02 飼い主さんと、すてきな工房
「ふあふにゃ」
(お腹空いた)
目が醒めると、草木で編んだ籠のベッドの中に居た。
籠から這い出して、ものすごい勢いでストレッチをする。
「ぶふー」
と鼻が鳴る、とても気持ちが良い。
隣では、ご飯を作ってくれる人が、気持ち良さそうに眠っている。
ちょっと寝相が悪い、ブランケットははだけ、服が捲れていた。
(ちっぱいだ)
子供なのだから当たり前である。
(さて、どうやって起こそうかな)
耳に鼻息をかけてみた。
「うっん~。おはよう~うふふ」
寝起きは良い少女だった。
ペロは、おでこをクシュクシュと撫でられた。
顔を洗い寝癖を直し。
手際よく朝食の支度をする彼女を、後ろから眺める。
憧れてたはずの光景に感動こそしていたが、ドキドキはしないようだった。
彼が猫だからだろう。
ペロ専用の椅子に座り、お行儀良く食べる。
彼女はスクランブルエッグ、ハムと黒パンにスープ。
美味しそうな匂いだ。
ペロは干し魚と鳥肉のササミだった。
味覚が猫だからなのか不満は無い。
「うぅにゃ!」
(ご馳走様!)
地下に広がった空間に興味あったが、今はのんびりしようと決めていた。
「ペロ、工房に行くよ」
呼ばれたので、付いていく。
玄関を出て、花畑とは別の方角に歩きはじめた。
少し歩くと、おとぎ話に出てきそうな淡い色のレンガ造りの建物があった。
オレンジ色の瓦の屋根に、高い煙突を生やしていた。
(素敵な工房だな)
木漏れ日が壁に模様を付けている。
工房は、森の木々に隠れるように建っていた。
幅2メートルほどの、跳ね上げ式の扉がギギギとゆっくり開く。
光が差し込むと、中と外の空気が入れ替わるのが見えた。
機織り機や糸車が並ぶブースには、色とりどりの布が並ぶ。
薬品棚やガラス瓶、乳鉢などが並ぶブースもあった。
奥の部屋とを隔てる壁には、天井まで届く大きな棚。
中には、様々な色の粉が入った容器、綿や毛糸の入った籠が収まっている。
鞣し革などもあった。カバンやブーツも陳列されている。
奥の部屋には、樽や木箱も積まれていた。素材などが入ってるのだろう。
裏の部屋は土間になっており、薪や炭が積まれている。
鍛冶で使う炉や、動力の判らない大型ハンマーもある。
(いろいろ作ってるんだな、立派な工房だ)
感心しながら、周囲を注意深く観察していた。
(この子は何者なんだろう?)
そんな事を考えている。
やがて家とは反対側の、森の小路から話し声が聞こえてきた。
キャプキャピした笑い声だ。
「リーナおはよう! ペロ元気だったー?」
「リーナさん、おはようございます」
2人の少女だ。
「うにゅ、うにゃにゃ!」
(やっと飼い主さんの名前が判った!)
「ラナちゃん、ハルちゃんおはよう~」
ラナとハルと呼ばれた女の子たちは、ひとしきりペロを撫で回す。
その後、ペロは抱き上げられて、テーブルの上の籠に入れた。
この籠が彼の定位置らしい。
その後、小さな馬に荷車を引かせた、大きなオジサンの出勤だ。
「トールさん、ジンジャーさん。おはようございます」
「リーナちゃん、おはよう!」
「トムくん、マーヤちゃんもおはよ~」
トールという男性は鍛冶を担当し、ジンジャーという女性は彼の妻であった。
2人の子供も一緒だ。
ハルは糸を紡ぎラナは機を織る。
トールは包丁や鍋を作り。ジンジャーはアシスタントをしていた。
彼女は、お昼ご飯も作ってくれるようだ。ペロにとっては一番大事な存在だ。
子供達は、邪魔にならないように遊んでいた。
工房内では騒がずに、なぜかペロにも近寄らなかった。
裏庭にある遊具で元気に遊んでいる。
ペロが監督気分で工房内を見回していると、リーナは薬や服を作る担当らしい。
鼻歌混じりで布を裁断している。何の唄かはさっぱり判らない。
時折やってくる人の接客もしていた。
聞き耳を駆使して情報を集めた結果。
森の小路を抜けると、魚がいっぱい居るという川がある。
川を覗きながら木の橋を渡り、道なりに実っているベリーを食べる。
その先に、人口1000人程の割りと大きなキャメロット村があるそうだ。
(昨夜は、村があるなんて気がつかなかったな)
この工房は、リーナのお婆さんが創ったそうだ。
