表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/54

01 始まりは花畑から

(ここは天国かな?)

 視界一面の花畑だった。


 白や黄色、赤やピンク。色とりどりの美しい花が、丘に沿って咲き乱れている。

 

 風が吹けばサワサワと花々が踊り、胸いっぱいに息を吸えば、鼻腔一杯に甘い香りがした。


(いやぁ見事な、お花畑だな)

 背後には、丘の上にそそり立つ大きな木。木漏れ日が、足元をキラキラと瞬かせている。

 

「にゃ!」

 足元を見ると、自分の手が猫の手になっていた。咄嗟に出た声も「にゃ」である。

 そっと手の平を見てみれば、柔らかそうな肉球。


「うーにゃー」

(綺麗なピンクだなぁ)

 と、どうでも良い事を考えていたが、自らを見下ろす。

 四足で立ち、尻の方には尻尾がユラユラと揺れている。


 周囲の草花の背丈は高く感じるし、身体全体で風がそよぐのを感じる。

 顔の横にあるヒゲの感覚が半端なく敏感だ。

 

(これって、猫になってるよな……)

 どうやら猫の姿をしているようである。

 

 それにしても夢にしては、何かとリアルだ。


(ええ? どうなってるの?)

 しばし考えるが、猫の頭の構造のせいなのか悩むのが面倒に感じた。


(まぁ、深く考えるのはやめよう。夢なら楽しまなきゃね~)

 本来の性格も後押ししたようだ、呑気にも現状を楽しむ事にする。


 虫を追いかけたり花の匂いを嗅いだり、しばらくはウロウロしながら遊ぶ。

 三半規管の性能が違うようで、慣れるまではフワフワと浮遊感があった。

 

 慣れと同時に、独り遊びにも飽きて来た。

 眼前の巨木を見上げ、座り心地の良さそうな枝を見定める。

 

「うー、にゃ!」

 全身のバネを使い飛びあがり、爪を掛けて軽々とよじ登ることができた。


(さすが猫だね)

 自分でも呑気だと呆れているようだ。

 その場でクルクルと回り、枝の座り心地を確認してから丸くなる。


(まぁ焦っても仕方ないよねぇ)

「ふああ、ああ」


(口でっか!)

 イメージ的には、頭半分開いて口が開いたように感じた。

 

 もう一度丸くなって目を閉じる。そよ風が心地良い。

 



 しばらくウトウトとして、本格的に眠りこけたころだった。

「ペロ……ペロー?」

 遠くから何かを呼ぶ、可愛らしい声が聞こえてくる。

 

 耳がクルックルッと動き、周囲を探る動きをしていた。

 


「あれ、木に登れるようになったの?」

 声の主は木の下に来て、樹上の猫を見上げている。

 10歳くらいの、愛くるしい女の子だった。

  

 黒髪を左右に分けて縛っており、髪留めに淡い色の玉が付けられていた。

 いわゆるツインテールだ、些細な動きや風で揺れている。

 色白な顔に大きな眼。虹彩は赤い色だ。

 

 赤い目は、空想の映画の世界やアニメの中でしか見たことが無い。

 現実には初めて見たが、不自然さなど微塵もなく美しかった。

 

 微笑む女の子の、淡い桜色の唇がとてもキュートだ。


 着ている服はどこか独特で、異国情緒をかもし出している。

 凝った織り方の織目模様をした、淡いブルーのワンピース。

 


(というか、ペロというのはボクのことか……)

 長々と少女を見詰めて、思案してしまっていた。

 


「帰りましょう」

 沈黙を破ったのは彼女の方で、どうやら自分がペットなんだと理解できた。

 

 降りようかと悩んでいたら、その子は音も無く浮いた。

 枝の高さまで来ると、ペロを撫でながら抱きあげた。

 

 愛らしい笑顔と淡く赤い虹彩に見とれていた、しかも彼女は浮いて来た。

 驚いて身体が固まってしまっても仕方がない。

 

「登ったけど、降りるのが怖かったの?」

 慌てて固まった姿を、クスクスと笑われた。

  

「にゃあにゃあ……」

(可愛い君に、見とれてたんだよ)

 言葉が通じたのだろうか? ペロを愛おしそうに抱きしめる少女だった。

  

 ペロは、抱っこされながら、丘を下り森の木のアーチをくぐる。

 木漏れ日が小路を照らしていた、まるで絵画のような光景だ。


「ブフーブフー」

 少女の耳元に鼻息がかかる。

 

「くすぐったいよ~」

 彼女は笑いを堪えられず、思わず声を上げて笑ってしまった。

  

「うにゃあ、うにゃあ」

 可愛い女の子に抱っこされて、興奮してるわけではない。と言い訳する。



(これが家?)

 開けた場所に出ると、この世の物とは思えない太く立派な木が立っていた。

 枝振りもかなり広がっている。


(すごいなこれ)

 その大樹をくり貫いて部屋になっている、小さめの扉と窓が付いていた。

 玄関の横から木の壁の周囲に沿って、階段が組まれている。

 

 2階もあり登れるようだった。

 好奇心が湧き身悶えてみたが、しっかり抱かれたまま玄関をくