07 アーレスとストレージバッグ
2015/01/13 13:00 改訂
アーレスの突然の臣下の礼に、リーナは驚いてしまう。
「えっと、なんですか?」
「大袈裟に見えるかも知れないが」
苦笑いしながらも、白銀のカードを差し出す。
「これは俺のハンター・カードだ。契約が済むまで預かって欲しい」
ギルドカードは、彼の生きてきた証であり誇りだ。
「それは大事な物でしょ、どうして?」
アーレスは鼻先を指で掻き、バツが悪そうに話した。
「リーナどのに信用されたいからなんだが、駄目かな?」
リーナは、それでも意味を呑み込めない。
「つまり、リーナどのに何かあったら、護衛が成せなかった俺はカードを失う」
魔法を使える者は、全員が魔核ポケットを持っている。
魔核付近にあると言われている異空間で、アイテムを仕舞って置けるのだ。
身体のどこかに魔法陣を刻み、コーデックスやグリモアを出し入れする。
リーナの場合は、左の掌に魔法陣が刻まれている。
タトゥとは違うし、普段は見えない。場所は個人の好みで選べる。
特徴としては、本人が死ぬとアイテムも一緒に消えてしまう事だった。
コーデックスとは、自身の記憶を記す本で、例えばド忘れした時に役立つ。
グリモアというのは魔導書で、覚えた魔法が記録される。
記録されれば無詠唱で発動可能で、消費MPが減るという特徴がある。
グリモアは厳密に言うと魔法生物だ。
術者が成長すれば、グリモアも共に成長する。
リーナの場合、攻撃魔法などが使えなかったので、宝の持ち腐れでもあった。
魔法使いの魔導具は、大杖やワンドが一般的だ。
それらは、魔法威力強化などのエンチャントを組み込みやすいからだ。
リーナは戦闘には関わらないと割り切り、グリモアを選んだ。
「あぁ! 意味が判りました」
しかし、リーナは首を横に振り、受け取りを断った。
「貴方を信じます。受け取らないのが、礼儀知らずな事だったらごめんなさい」
アーレスは、少し呆れたような表情をしたが。
「リーナどのは、人を信用し過ぎるようだな。だが、その信用に応えよう」
笑みがこぼれ、白い歯をみせて笑っていた。
話は決まった、そうとなれば採取を開始する。
月光草の前に膝を付き、再確認のためブツブツと呟きながら、作業をする。
「月光草はビンを被せて土ごと抜く。すぐに魔石の欠片を入れ栓をして……と」
採取を終えるとカバンに仕舞い込む。
一息つきながら、カバンの中身を確認する。
「瓶が大きいから、いったん家に戻って置いてきた方がいいかな」
瓶がかさ張っていた、中でぶつかって壊れないように、仕切りがあるためだ。
「ん? リーナどのはストレージ・バッグを持ってないのか?」
「それって、なんですか?」
「魔法エンチャントによって、入る量を増やせるカバンだよ」
「ほほー」
「冒険者やハンターにとっては、必需品なんだよ」
装備や食料を大量に持って、狩場を移動する者にとっては便利な物だ。
「王都の魔道具屋で売っているよ、リヴィーナでは扱って無かったな」
アーレスは意外だと言わんばかりだった。
「てっきり、こちらの工房でも作っているのかと思っていたよ」
「知らなかったなぁ。情報不足だった、もっと町や王都に行かないとなぁ」
リーナは、商売人の顔になって思案をしていた。
「所有者の魔力の量で中身の大きさが変わるんだ」
ストレージバッグは所有者と契約をする事で、使えるようになるらしい。
よって、本人でなければ、勝手にアイテムを出す事は出来なかった。
「実は俺も調合をかじっててね、道具一式と素材を持ち歩いているよ」
道具入れの箱や、素材の入っている袋などを取り出している。
「魔法で調合というのは出来なくてね。魔物を弱らせる類の物しか作れない」
投げナイフやショートボウ、矢筒なども出し続ける。
「実は類とは言ったが、毒の一択なんだが……」
