05 豊穣祭前の一騒ぎ
「もう1年かぁ」
リーナは椅子の背もたれに掛かったカバンから、本を出しながら呟いた。
去年のキャメロット村の豊饒祭のあと、両親が旅立ったからその事だろう。
「あれ……? 何か挟まってる。これって……」
リーナはペロが挟んでおいた、紙片を見つめる。
「何これ……[グレーターキュア][グレーターヒール][ハイエーテル]とか」
興奮してるらしく、みるみる顔が赤くなっていく。
「エリクサーにレイズポーション? 初めて見た、効能が凄すぎる!」
ペロは机に飛び乗り、リーナを見上げ「ブフー」と紙片を揺らした。
リーナは視線も動かさず、黙りこんでしまっていた。
リーナは椅子から立ち上がり、本をカバンに入れる。
魔道灯を固定したカンテラを持って外へ飛び出した。
ペロも慌ててリーナに付いて外に出た。
工房の前を通り抜け、暗い夜道を走りつづける。
直ぐに、村に着いた。
村には高い建物が無く、村が森に隠れ調和するように家々が建っている。
(素敵な村だ)
見とれてしまい、リーナを見失ってしまった。
しかし、慌てずに探索スキルで見つけた。
一際大きな、村の中心に立つ木の下に居た。
この木の地下にも魔核が沈んでいて、工房の下のそれと繋がってる。
ここにもリーナの家同様、人が住んでいるようだ。
走って、息も絶え絶えながら扉をノックした。
「おじいさま、リーナです。夜遅くにごめんなさい!」
50代半ばの男性が出てきた。
リーナの慌て振りに、少々驚いた様子だったが家の中に招きいれた。
ペロはドアの隙間をスルリと通り抜けた。
リーナはお茶を出してもらい、息を整えている。
応接室のような調度品が並んでいた。
2階は無く、横に3段の階段に扉があった。
そこから裏にある屋敷に通路が繋がっている。
調べたてみたら村長さんの家だった。
つまり、リーナの祖父は村長さんだった。
「おじいさま、おばあちゃんのコーデックスを見せて欲しいの!」
村長が向かいの椅子に座るや否や切り出した。
彼は眉を八の字にしながら、困った様子だった。
「あれはリーナの、成人の儀の時に渡すように言付かっていてなぁ」
孫の様子にオロオロとしてしまう。
「3年後の15歳まで、待てないのかい?」
「大きい声がしたけど、どうなさったの?」
そこに、40代後半位の女性が現れる。
「おばあさま、夜遅くにすみません」
「あらあら、いらっしゃいリーナちゃん」
朗らかでのんびりした性格が、滲み出た笑顔をしながら迎えてくれた。
「リーナが大魔女さまのコーデックスを見たいと言うんだ」
かわいい孫には甘くしたいが、約束も破れないと悩んでいた。
「そうねぇ。大魔女さまに何か考えがあって、そう言ったのよね?」
顎に手を当てながら思案している。
閃いたと、手をポンと叩くしぐさをした。
「渡すのは成人の儀の時にして、閲覧だけというのは駄目なのかしら?」
リーナにとっては良いアイデアだった。
「ちょっと、確認したいだけなんです。ある薬のレシピが突然現れて……」
2人の少しのんびりしたやり取りに、つい早口で話してしまう。
「それが作れたら凄いの、だけど正しいのか判らないの」
大魔女と呼ばれる程の人物のコーデックスである。
記載されているに違い無いと思う。
「ごめんなさい、説明がうまくできなくて」
リーナは必至になっていた。
「その薬の素材と、効能が正しいのか見たいんです!」
リーナの熱意に負けて、村長はコーデックスを持ってくる。
しかし、今のリーナには見る事が叶わなかった。
コーデックスの納められた、木箱の封印が解けなかったからだ。
祖父母の慰めの言葉も、リーナには届かなかったようだ。
ボンヤリとした表情で、挨拶をしていた。
家まで送ると言われたが、断り逃げるように帰ってきた。
「にゃーん……」
(誰でも、オーバーテクノロジーな情報が出たら、慌てるよね)
ただ、リーナの慌て振りは普通では無い。
何がそんなに彼女を変えさせたのだろう。謎である。
成人の儀にの時に大魔女さまの本を受け継ぐ。
その時に自然に伝わるのかも知れなかった。
(ポータルと、地下施設の事ははしばらく秘密にしておこう)
ペロは、教えすぎるのも、あまり良い事では無かったと反省した。
キャメロット村の村長夫妻は、リーナの父方の祖父母だ。
母方の祖母が「大魔女さま」と呼ばれていた。
村の復興再建に多大な貢献をした人物らしい。
昔、村になにがあったかは後日調べる。
この国の成人は15歳。
リーナは現在12歳。
ペロは自分のコーデックスにメモした。
朝目覚めると、いつも通りのリーナだった。
「ふああ、うにゃーん」
(おはよー、今日もかわいいね)
「ペロおはよ~。うふふ」
むしろ、少し上機嫌な感じだ。
「うぅにゃ!」
(ご馳走様!)
