・グロスター・アイルランド。

 第三王女のノエル・アルトリウス・コーンウォール。

 三人の叔父に当たる皇太子シュナイデル・ローラン・エディンバラ――の“四人”がそれに当たる。

 

 長兄のエドワード、次兄のジョン、長姉のノエル、そして叔父のシュナイデルは、それぞれが《神聖大英帝国》の領土を治める領主であり、そして《統一連合国軍》に参加した軍組織――《神聖大英帝国騎士団》を指揮する騎士団長でもある。

 

 元帥の地位にある叔父のシュナイデルや、同じく元帥の地位にある長兄のエドワードと比べ、これといった戦果や功績を持たない次兄のジョンは、中将の地位に甘んじていたこともあり、華々しい戦果を上げることに躍起になっていた。


 しかし、一年前の《L1》侵攻作戦で統合軍が手酷い敗戦を迎えてからというもの、《統合軍》と《月同盟軍》の間に大きな戦が起こるような気配はなく、新たな武勲を立るチャンスは見当たらなかった。


 そんな時、この次兄は、長兄がかつて“緩衝宙域”に“前線基地となるコロニー”の建造を計画していたという情報を、長兄の指揮する騎士団に潜り込ませたスパイから秘密裏に知らされた。そして、その資料を何とか手に入れることに成功した次兄は、長兄が断念したこの計画を成功させることで、華々しい戦歴と武勲を誇る長兄の鼻を明かしてやろうと考えた。

 

 計画は成功していた。


《L1・L5》間の“緩衝宙域”は、《統合軍》《月同盟軍》のどちらにも重要視されてこなかった忘れ去られた宙域でり、特殊な磁場が電波などを乱反射させて計器類の使用を困難にさせるため、ひっそりとコロニーを建設するにはうってつけポイントではあった。さらに集まった小惑星や宇宙戦争時代のコロニーの残骸などは、コロニーを建造す資材にも、コロニーを隠すカモフラージュにもなり得た。

 

 そして全長三十キロに及ぶ、小惑星の塊で建造された《コロニー・ロアノーク》は八割方の完成を迎えていた。


 しかし、コロニーの建造を速めようとしたアイルランド卿の浅墓さと、《L1》宙域の司令官に就任したユリウスの才覚によって、この《コロニー・ロアノーク》は完成前に発見されることとなった。

 

 それは発見されるべくして発見されたのだろう。

 

 当初、コロニーを建造するに当たり建造資材を運ぶ輸送艦には、小惑星に紛れることと、小惑星と同じ速度と同じ質量で資材を運ぶことを徹底していたが、完成間近となると功を焦ったアイルラン卿の号令によって、資材を運ぶペースを三倍にするように命令が下った。


 これにはアイルランド卿の補佐を務める副団長のガードナー少将や、コロニー建造を任された《宇宙開発機構・宇宙居住区開発部》の面々も反対したが、自身の計画の成功に疑いの余地を抱かず、自身の功績に目が眩んだアイルラン卿は、頑として反対を聞き入れなかった。

 

 そしてこの日、発見されるべくして発見された不幸なコロニー・ロアノークの真新しい司令室に悲報が舞い込んだ。


 ユリウス・ハイペリクス・カエサル旗下の宇宙艦隊が近づいているという情報が、“緩衝宙域”にばらまいておいた監視ビーコンを通じて指令室付きの情報士官によってもたらされた。


 愚かなジョン・グロスター・アイルランドは、その現実を受け入れることができず、まるで思い通りいかないことで駄々をこねる子供のように怒鳴り喚き散らしていた。


「何故だっ? 何故、私の計画はこうも上手くいかない。お前たちが無能せいではないか? 私の計画は完璧のはずだった。何故だっ、この馬鹿者供がっ」


 騎士とは思えぬほどに肥えた腹の肉を揺らし、二十代前半にしてすでに後退し始めた額に大粒の汗をかきながら、愚かな次兄は部下たちを怒鳴り散らす。


「しかも……この《ロアノーク》に向かっている艦隊が、あのユリウス・ハイペリクス・カエサル旗下の宇宙艦隊だと? あの……《クロケア・モルス》が……《戦場の皇帝》が来ると言うのか?」

 

 先ほどまで茹で上がった蛸のように紅潮していた白い肌を、今度は蒼白を通り越して土気色にさせたアイルランド卿は、脳裏に焼きついたユリウス・ハイペリクス・カエサルの武勲の数々を思い出して震えあがった。


「……無理だ。十代の前半にして《パンツァー・ヘッド》部隊を率いて、僅か一部隊で《統合軍》の艦隊を沈めた天才だぞ? それに……去年の《L1》侵攻で、たった八隻の艦と《パンツァー・ヘッド》部隊のみで、《統合軍》の艦隊を壊滅させた《戦場の皇帝》だ。勝てる訳がない……」