少しバツが悪そうだった。
「うちの猟団には、優れた治癒魔法使いが居るんだ」
ポーションの瓶を出し始めた。
「ただ戦闘技能が低くいから、あまり前線に出られなくてね」
次々と薬品類が出て来る。
「作戦行動中はポーションを使い、キャンプに戻ってから治療を受けてるんだ」
アーレスの話が尽きない、リーナは興味深い話が聞けて嬉しかった。
しばらく、荷物を出し続けているが、一向に止む気配がなかった。
「随分入るんですね、すでにカバン5つ分くらいかな?」
アーレスのMP量は判らなかったが、かなりの大容量だった。
「これは是非、わたしも作れるようになりたいです」
リーナのクラフター魂が燃えた。
「そうか! リーナどのならすぐ作れるようになるさ」
上目使いで笑うアーレスは、いたずらを思いついた子供のようだった。
「よいしょっと、それまではこれを……」
リーナが腰ベルトに着けているのと似た、四角い形のカバンが出てきた。
「これを君にプレゼントしよう、ぜひ使ってくれ」
目の前に差し出された。
「研究すれば、仕組みも判るんじゃないかな?」
カバンの被せ部分にある、小さなプレートを指さす。
「ここ触って、まだ所有者契約してないから、書き換えの面倒は無いはずだよ」
さすがに遠慮したのか、リーナは腰が引けていた。
「いいんですか? とても高価そうですが……」
「いいさ、このバッグは娘の誕生日プレゼント用に買った物なんだ」
カバンを見つめ、娘に思いを馳せているようだった。
「娘は小さい頃に、顔と左腕に大きな火傷を負ってしまってね……」
アーレスの声が振るえていた。
「その火傷を見ると心が痛むんだ……」
言葉に詰まり、顔をそむけたが目元に光るものが見えた。
「本人が気丈に、何でもないように振る舞っているのが健気でね」
リーナは、アーレスの涙を見なかったフリをした。
「よし! がんばりますよ!」
遠慮は無くし、カバンと所有者契約をしてから、荷物をすべてしまった。
固めの皮で四角く型を形成され、上部が被せ蓋になっていた。
底面には両側に開いた、使い方の判らないポケットがある。
「そこには、こんな感じにナイフを入れるんだ」
アーレスは後ろを向き、自らの腰ベルトを指さした。
そこには、ナイフの柄が覗いていた。
左右どちらの手でも抜けるように、水平に向き合うように収められている。
アーレスのナイフは、ショートソード並みの大きさだった。
「このナイフもあげよう」
サイズは普通だが、黒塗りの刃が珍しかった。
リーナの手には少々大振りであったが、ありがたく頂いた。
カバンのナイフシースに収め、ウンと頷く。
アーレスが広げていた荷物を、カバンに収めるのを確認してから促す。
「では、次に行きましょうか」
ベルトポーチから地図を引っ張り出し、トーチを近づける。
地図は祖母の残した物だった。
南はリヴィーナ辺境伯領の南端、北は竜の住処と呼ばれる地域だった。
竜の住処には人は住めない。
キャメロットから北へ向かうと、人と竜を隔絶する断崖がある。
リーナが地図を指さし、目的地を示した。
「月が出ている間に、残りの2種類を集めます」
アーレスは絶句した。鍛えられた大人でも、2日は掛かる距離がある。
「どう考えても、今夜中には無理じゃないか?」
「アーレスさん、私に掴まってください」
何を言い出すのかと思って戸惑ってしまう。
両手を差出された。
アーレスは小さな雇い主の手を握る。
リーナはその手を自分の肩に導く。
「しっかり捕まっててくださいね」
「何が始まるのかな?」
「ふふふ、では」
2人の身体が地面から離れる、スルリと滑らかに空高く移動した。
「リーナどの? これは魔法なのか?」
驚いたアーレスは、リーナの華奢な肩にしがみついている。
「魔法とはちょっと違うみたいですよ。ふふ」
少しだが、この大人の男性をカワイイと思ったリーナであった。