「ごちそうさま」
食事中も何かソワソワした様子だった。
仕事へ行く準備中などは鼻歌混じりである。
工房への道すがら、お花畑の方を見つめていた。
普段通り、仕事が始まる。
昼前に行商人さんが、馬車3台と護衛を5人連れていた。
工房にある、ほとんどのアイテムを買付けていた。
馬車に荷を積みながら、明日からの村祭りに参加するとか話をしている。
ペロは護衛の人達が武装して物騒だったので、こっそり鑑定していた。
鑑定Lv2を発動し、危なそうな人がいないか調べる。
5人共冒険者ランクC、得意武器スキルが30前後。
(特に危険も無さそうだなぁ)
鑑定スキルは詳細な情報が出て便利だ、しかし面倒なので見ない事にした。
午後、リヴィーナ辺境伯からの使いの人が独りでやってきた。
高価なアイテムの取引だったが、彼を護衛するような人が居なかった。
見るからに性能の良さそうな革のチュニックを着込んでいる。
黒に塗られた金属の胸当てに、厚手の布ズボンと革のブーツを履いていた。
左右で形の違う、ガントレットも装備している。
腰ベルトには黒塗りの、大振りな短剣が2本収まっていた。
サラっと鑑定してみる。
(ハンターランクSか、凄そうだな。武器スキルの数字も高いな)
先程来た商人の護衛5人は、冒険者ランクだった。
冒険者ランクとハンターランクで違うのかは不明だ。
辺境伯の依頼品を受け取った後、自分の買い物もするらしい。
チュニックの上に着る、黒のフード付きコートを買い求めていた。
元々、チュニックとベルト、ズボンはリーナの工房の物だそうだ。
とても気に入ってると言って笑っていた。
「ううにゃーん」
(毎度ありがとうございます!)
「にゃにゃーん」
(もっと、はやく来てれば色々買えたのにねぇ)
「約束のお客さんも来たし、今日は少し早いけど終わりましょう」
明日は、村祭りの豊饒祭だ。
普段よりも贅沢に飲み食いができて、今夜は前夜祭である。
みんな楽しみなんだろう。にこやかに、盛り上がっていた。
「ではリーナさん、お祭りで会いましょー」
「またね~」
いつもより多い日当を受け取り、ラナとハルが帰って行った。
「トールさん、お酒飲みすぎないでくださいね」
トールは馬車に家族を乗せて、帰ろうと御者席に登っていた。
ジンジャーが苦笑いしていたから、きっと無理なんだろう。
「さてと、準備しよう!」
今夜は前夜祭である。
リーナが、気合を入れるように拳を握っていた。
「うにゃうにゃ」
(朝の上機嫌は前夜祭だったからかぁ)
ペロは納得して頷いていた。