08 リーナとアーレスの冒険
「まずは光苔です。出発!」
リーナは空高く舞い上がり、方角を確かめると移動を始めた。
風の抵抗は無く、滑るように空を飛んでいた。
5分も経たないうちに最初の目的地に降りた。
小さな滝があり、その脇に洞穴があった。
洞窟内は壁が仄かに輝き明るかった、奥に進むと滝の裏側に出た。
そこは天井に穴の開いたドーム型の空間だった。
中央にある泉の周囲が、光っていた。
「わあ、綺麗……少しくださいね」
光苔をナイフで切り取り、ガラス瓶の中に閉じ込めた。
「次は光杉の樹皮です、行きますね」
コロルド山脈の、深い森の上を飛び大きな湖の畔に降り立った。
そこには開けた大地があり、豊かな自然の営みが見える。
「おいで」
リーナが左手を掲げ、呟くとグリモア現れる。
周囲に結界を張り、生体遮断を展開する。キャンプ設営の手際が良かった。
「ここで少し休みましょう」
少し休むと言ったが、リーナはすぐに調合道具を並べはじめた。
「見慣れない物ばかりだな」
採ってきたばかりの、月光草を粉末に変える。
さらに一定量ずつ小分けにし、粒状に変えていく。
「この粒を、タブレットと呼んでます」
色の違うタブレットを取り出し、赤胴色の窯の中に入れる。
窯の上部に両手をかざすと、覗き窓が明るく輝きだした。
幾つかの工程があるらしく、何度か頷きながら魔力を注いでいた。
「いいかな……」
蓋を開けると、薄紫色の液体がボトルに満たされていた。
少し口をつけ味見をし、納得した様子でボトルを傾ける。
リーナは、1本飲み干すと目を閉じた。
「アーレスさん、私のMPが見えたりしますか?」
「他の人のMPは見えないな」
「というと、ご自分のは判るんですか?」
「コーデックスに、ステータスを表示する機能があるはずだよ」
「ふぇ?」
「時計を表示するのと同じ要領で、視界に表示できるよ」
「えぇ、知らなかったーありがとうございます」
アーレスは呆気に取られていた。
結界術などの高等な魔法技術を持ち、高等な魔力調合もこなす。
今までの長いハンター生活で見た事が無い程の高レベルの魔法使い。
そんな彼女が、生活魔法の基本的なことを知らないからだ。
「見えました!ふむふむMPが順調に増えてます。大成功ですよ~」
呆気に取られ黙っていたのを、勘違いしたのかポーションの説明を始めた。
「マナポーションは1分掛けてMP600回復するポーションなんですよ」
「俺はMPが少ないからな、無駄にしてしまうだろうな」
視線が移動し、視覚内のステータスを確認していた。
「なにせMP340しか無いんだ。その分、戦闘スキルや体力を鍛えてるよ」
「身体強化やステルスは、使用中は少しづつMPを消費しますよね?」
「あぁ、そうだな」
「試しに飲んでみてください」
グイっと目の前に差し出される、薄紫の液体は澄んでいて綺麗だった。
「味も香りも、なかなか良いな」
「飲み終わったら身体強化とステルスを、同時にやってみてください」
アーレスは所有MPが少ない。
普段はMP消費を抑え、隠密行動と戦闘で切り替えて別に使っていた。
ダガーを抜き、逆手に持ち替え親指を柄の刻印に触れる。
このダガーが、アーレスの魔導具だ。
「ステルス」
身体が消える。
「身体強化レベル5」
身体中に力がみなぎり、感覚が研ぎ済ませれるのが判った。
周囲の時間が、遅くなったように感じる。
「MPの減り具合は、どうですか?」
リーナが見えないはずのアーレスの顔を覗き込む。
音も立てずに風も起こさないよう移動してみたが、やはり目で追っていた。
アーレスは、軽く動揺する。
(この子は何かと規格外だ、気にするのはやめよう)
気を採り直し、視界内のMP表示に視線を移す。
「ステルスと身体強化で、1秒に10ずつしか減ってない。」
(ステルスだけなら減らないってことか……これは使えるな)
「リーナどの、これは確かにすごいぞ」
(魔物に気付かれずに接近後、最強のスキルを不意打ち出来るようになる)
アーレスは、その可能性に思いを馳せた。
「使い方の選択もいろいろありそうだ!」
頬が緩まずにおけなかった。
「これの上位のポーションも作れそうなので、MP減らないで済みますね~」
さらにリーナの爆弾発言が出てしまった。
「さて光杉を求めて出発しますよ~」
すごい事を言いながらも、さっさと調合道具をバッグに入れ立ち上がった。
