12 キリアの戦い
2015/01/13 23:40 改訂
「キリア、面白そうなスキル持ってるね」
ペロはキリアの外套のフードに入れてもらい、背負われていた。
(縮地の事か、何でもお見通しだな)
「リゼットは責任を持ってボクが守るから、まず君は上の弓を持った人たちを気絶させてくれる?」
「はい」
「すぐにここに戻って、残ったのを倒してね」
(簡単に言うが、ヤツらはオレの[縮地]を知っている、簡単では無いが頑張ろう)
「あと、いまの君は普段よりも力も出せるはずだから、急に走って足滑らせて転ばないようにね」
身体強化魔法が使えなかった、キリアには朗報だった。
「だいたい、急に力を持った人がやるお決まりだからね」
そうなのかと頷きながら、立ち上がり気を張る。
足場を確かめながら、崖上の4人の位置を把握した。
「リゼット良いって言うまで、目閉じててくれる?」
「はーい」
「良い返事です」
「えへへ」
多少、緊張感が欠けて居るように、感じるキリアだった。
ガルドが近づいて来る、キリアの縮地の間合いの外で立ち止まる。
口角を上げ、下卑た笑みをしながら手を挙げた。
「よぉ」
その瞬間に縮地!
後方の崖の上に陣取った2人をほぼ同時に、両手の拳でアゴを撃つ。
カクンとその場に崩れるが、見届けているわけではない。
さらに縮地!
ガルド達に知られている間合いを遥かに凌ぐ距離を転移する。
1人、2人と掌底でアゴを撃ち抜き、落とす。
「あと6人」
ガルドは反応出来ずに、未だに手を挙げたままだ。
滑稽を通り越して、憐れであった。
リゼットと一番離れてるヤツに近づく。
筋力だけでなく神経も強化されたのか周囲の動きが遅い。
キリアの感覚が早くなったんだろう。
しかもその早くなった感覚について来れるのは、キリアだけだった。
後ろから蹴り飛ばし、前に立ってるヤツを巻き込み転がす。
「4人」
キリアが背後に居る事に気付いた4人が振り返る。
4人とも身体強化Lv5が使えるはずだった。
キリアは歯を食い縛り気を引き締め直す。
全員がこちらに向かって来ている。
リゼットに意識が行って無い、都合が良かった。
攻撃を紙一重で躱す。
すれ違いざまに裏拳でアゴを打ち抜くが倒れない。
4人に囲まれる、避けて撃つ躱して蹴る。
キリアの攻撃は急所に当たっているが決定打にならなかった。
「焦らなくていいよ~、も少し開放するからね。まだまだ強くなるよぉ」
「ドクン」
鼓動が強く打った、視界が一層明るくなったように感じた。
「はぁ、ちょっとキモチイイ」
敵が撃ちこんできた拳を、裏拳で払うと相手の腕が折れた。
そのまま鳩尾に双掌打を撃ち込むと、身体を「く」の字にして吹き飛ぶ。
振り向きざまに、背後にいた相手のアゴに回し蹴り。
アゴが砕けた鈍い音が響き、崩れ落ちる。
「ちょっと試したいんだ[掌底]を寸止めしてみて」
ペロの突然の依頼が来る。
「了解」
カウンターを撃とうと、攻撃を誘うように悠然と歩いて近づく。
攻撃動作が丸見えだ、体重移動すらも見える。
「ふっ」
息を吐き、注文通りの行動をする。
ボオゥという破裂音とともに、相手が巻き上げられるように吹き飛ぶ。
「うわー圧力高すぎたか~」
なんのことだかわからないが、キリアにとっても衝撃的だった。
「じゃーねぇ、次は相手に砂掛けて目つぶしするみたいにやって」
ペロから次の課題が出る。
(ガルド……お前、最後の一人だけど、何かの実験に使われてるよ)
「はい」
「ゴァアァアアアアア」
その時だった、腹の底に響く咆哮が聞こえた。
レッサードラゴンが、炎をたぎらせながら横穴から這い出て来ていた。
