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002


 

 戦艦《クロケア・モルス》内の“作戦司令室(タクティクスルーム)”には、一人の艦隊司令官と四人の提督が立ったまま顔を突き合わせていた。


 提督達の足元には、これから行われる作戦の宙域を示す星図が浮かび上がり、作戦概要についても書き記されていた。

 

 本作戦の指揮官を務める艦隊司令官ユリウス・ハイペリクス・カエサル旗下の四人の提督――


 最前線の“駆逐艦隊”を指揮する、オーファン・エルヴィン・ロンメル中将。

“一番艦隊”を指揮する、アイゼンハワー・チェスター・ミニッツ少将。

“二番艦隊”を指揮する、ハンニバル・グナイゼナウ中将。

 そして旗艦《クロケア・モルス》を護衛し、後方の守りを務めるアレクセイ・ヴェルサリウス准将。


 それぞれの提督が独自の個性と思惑を携えながら、悠然と佇む司令官を見つめていた。


「貴官らはすでに承知のことと思うが、今回の戦いは幾分か突発的なものであり、それに伴って本作戦も不確定な要素が強いことは認めなければなるまい」


 厳しい言葉とは裏腹に、各提督たちを束ねる司令官は、まるでこれから昼下がりのランチを取るとでも言わんばかりの穏やかさを身に纏っていた。

 

“作戦司令室”の床一面――足元のスクリーンには、小惑星やデブリなどが集まった“小惑星帯(アステロイドベルト)”の中に、ひときわ“大きな建造物”がひっそりと浮かんでいる映像が浮かび上がっていた。

 

《月同盟》が管理する《L1》と、《統合軍》が支配する《L5》の間の“緩衝宙域(ポケット)”――特殊な磁場の発生した小惑星帯であることから、今までどちらの陣営も戦略的に重要視せず、警戒を怠ってきたポイントに、《統合軍》は前線基地となる“コロニー”を建造していた。

 

 コロニーとはいっても、“宇宙戦争時代”に破壊されたコロニーと小惑星を無理やり繋げて建造した類のものであり、張りぼてのような基地ではあった。それでも完成して大規模な艦隊が派遣されれば、《L1》の宙域を脅かすことはまちがなく、今まで保って戦力のバランスが崩れることは自明の理であった。


 そのため、今回の半ば緊急動員的な出撃もやむを得なかった。

 

 この前線基地なるコロニーを発見できたのは、ひとえにユリウスの手柄だった。

 ユリウスは、昨年に行われた《統合軍》による《L1》侵攻を防いだ功績を認められて“大将”に昇進した。そして《L1》宙域の艦隊を指揮する“前線司令官”に任命されることとなり、就任と同時にユリウスは今まで警戒を怠っていた宙域へのパトロールを徹底的に強化した。

 重ねて不確定、不安定な宙域の星図を完璧なものにするように命令を下し、情報士官の数を今までの三倍にまで拡大して、パトロール艦が持ち帰ってくる情報を念入りに精査させた。そして膨大な数の情報の中から、《L1・L5》間の“緩衝宙域”に不可解な通信の痕跡を発見して偵察部隊を派遣した所、《統合軍》が“前線基地”を建造していることが発覚した。


 さらに詳しく情報を精査し分析した結果、敵の前線基地は八割方の完成を迎えており、早急な対処が必要であると判明した。

 そして、ユリウス旗下の艦隊は迅速に戦場となる“緩衝宙域”に向かう次第となった。


「しかし、《L1・L5》間の“緩衝宙域”、小惑星や宇宙戦争時代の戦艦などの残骸が集まった不安定なポイントに、まさか《統合軍》が前線基地となるコロニーを建設しているなどとは思いますまい」

 

 司令官の言葉を丁寧に補足したのはロンメル中将だった。

 撫でつけられた髪の毛の上に黒の軍帽を被り、幅広の均整のとれた体格をした巌のような青年士官は、直立の姿勢で眼光鋭く自身の上官を見つめていた。軍服を纏うために生まれてきたと兵たちの間で囁かれている、歩く規律のような提督であった。


 この時二十七歳を迎えるそれほど大柄ではない若き中将は、自身よりも更に若い司令官に何ら含むこともなく、ただ事実をそのまま口にすると言ったような調子でそう言ってのけたのだが、おそらくこれをロンメル中将以外のものが口にしていたなら、それは皮肉や嫌味として聞こえていただろう。

