06 リーナの内なる想い
「出掛ける支度するから、今日は先に食べててね」
家に着くと早々にご飯を出してもらう。
リーナはそのまま2階に上がって行った。
ペロは寂しい気持ちもあったが、空腹に負けて一人で食べた。
「うにゃん」
(いただきました)
(前夜祭だから気合いれてオシャレしてるのかな? 彼氏とかいるのか?)
心配しながらも、ある作業をしていた。
それも、2つ同時進行だ。
1つ目は昨日の探索で得た地理情報のまとめだ。
動物や植物、魔物の分布などもコーデックスに書き込む。
コーデックスは便利で、閉じてる間に記憶を検証して情報を補完してくれる。
特に意識せずにいた事まで追加しているので驚きだ。
地図の地名表記は、その名を知らなければならない。
地下にあった本を見て、地図を充実させている。
2つ目は、捕獲保存した動物や魔物を解体している。
魔核ポケット内は時間が停止しているが、触手は自由に動けるのだ。
その特性を生かして、血抜きや素材剥がしなどもしている。
いまは、2つまで同時進行で行動ができるようになった。
2つとも自律して考え行動する。
データだけ1つにまとまる感じだ。
それ以外にも単純作業なら、プログラムを組み自動処理できる。
この自動処理で、解体が出来ないか模索している。
外の景色が闇に包まれたころ、村の方が賑やかになってきた。
「よし! 行くぞ~」
ようやく降りて来たリーナだったが、想定外な姿だった。
ブルーの丈夫そうな、ポケットの沢山ついたフード付きハーフコート。
白い綿ズボンを、膝丈の編み上げブーツに入れた、行動的な姿だった。
そして、いつもの倍ほどの大きさの肩掛けカバンを装備している。
腰には、四角い皮カバンも付けられ、中で陶器がカチャカチャと鳴っていた。
小さなリーナの身体には、多すぎる荷物だった。
首にはスカーフを巻き、上着と同じ色の細長い帽子三角帽を被っている。
見た目はバンダナを巻いてるように見える。
「にゃ」
(何を着てもカワイイ)
「ペロ、出掛けてくるからお留守番お願いね」
リーナが保存食のようなご飯を並べて言った。
「明日には帰るけど、ご飯は一度に食べちゃだめよ」
ペロの返事も聞かずに、戸締りをして出掛けてしまった。
ペロは、飼い主が出勤した後の、家猫気分を味わった。
「うにゃあ、うにゃあ!」
(ちょ、連れてってくれないの? 置いてけぼり! しかも外泊!?)
締められた扉に突っ込みをいれていた。
(まぁ猫相手に、行き先とか言わないよね)
少し不貞腐れたペロであった。
「ふぅ」
リーナが深呼吸をしてから、左手を広げ「おいで」と呟く。
すると手の上に、黒い毛皮の張られた魔道書[グリモア]が現れる。
勝手にページが捲れ、開いたページの文字がうっすらと光る。
5メートル程前にトーチという魔法の光が浮かびあがる。
光は術者が進む方向を照らしながら一緒に移動する。
リーナが左手を握ると、グリモアは閉じ異空間に消えた。
森の向こうでは、祭りの賑やかな音がしている。
しかし今は、一緒に楽しむ気分などでは無かった。
「まずは、月光草ね」
マナポーションの素材である。
魔力を使用し減ったMPは、静かにしていれば自然回復をする。
その自然に回復するMP量を増やしてくれる効能があるらしい。
エーテルと併用すれば、魔法の使用回数の効率を上げられるのだ。
リーナはMPが魔力の量だと言う事は知っていた。
しかし自身の最大MP量を知らなかった。
大魔女である祖母に見てもらった時のMP量は500だった。
しかし、このデータは5年前の物で、現在ではもっと増えている。
祖母や母親は魔法使いの才能に恵まれていた。
魔法使いと呼ばれ、表舞台に立って活躍できる人は希少なのだ。
リーナは父親と同じで、クラフター魔法が得意であった。
「俺に似てしまってスマンなぁ」
以前、父親が頭を掻きながら謝っていた。