アーレスは気を引き締め、頷いた。
これから竜の住処に足を踏み入れるのだ。
「この先は竜の住処だから、ワイバーンが危険なので歩きますね」
ワイバーンは空を飛ぶ竜だ、彼らは夜に狩りをしない。
だが、念の為に歩いて移動する事にした。
「この地方に、赤竜イグルニールが生息してますよね」
アーレスは固唾を飲み、リーナに訪ねる。
200年程前に、愚かにも[竜の血]欲しさに軍隊を派遣した国あった。
軍隊は全滅し報復され都市は壊滅、王国は消えたそうだ。
長い期間、イグルニールは王城に棲みついて都市を占拠していた。
しかし、イグルニールは忽然と姿を消したそうだ。
伝承では、元の住処に戻ったとされている。
「リーナどの、我が命に代えても貴女を守るつもりだ」
決意の眼差しだった。
「しかし竜族と戦うわけにはいかない、国が危険になる」
報復にされ、妻や娘の住む町を襲われる訳にはいかなかった。
「もしイグルニールに見つかったら、囮になる。その間に逃げてほしい」
アーレスの背中に冷たい汗が伝う、動揺が隠しきれていない。
「イグルニールは大丈夫! 眷属の竜の方が話が通じなくて厄介なの」
「イグルニールが大丈夫って、どういうことだい?」
「長命の竜族は言葉を話すし、ちゃんと敬意を持って接すれば優しいの」
当たり前の事のように言うが、首を傾げてしまうアーレスだった。
「あの丘を越えた辺りに光杉の森があると思います」
湖の畔のキャンプから、徒歩で3時間程来た。
時刻は0時になろうとしていたが、仄かに空が明るい気がする。
2人は運良く魔物に遭遇せずに、順調に歩を進める事ができた。
丘を上がり切り、視界が開けると針葉樹の森があった。
その中の数十本の樹が、仄かに光っていた。
慎重に索敵するが、周囲に魔物の気配を感じない。
10年以上の経験が大丈夫だと判断させた。
「危険な魔物の気配を感じないが、先に行って偵察してみるが良いか?」
念のためと、リーナにお伺いを立てた。
「いえ、信用してますので一緒に行きます」
即答だ。一時でも離れるのが不安なようだ。
アーレスは返事はせず、頷き歩き始めた。
身体強化し有事に備えつつ進む。
リーナは移動中ずっとアーレスの服の裾を掴んでいた。
(かわいいな)
光杉の樹皮の光る正体は、竜のマーキングのおしっこだった。
根から吸われ、樹皮で結晶化されて蓄えられているそうだ。
リーナは、樹皮を削るわけではなく抽出をするらしい。
高い場所にあるそれも、リーナは浮いたまま作業を進めていた。
やがてビンに集まった、それをアーレスに見せていた。
白い結晶は仄暗く輝いている。
「くんくん……匂いは、しないですね」
悪戯っぽく笑っていた。
「もう少し頑張れますか?」
「俺は仕事柄、慣れてるから大丈夫だよ」
子供に心配されては、大人の面子丸つぶれである。
「リーナどのが心配なんだが」
思案顔で少し見つめあう。
「あと、5か所今夜中に行きます。一気に飛ぼうと思います」
直径5センチ程の黄色い玉を差し出す。
「もしワイバーンに追われた時には、これを投げてください」
凹みがあり、押し込めるようだ。
「これは?」
「ストロボ弾と言います。一瞬だけ輝いて、目眩ましになります」
凹み部分を押して4秒後に発光するそうだ。
「相手の目の前で光るように、調節して投げてください」
「やってみる」
念のため、あと2つ受け取りストレージバッグへしまう。
投げにくいので、今度はリーナをアーレスが背負う形で、宙に浮いた。
「じゃ、行きますね!」
音もなく滑るように加速する、地形に沿うように低空を飛ぶ。
「ひぇぇ」
アーレスは我慢していたようだが、僅かに悲鳴を上げてしまった。
3時間かけた道程を、わずか数分で通り過ぎる。
湖を飛越し次の目的地へ急ぐ。
「出番無かったな」
残り4か所も迷うことなく辿りつき、迅速に収集した。
そして、最後に渓谷地帯に来ていた。
「次が最後になりますが、最大の難関です」
リーナは、これまで疲れこそ見せてなかったが、額に汗をかいていた。
アーレスがタオルで汗を拭ってやると「ありがとう」と顔を綻ばせる。
子供らしい、良い笑顔だった。
「難関と言っても、アーレスさん強そうだから大丈夫かな?」
と小首を傾げ、上目使いで見上げてくる。
しかし、アーレスは敵が何かも判らないので返答できずにいた。
本当は、赤い双眸見詰められ見惚れてしまった。
(小悪魔ちゃんだな……)