 

 ――《戦場の皇帝》

 

 それは昨年に行われた《統合軍》による《L1》侵攻――《ゴールデン・ホーク・ダウン》と呼ばれた会戦で、五倍の兵力差をひっくり返して統合軍の艦隊をほぼ壊滅に追い込んだ、その戦術のあまりの華麗さから、当時中将の地位にいたユリウス・ハイペリクス・カエサルにつけられた恐怖の異名であった。

 

 戦場の全てを支配し、蹂躙する――《戦場の皇帝》。


 そして、この恐るべき武勲をもって、ユリウス・ハイペリクス・カエサルが《月同盟軍》大将に昇進したことは、《月同盟軍》のみならず《統合軍》にもセンセーショナルな事件として知られ渡った。


「皆殺しにされる」


 恐怖に憑りつかれたアイルランド卿のその姿は、軍服を着た豚がみっともなく鼻を鳴らしているようにしか見えなかったが、この場の誰一人として、自身の上官に意見を言おうというものはいなかった。そんなことは一切の無駄であるということを、ここにいる全員が知っていたからである。

 

 一切の反論をせず、ただただ沈黙を守っている第二方面軍の騎士や幕僚や士官は、全ての希望を失った瞳の色で顔面を蒼白とさせていた。


 しかし司令官室の隅に佇み、狼狽するアイルラン卿を冷やかに見つめている一人の少女だけは、その瞳の中に希望の光を失ってはいなかった。


「……会敵予想はっ?」


 アイルランド卿は突如、思い至ったように大声を上げて情報士官に尋ねた。

 情報士官は「およそ一時間後」であると答えた。


「一時間? ……一時間しかないと言うのか?」


 それは“緩衝宙域”を覆う特殊な磁場の影響だった。磁場によって通信網が乱れ、監視ビーコンの信号を上手くキャッチすることができなかったことが原因でだった。

 この不安定な通信網は、長兄がこの宙域に前線基地を建造することを見送った原因の一つであったのだが、この時の次兄にはどうでもいいことだった。

 

《コロニー・ロアノーク》に駐留しているアイルランド卿旗下の部隊は、戦術的にも時間的に大きな不利を被り、劣勢を通り越した絶望の淵に立たされていた。


「私の艦に、《グロスター》に火を入れよ。今から三十分後に出向する。この《ロアノーク》を放棄する」


 アイルランド卿の決断に指令室に激震と同様が走った。

 皆が一様に顔を見合わせ、どうしたものかと表情を曇らせる。


「――お兄様、お考え直し下さい」


 そしてついに黙っていられくなったと、指令室の隅にいた少女が口を開いて足を進めた。

 

 それは黄金の稲穂のように美しい金髪の少女だった。

 

 艶やかな髪の毛は複雑に結われ、シニヨンという髪型に纏め上げられている。白皙の美貌に浮かぶ翡翠の双眸は美しくも勇ましい。そして、その凛とした精悍な表情には一切の恐れや怯えと言った感情を拝したように逞しかった。

 

 青地に金ボタンと金モールをあしらった軍服を華麗に着こなした少女が、狼狽するアイルラン卿の前に立って言葉を続けた。


「ジョンお兄様、この《コロニー・ロアノーク》には、コロニー建造のために集まった《宇宙開発機構》の職員などの非戦闘員が多く残っています。それらの人々をお見捨てになって、指揮官自らお逃げになるつもりですか?」

 

 凛と響く声を受け、指令室のあちらこちらで「姫様」や「王女殿下」といった囁きが生まれた。

 

 怯えるアイルランド卿の前に立った少女こそ、《神聖大英帝国》第三王女ノエル・アルトリウス・コーンウォールだった。 まだ十八歳になったばかりの若き准将が、穢れなき翡翠の双眸で真っ直ぐに実兄を見つめて問いただした。


「しかしノエル……相手はあの《戦場の皇帝》だぞ? 勝てる訳がない。それに今から全ての兵や非戦闘員までを集めて撤退の準備をしていたら、二時間以上はかかってしまう。それでは遅すぎるのだ……」


「だからと言って非戦闘員を見殺しにしていい理由にはなりません。《神聖大英帝国騎士》の名に恥ずかしくないのですか?」


「非戦闘員は捕虜にこそなれ、殺されるわけではない。だが……我々王族は違う。捕まれば利用され、裁判にかけられ……処刑されるかもしれぬ。私が生きていれば、いずれ捕虜などいくらでも取り戻せる。そう、こうれは……今後の大勝利に向けた戦略的撤退であり、苦渋の選択の末の犠牲なのである」

 