しかし、リーナは物作りが好きだった。
「ケガや病気が治せる、ポーション作りが出来て幸せだよ!」
そんな事を父親に話していた。
物作りには、技術や創意工夫も必要だが、素材集めも重要だった。
素材を購入する方法もあるが、自己採取の方が価格を下げることができる。
(ポーションは高いです)
ポーションは常に品薄だった。
作成可能な人はそこそこ居たが、それでも絶対数が不足していた。
素材の選別や採取もコツがあり、自己採取の方が都合が良かった。
もちろん素材集めで生活している人も居る。
全部を自分で集める、とは思っていなかった。
リーナは、狩りが苦手なので革や骨素材は村の猟師さんから買い取っている。
鉱石や炭は隣の村から購入する。
布素材も村で栽培した綿花だ。
絹などは町の商業者ギルドを頼っていた。
今迄は、祖母や村のお年寄りからの情報を元に採取していた。
しかし、リーナの採取範囲はそれほど広くは無かった。
今から向かうのは、ペロが木登りしていた花畑だ。
「あんな近くに、貴重な薬草あるなんて……」
トーチもあり道は明るいが、ほんの少し森の奥は闇だ、恐怖心が沸く。
足早に森を抜け広がった光景に、思わず溜め息がもれてしまう。
「うわぁああぁ……」
丘の上の大樹を囲むように、輪になって蒼く輝く花が咲いていた。
「こんばんは、リーナさんかな?」
うっとりして見入っていると、突然声を掛けられた。
「昼にお店に伺った者です。驚かせてしまったかな?」
申し訳無さそうに謝られた。
(驚いたとは言わないでおこう)
気をつかうリーナであった。
緊張して黙ってしまったので、彼の方からポツポツと話始めた。
「村の宿は賑やかで、眠れそうに無かったから散歩に来てたんだ」
花畑に視線を向けて、溜め息をついた。
「ここは美しい場所だね、いつもこんな光景を見れるなんて羨ましいな」
リーナは首を横に振りながら答える。
「実は夜に来たのは初めてなんです。強力な薬の素材を採りに来ました」
(あぁ、失敗しちゃった。こういう情報は秘匿するんだった)
慌てて口を押えた。
「それで採取道具なんだ。それにしても荷物が多いね、旅にでも出るみたいだ」
「えへへ、この後遠出もするので」
「なに? それは……危険ではないか?」
「でも、夜にしか採れない素材なんです」
リーナは秘匿とか、もう気にせずに話していた。
「幼馴染が足を切断する大怪我を負っていて、それを治せるかも知れないから」
彼を見ると、固まっている。何か考えてるようだった。
「俺が護衛しよう。しかし素材や採取方法は内緒にしたいだろう?」
コクコクとリーナが頷く。
「俺を護衛として正式に雇ってくれ、そうすれば守秘義務が発生するんだ」
彼はリーナの目を見つめ、誓うように言った。
「契約期間中に見聞きしたものは、絶対に他言しない」
(心強いしなぁ、どうしようかな)
悩んだが、彼の視線が強く揺るがない……結局、護衛の依頼をした。
「契約料はおいくらでしょうか? あと、明日も護衛お願いできませんか?」
追加のお願いに気が引けたが頼んでみた。
「素材の一つが強そうな魔物から取る必要があるんです……」
少女の特権の上目遣いで後押しする。
「だけど、わたし攻撃魔法が撃てないので……」
「判った、明日も護衛するとしよう。ただお願いがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「報酬は君の作る、足の欠損も治せるというポーションが1つ欲しい」
「[グレーター・キュアポーション]ですか、まだ作れるか判りませんよ?」
レシピと素材の在処は、謎のメモで知ったが確信はなかった。
「それでも、構わない。望みがあるのなら!」
「わかりました、それではお願いします」
男は片膝を付き、白銀色の小さなプレートを差し出した。
「リヴィーナ猟団のアーレス=ロウ。リーナどのに忠誠を誓う」