09 リーナとアーレス、ドラゴンと戦う
「レッサードラゴンです」
竜種としては最下位と言われているが、体長10メートル程になるしブレスも吐く。
崖の上から、下を覗くと体表が黒い個体が居た。
「この渓谷のボスなんですよ~」
さらっとスゴイ情報が出た。
討伐難易度Aクラスの、さらに強い個体である。
率直に言うと、アーレス一人では、かなり荷が重い。
ハンターギルドでも、1チームで1週間かけて討伐できるレベルなのだ。
アーレスは思い出していた。
15歳でハンターギルドに入り、3年の訓練終了後すぐに今の団に雇って貰えた。
索敵能力と隠密能力の高さを、認められたと自負している。
猟団は国中に幾つかある。
その殆どが各領地の領主が経営していたり、援助して貰ったりしている。
中には完全に独立経営している所もあるらしい。
ちなみにアーレスが所属する、リヴィーナ狩猟団は、リヴィーナ辺境伯自らが経営する団だ。
総団員数は24名、ミッションの大小にもよるが、12名単位でミッションをこなしていた。
6名がアタックチームで実際にモンスターや害獣の討伐を行う。
残り6名はベース組で、キャンプの設置、食事やその他雑用の作業に当たる。
アタックチームで活躍するのが目標だが、アーレスはベース組で10年務めあげた。
そうやって、現在ではアタックチームに配属されている。
索敵し目標モンスターの発見をしたら、追跡と活動範囲のチェック。
巣の割り出しと監視など、重要な仕事を受け持っていた。
S級ハンター6人のアタックチームの一員で、戦闘も常人以上だとは自負していたが。
短剣と弓が使えるがメインアタッカーでは無いのだ。
火力不足で体表の鱗も、貫けないかも知れなかった。
(正直、無理だと思うんだが……言いにくい)
「わたし、攻撃魔法の火矢とか炎弾とか飛ばせないの。だから狩りは苦手で……」
俯いてしまった。
魔力を持っていても誰もが具現化して、それを敵に当てる芸当など出来る訳では無い、責める気はない。
「勿論、力にはなりたいが、レッサードラゴンはソロでなんとか出来る相手では無いな」
アーレスは包み隠さず正直に話した。格好つけてる場合では無かった。
「それでですね……」
リーナには聞こえなかったのか、アーレスの泣き言は、聞き流されてしまった。
「私が、あの子の前にでて、ストロボ弾を投げます。驚いて暴れている間に背後に回ってもらって……」
カバンから、子供の練習用のような小さな弓を取り出した。
素材は金属のようで銀色だ。
「パラライズを撃ち込みますので動かなくなったら、首の大きな背びれにコレを刺してもらえませんか?」
(何を言ってるんだ、この子は?)
マイペースなリーナから、赤い石のハマった楔を受け取っていた。
「それを刺したら、急いで離れてください。すぐに麻痺から回復してブレスを吐くと思います」
「はい……」
「ここだと狭くて逃げ場が無いので、私の後ろに来てください。良いですね?」
質問もせず頷く。
もう驚くのに慣れたのか、単なる勘なのか。指示に従えば出来る気がしていた。
年齢とか、ハンター経験とかもう関係ないと思うようになっていた。
摩訶不思議な道具もパラライズという言葉も、この後に意味が判るだろう。
ハイ・マナ・ポーションを飲み、ステルスと身体強化レベル5を掛け、リーナに掴まり崖下へ降り立つ。
レッサードラゴンが少女を見咎め、唸り声を上げ殺気を周囲にまき散らした。
(さすがはAクラスモンスターのボスだ、圧力が半端無いな)
「いきますよ~」
ずいぶん気の抜けた掛け声で、戦いは始まった。
リーナは、ストロボ弾をヒョイと放り投げ、矢の無い弓を引き絞りながら目を閉じた。
それを見たアーレスは焦って目を閉じる。瞼越しにも閃光が判った。
「ゴァガガーァァ、グァアアァ」
目も抑えられずに、レッサードラゴンは謎の目の痛みに悶え苦しんでいた。