 支離滅裂にな理論を振りかざすアイルランド卿だった。


 自分の言葉を聞きいれようとしない次兄に、ノエルは大きな溜め息をおとした。

 昔から次兄は、自分の思い通りにならないと直ぐに癇癪をお越し、自身の言い分が聞き入れられるまで延々と駄々をこね続けることがあった。しかしまさか成人した後、さらに多くの民の命がかかったこの状況でこれほどまでに利己的な姿を晒すとはノエルにも思ってもいなかった。

 

 ノエルは何とかこの状況を打開して民の命を救うべく、今自分にできる最善の策を提案した。


「ここはコロニーに籠城して徹底抗戦に出るべきです」


「バカな……数時間と持つわけがない」


 長姉の提案を即座に却下する次兄に、ノエルは根気よくこのコロニーの戦術的優位の説明を始めた。


「そんなことはありません。現状でも《コロニー・ロアノーク》は前線基地として役目を十分に発揮することができます。後は、お兄様旗下の《第二方面軍》の艦隊でコロニーの防衛にのみ専念し、コロニー内部への侵入を防ぐことだけに力を注げば、いくら有能な司令官――あのユリウス・ハイペリクス・カエサルと言えど、易々とはこのコロニーを落せない筈です」


「……だが、それだっていつまで持つものか?」


「先ほど、私の艦の“高速艇”を《L5》の《統合軍》本部に向けて発進させておきました。我々がここで徹底抗戦に打って出れば、かならず増援部隊が駆けつけます。そうなれば反転攻勢に打って出ることも可能です」


「おおっ。それで我々はどれくらいコロニー死守すればいいのだ」


 アイルランド卿の表情に明るさが戻り、鈍い色の瞳が僅かに輝いた。


「およそ二日。増援部隊の編成に時間がかかれば、二日半といったところでしょう」

 

 その言葉に、次兄の表情は再び曇った。

 そして脂汗のかいた顔をぶるぶる震わせて、持ち上げた瞳をぐるりと回した。


 アイルランド卿は必死に頭を振り絞り考えていた。

 

 このコロニーを死守する方法でも、非戦闘員を助ける方法でもなく、自分自身が戦場に出ずに生き延びる方法を。そして何かに思い至ったように、アイルランド卿は大きく頷いて血のつながった実姉を見つめた。


「……そうだっ。ノエル、今からのこのコロニーの指揮権をお前に移譲する」


「お兄様……いったい何を?」


 思いもよらない実兄の言葉に、ノエルは一瞬その意味を理解することができずにいた。


「だから……このコロニーと、我が騎士団の指揮権を、一時的にお前に委譲すると言ったのだ。私は、我が艦と護衛の艦を連れて《L5》に向かおう。私が《L5》にて直接部隊編成の指揮をとった方が、迅速に部隊を編成して増援に駆けつけられるだろう。そうだ……それこそが最善の策だ」

 

 あまりに筋の通らない支離滅裂さと無責任な実兄の言葉に、ノエルは怒りよりも情けなさで胸が張り裂けそうになっていた。


 兵たちの先頭に立ち、誰よりも先に自らの血を流して民を守らなければならない貴族が、そしてその貴族たちを束ねる王族がこの体たらくとは――なんと情けなく、なんと嘆かわしいことか。しかも、それを下士官が同席したこの場で、何の臆面もなく放言してしまうとは。その愚かさと、あまりの厚顔に、ノエルは生まれて初めて誰かを心から軽蔑していた。


 それが血のつながった実の兄であったことが、ノエルには悲しくて仕方がなかった。


 ノエルはこれ以上の議論はもう不要だと即座に判断した。

 戦場において覇気のない指揮官ほど役に立たないものはない。


「わかりました、お兄様。これより、この《コロニー・ロアノーク》の指揮権は――このノエル・アルトリウス・コーンウォールが承りました」


「おお、やってくれるか。我が愛しの妹よ」


「お兄様旗下の全ての兵にお伝えください。最後の一人まで民を見捨てぬ気概を持ち、最後まで戦い抜く意思のある者だけがこのコロニーに残り、私に力を貸してくださいと」

 

 ノエルの言葉をバツの悪い表情で聞いた次兄は、「わかった」と頷いて急いで指令室を後にした。

 

 次兄の背中を見送った後、一度大きく息を吸って吐いたノエル。

 司令官室に残された全ての騎士と士官を、まだ希望の光の灯る翡翠の双眸で見渡した。


「あなた方も、命が惜しければここを去ってください。誰もあなたたちを咎める者はいないでしょう。そして、私もあなた方を咎めはしません。ですが、このコロニーに残された戦う術を持たない人々を救いたいと思う気持ちがあるのなら、どうかこの私に力を貸してください」

 

 深々と頭を下げた高貴な少女の姿を見て、この司令室を後にしようとするものは誰もいなかった。




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