 

 ユリウスはこの時二十五歳を迎えた《月同盟軍》始まって以来の最年少大将である。

《月同盟軍》の最年少記録の数々は、この若き司令官がおよそ全てを独占して来たと言っても過言ではないのだが、この年齢での大将への昇進は異例中の異例であり《月同盟軍》には大き過ぎる衝撃が走った。そしてその異例さ故、軍内部にはこの最年少大将に好意的でない幕僚や士官が数多く存在する。

 

 しかし、ロンメル中将にそのような含みは一切なかった。


 それはこの若き中将も、この最年少大将が現れるまでは最年少記録の多くを保持してきた先達として、ユリウスに共感することがあったのかもしれないが、その引き締まった鉄の扉のように硬い表情からは、何一つロンメルの思うところを感じることができなかった。


「まさに“緩衝宙域(ポケット)”の中にコロニーをしまいこんでいた――ということでしょう。それで……この戦闘は艦隊戦になるのでしょうか? それともコロニー内部での戦闘になる可能性があるのでしょうか? どのような公算ですかな?」

 

 ミニッツ少将が砕けた調子で冗談をかまし、ロンメル中将とは裏腹の軽い調子で上官に尋ねた。


 映画俳優のような顔立ちした大柄な青年士官は、出撃前の作戦会議だと言うのに女性ならば思わずため息をこぼしてしまうような微笑を浮かべてさえいた。


 このアイゼンハワー・チェスター・ミニッツという将官は、出世や栄達にはまるで興味がないと言ってはばからない軍組織には馴染まない男だったが、戦争をやらせれば不思議と有能ではあった。戦場に出れば必ず戦果を上げるものだから、本人の意思とは裏腹に出世街道を進み続け、ついには少将にまで出世してしまった変わり者の提督である。

 しかし、誰もこの扱い辛くやる気の有無も分からない少将を自身の旗下に加えたいとは思わず、結果せっかく将官に出世したものの、具体的な赴任先が決まらないまま宙に浮いていたところを、ユリウス直々に自身の旗下に参じてほしいと望まれたと言う経緯があった。

 その時三十歳になったばかりのアイゼンハワー・チェスター・ミニッツは、自身を旗下に加えようとする奇特な最年少大将を前にして、今までこの男からは誰も見たことがないと言えるほどに見事な《月同盟式》敬礼――心臓に右の拳を当てるポーズを見せて、最年少大将の旗下に加わることを誓った。


「ふん、小童が軽口で戦争を語るでないわ。どのような戦況になろうとも敵を粉砕して撃滅するのみであろうが。閣下、このハンニバル・グナイゼナウの意見具申の許可を頂けるだろうか?」


「いいだろう。申してくれ」


 司令官は、この中で最年長となる壮年の提督に意見具申を許可した。

 

 ハンニバル・グナイゼナウ中将は四十歳越えた壮年の将官であり、《月同盟軍》の中では経験も戦歴も豊富な、そして戦果も華々しい熟練の提督であった。しかし幾分か力押しで戦況を打開する帰来があり、闘将の名で通ってはいるが戦略性に欠け、そのため戦術レベルでの将官としての評価が軍内部で定まってしまっていた。


 他の青年士官達と違い、この壮年の提督はユリウスを完全に自身の上官とは認めておらず、隙あらば自身の戦略や戦術を上官に認めさせ、戦の主導権(イニシアチブ)を取ろうと必死であったが、ユリウスはそう言ったことも全て承知して自身の旗下に招いていた。


 最年少大将はこの野心的な壮年の提督に対して、心を許し全幅の信頼こそおいてはいなかったが、戦場での経験や戦術を高く評価し、この激しい気性すらも好意的に受け取っていた。


 鼻息を荒くした壮年の提督は自身の戦術を披露する。


「ロンメル中将の駆逐艦隊を活かした神速の電撃戦を置いて、他に取るべき戦術はないでしょう。陣容は駆逐艦隊を槍先とした凸陣形。駆逐艦隊が敵の前線を蹂躙したところで、ミニッツ少将と我が艦隊による全砲火を集中させ、間髪入れずに発進させた全《ヘッド》によって、コロニー内を迅速に制圧すると言う短期決戦です」


 武骨な顔立ち、山の尾根のような鼻、燃えるような灰色の瞳、筋骨隆々の体躯――まるで古い神話の中に出てくる英雄のような、戦うために生まれてきたことを髣髴とさせるグナイゼナウの覇気は、自身の立てた作戦の成功に疑いの余地はないと自信を漲らせていた。