リーナの弓には、黄色く光る矢が継がれている。
斜め上に向け放たれた矢は、糸束が解れるように広がる。
蛇の群れのようにレッサードラゴンめがけて飛び、黒い鱗の上に雨のように降り注いだ。
撃ち抜かれる訳でも破裂音がする訳でも無く、矢は静かに吸い込まれていった。
すると、黒い巨躯が声も出せずに、その場に震え固まっていた。
「これがパラライズか!」
アーレスの仕事の時間である。
一足飛びで背中に取りつく、固く閉じられているはずの鱗と鱗のが開いていた。
そこへクサビを突き立て念を入れて、柄尻を蹴って押し込む。
リーナの指示通り彼女の方へ走りだすと、グリモアを広げ何か唱えていた。
「魔法撃てないんだよな?」
アーレスが首を傾げた瞬間、後ろから咆哮がした。麻痺が解けたようだ。
かなり怒り心頭のようだ、怒りの圧力が暴風のように発せられていた。
「ガフウガフゥ」
息を吸い込む動作とともに、口元に種火がチロチロと漏れ出していた。
(せめて盾になるか、頑張って抱き上げて走るか)
アーレスが悩んだ瞬間である。
「どいて、わたしの後ろに来て! 大丈夫だから」
静かに、だが圧力のある声でささやく。
背中側がまるで昼のよう明るくなる。
振り返りもせずに彼女の横へ転がり込む。
炎の奔流が押し寄せるが、それはまるで2人を避けて通るかのように分かれて行った。
炎の勢いは留まらずに、なお勢いを上げてくる。
やがて、勢いを持て余した炎は、2人の頭上を飛び越して行った。
どの位の時間だったのか、随分長く感じたが。
やがて炎の奔流は消えた。
2人の周囲は焦土と化していたが、自分たちの足元5メートル程が円形で焼け残っていた。
「ちょっと、寝ててね」
リーナは呟くと、グリモアを前に差し出した。
アーレスはその動きにつられ、レッサードラゴンに視線を泳がす。
レッサードラゴンの、頭上10メートル程の高さに黒い雲が漂っていた。
それは生き物のようにウネウネと蠢めいている。
レッサードラゴンは雲に気付きもせず、こちらに向かって咆哮を上げる。
「ゴァアァ……」
声が上がった瞬間に黒雲は青白い雷を放った。
その光がアーレスの差し込んだ、クサビに吸い込まれる。
腹の底に響く爆発音と、凄まじい地響きの後に残ったのは、レッサードラゴンの無残な死骸だった。
クサビのあった辺りは炭化し、腹の肉が大きく抉り取られた。
「あれ~? 死んじゃった……?」
リーナはそんな事を呟いていた。
アーレスは緊張感も何も解けてしまい、笑ってしまった。
(傑作だ、腹の底から笑えたのは、久しぶりだな)
竜族種の血を抽出でビンに入れる。ありったけのビンに移すが全部は持ち帰れない。
殺すつもりは無く、気絶させてから血を分けてもらう予定だったらしい。
解体は出来ないので、置いてくと言う。
リーナに許可を得てから、爪や鱗を剥ぎ取らせてもらった。
そろそろ空が白みかかってきたころ、帰路についた。
「護衛と言っても、何もできなかったな」
「一緒に来てくれて、心強かったですよ」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
「全部回れちゃったし、工房に帰ってポーション作りますね」
「了解した」
「そういえば、お腹すいたな。ふぇ~MPちょっとしか、残ってなかった」
「リーナどの、差支えなかったら最大MP値いくつか教えてもらえないか?」
「8600ですよ~」
アーレスは絶句するしかなかった。
「S級ハンターの治癒魔法使いが、最大MP3800とか言ってたのに……」
工房まであと少しだったが、MPが心元無い。
念の為に、ゆっくりと地上に降りた。
「すみません、このまま歩きで帰ってもらっていいですか?」
「了解しました」
リーナを背負いながら歩き出すと、程なくして少女は寝息を立てたのだった。