「あ、忘れてた」
「急いで、リゼットちゃん所に行って」
ガルドも突然の襲撃に驚いていた。
顔色も青白く、慌てて何をして良いのか判らないようだった。
「あわわ」
(意外と気が小さいのか。まぁ組織では[ドラゴン]とは戦った経験ないから仕方ないか)
キリアもペロが居るから、落ち着いていられるのだろう。
「リゼットちゃん抱えて、あそこの横穴に入ってー」
ペロの緊張感の無い指示。リゼットを急ぎ抱きかかえる。
「今の声凄かったね!」
やはり緊張感の無いリゼットの反応だった。
「でかいな。馬車4台分くらいかな?」
「あ、ちょっと待って。さっき言った砂掛けみたいのやってみて~」
「アレにですか?」
つい質問してしまった。
「そうそう、レッサードラゴンって言うんだよ。ブレスしようとしたら、身体の真横まで行けば大丈夫」
「判りました、行きます!」
走って近づく、怖く無いと言えば嘘になる。
しかし、それ以上の安心が背中に乗っていた。
「わー、こわーい」
リゼットの棒読みな悲鳴。
「はっ」
と砂を掛ける動作をする。
ボッゴオオオオと、レッサードラゴンの顔に向けて炎が噴出した。
「は?」
振り上げた手から、炎が噴き出したように見えた。
「おぉ、いいね~火炎放射だ~」
「わーすごーい」
「全く効いてないみたいだ」
炎に怯んだ程度で、むしろ怒らせてしまった。
「よし、逃げてー」
ペロが横穴を指さす。
逃げながらガルドが視界に入ったが、茫然と見ているだけだった。
暫らく走ってからペロが言った。
「もう逃げなくて大丈夫」
振り返ると、レッサードラゴンが大人しく佇んでいる。
まるでさっきまでの怒りを、忘れてしまったようだった。
「じゃ、帰るよ~」
3人が浮くと、迷路のような洞窟内を滑るように飛び、やがて滝の裏に出た。
「家までもうすぐだからね」
「はーーい」
「はい」
「首輪は外して、レッサードラゴンのお腹の中に入れといたから」
そうして、キリアとリゼットは追手から逃れる事ができたのだ。
キリアは首輪が無くなり、スッキリした首を擦った。
数時間後、暗殺者集団は回復していた。
当然、リゼットやキリアを捜したが、見つける事は出来なかった。
「我らの任務も終了だ」
彼ら暗殺ギルドの追手達は本来は、集団で行動しなかった。
今回は特別な作戦であるのが判る。
「やはりでかいトカゲに喰われたんでしょう」
「子供ひとりで逃げられるとは思えません」
「うむ標的は証拠が残らなかったが、死亡で良いだろう」
「しかし、キリアがこんな所で死ぬとはな」
「損害も大きい、アイツは特殊な技を持っていたからな」
本来組織を裏切った時点で、首輪を絞められるはずだった。
しかし、キリアは特別に生け捕りする命令が下った。
裏切りが発覚して、組織から追跡命令が出るまで2日。
組織から借り受けた追跡装置の網にかかるまで3日。
潜伏先から逃げ出し、ここまで5日。
「子供を連れて、俺達から10日も逃げ回るとはな」
「しかも、この人数を駆り出されたか」
「負傷者は出たものの、誰も死ぬことが無かったのは良かった」
「ちっ」
全くの無傷で任務完了したガルドは、舌打ちする。
(呑気なもんだぜ。怪我してたはずの、キリアの強さは何だったんだ)
キリアの奇襲攻撃による、戦闘時間は僅かな物だった。
故に、熟練の暗殺者達は気付かなかった。
キリアは不殺をやり通した。
自分達が手加減されていた事に気付かなかった。
無傷故にガルドだけが気付いていた。
特殊なスキル持ちなだけの小娘が、怪物に化けた事を。
そして、不思議な猫の存在。
ガルドは口に出さなかったが、キリアの生存を確信していた。