 ユリウスはグナイゼナワの戦術を聞きながら、その戦術の中身よりもグナイゼナウ自身に漲る覇気と闘志に「これなのだ」と、心の中で頷いていた。


 この闘将の覇気は戦に赴く兵の指揮を極限まで高め、作戦の成功を確信させる。まさに戦場に立つ将の器であると改めて確信し、自分の目に狂いがなかったことをユリウスは喜んだ。


「ロンメル、もしもグナイゼナウの戦術を取るとなると、この戦術の要は貴官ということになるが、何か意見はあるか?」

 

 ユリウスは、犠牲の多い最前線を務める若き中将に意見を求めた。


「私は軍人であり、閣下が決定なさったのならそれに従うだけです」


 ユリウスは、一切の表情を変えることのなくそう言い切ったロンメルの潔さに頷き、次にミニッツに視線を向けた。


「ミニッツ、貴官の意見は? 些細なことでも構わない。忌憚なく申してくれ」


 尋ねられた少将は演技めいた仕草で額に手を当てた後、悦に入った調子で口をひらいた。


「……もう少しのんびりやりたい、と言いたいところですが……残念ながら将官程度では、これ以上の戦術は見当たりませんな。我々が恐れるべきは、敵の籠城によって戦闘が長引くことですから。しかし戦場の舞台は“小惑星帯”。デブリの多い宙域です。本来ならば掃宙を行い、艦隊の宙域を確保した後に攻め込むのがセオリーですが――果たして上手くいきますかな?」


「ふむ、貴官の言葉も一理ある。駆逐艦隊の機動性が活かせなければ、この作戦の本懐は瓦解する」


 ユリウスはグナイゼナウの発言の後、かならずミニッツに意見を求めるように決めていた。


 このミニッツと言う気障な男は斜に構えた天邪鬼なところがあり、誰彼と構わずに反対意見を口する。どのような意見にも、必ず全面的な賛成や肯定はしないという気質を持っている。ミニッツが今まで所属していた部隊や艦隊、軍の上層部ではミニッツのそのような気質が気に食わなかったようだが、ユリウスからしてみれば信じられないことだった。


 大規模な部隊や艦隊、軍と言う強大な組織には、このミニッツのような男こそが必要なのだとユリウスは常々考えていた。


 上官の顔色だけを窺い、常に賛成票しか投じないような部下が何故必要であろうか、組織の全員が同じ方角だけしか見つめないなど狂気の沙汰としか言いようがなく、無能な見方ほど戦場で恐ろしい存在はない。

そう言う意味で、たとえ自身の上官や自身よりも立場が上の存在であろうと、忌憚ない意見を口に出すことができる部下は、それだけで重宝するものなのだ。


 後は出揃った意見を纏め、的確な決断を下すのが司令官の役目である。


「しかし、その言は認めるとしても、ロンメルにそのような心配は不要であろう? 貴官の駆逐艦隊の働き、十二分に期待しても良いか?」

 

 ユリウスはもう一度ロンメルに尋ねた。


「御意。必ずやご期待に応えましょう。我が駆逐艦隊、一隻も欠けることなく前線に取りつき、敵を蹂躙して見せます」


「“宇宙の狐”の本領発揮となれば、将官の心配などは杞憂でしょうな。つまらないことを申し上げました」


 ロンメルの言葉を受けて、ミニッツは肩を空かして自身の発言を撤回してみせた。


「いや、貴官の意見のおかげで我々は一つの不安を払拭することができた。さて、基本的な戦術が決定したところで、貴官らにこれを見てもらいたい」

 

 ユリウスが軍靴の踵で床を踏んでみせる。

 この作戦会議用に情報士官が集め、ユリウス自身で精査した戦術資料の数々が足元に浮かび上がった。

 

 各提督達は浮かび上がった情報を見て、即座にこの戦術資料の内容とその意味、そしてこの最年少大将の思惑を見て悟り「ほう」と頷いて見せた。


 ユリウスは、各提督達がこれから自分が語る作戦の内容を理解したと見て取り、その深謀遠慮に思わず口元に笑みを浮かべた。


「貴官らの武人として才覚を存分に発揮してくれたまえ」


 その言葉に――各提督達も笑みを浮かべて頷いて見せた。


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