今はリーナが受け継いで経営しているらしい。
薬を買う人は、リーナの作る薬のおかげで村中が元気だと感謝していた。
薬の名前は[キュア][ハイ・キュア][ヒール][エーテル]だそうだ。
リーナが作る物は高品質で、他で流通している物より効果が高いそうだ。
布製品の染色や裁縫、皮革製品の製造もリーナがやるらしい。
「うーにゃー」
(立派な飼い主さんで、うれしいです)
「うにゅ……」
(接客中のリーナもとても可愛い。なんでそんなに可愛いんだろう)
この世界には少ないながらも、魔力持ちが居るらしい。
少ないながらも、ここで働く人達は皆が魔力持ちだそうだ。
作成中や仕上げに、魔力を込め[エンチャント]している。
時々エーテルを飲んで、魔力を補給しながら作業していた。
魔力持ちは高品質な物が作れるらしい。
この店は、遠い都市の貴族にも気に入られ、わざわざ買い付けに来るそうだ。
([エンチャント]とか意味は判らないけど、すごいんだろう。たぶん)
魔力や貴族などの言葉が出てきて、益々ファンタジーな様相である。
(知りたい事は沢山あるけど、質問もできないし仕方無いな)
猫であるハンデを感じるペロであった。
(地道に盗み聞きをして、情報を集めよう。あとは本でも覗いてみよう)
棚には、あまり多くは無いが本もあった。
時折猟師が毛皮を持ちこむ。
革鞣しも此処でやるそうだ、燻煙などではなく魔法でやっていた。
動物の皮を加工し、革にするのは大変な手間である。
魔法だと簡単で便利だ。
村から子供たちも来る。
ドングリと野草や、色の付いた石を持って来ている。
染料の材料や何かの素材になるらしい。
子供たちにとっては、良い小遣い稼ぎのようだ。
ペロは途中から眠くなったので、情報収集もやめて昼寝していた。
「では、そろそろ終わりましょう」
外の色がオレンジ色になって来た頃、リーナの言葉で仕事が終わった。
ペロも、仕事はしてないが、なんとなく充実感を感じながら籠から這い出す。
「んぐにゅー」
(気持ちいいんだよねこれ)
ノビノビーと、勢い良くストレッチをする。
(そういえば時計とかは見当たらないし、時間とかどうなってるのかな?)
日当を配り、お客さんからの差し入れを、皆で分けてから戸締りをする。
「お疲れさま~」
「また、あしたね!」
「ばいばーい」
「にゃー」
(みなのもの、ご苦労である)
仕事に勤しんだ皆に対し、判らないのを良い事に偉そうなペロだった。
「にゃ」
(抱っこして)
リーナに上目使いで鳴くと、微笑みながら抱きあげてくれる。
耳元に鼻息をかけながら帰る。近いのに横着をしたものである。
「にゃん」
(甘えたかったんだよ)
食事も済ませ、くつろいでいる。
リーナは玄関から外に出て、上に登って行った。
「今日はお風呂の日だよ~」
どうやら、屋上のお風呂に湯を張ってきたようだ。露天風呂に入る。
湯桶は小さいが、少女と猫の2人には丁度良い。
ペロは湯桶のふちにアゴを乗せながら。
「ブフー」
鼻を鳴らす。風呂を堪能していると。
「あれ? いつもは嫌がるのに不思議~」
驚かれたが、聞こえないふりをするペロだった。
(今更、取り繕っても遅いよね)
リーナは一緒に入ってる猫が、中身が大人とは知ない。
無防備になるのは、仕方ないだろう。大事な所を、まったく隠してない。
ペロも少々良心が痛んではいたが。
(別に良いよね。だって猫だもの)
などと、開き直っていた。
(しかし、若い子の肌はつるつるで良いね!)
お湯に濡れた白い肌が、月と[魔導灯]に照らされて美しかった。
しかも超が付くほど可愛いのである。
(あぁ猫でよかった)
風と火魔法の合わせ技、温風で乾かしてもらう。
丹念に、ブラッシングもしてもらった。
3食昼寝付き、夜はお風呂にブラッシング。
(なんて贅沢なんだろう)
しばらく膝の上でモフモフと撫でてもらった後、籠のベッドに潜りこむ。
ペロは籠の縁にアゴをのせ、リーナを眺めていた。
リーナにとっては、まだ寝る時間では無いようだ。
乾燥させた植物を粉にしたり、粒にしたり作業をしている。
しばらく観察していたけど、欠伸が出て無性に眠くなった。
「にゃん」
(おやすみ、リーナ)
(さぁ、眠りに付いたら、地下にあった部屋を探索しよう!)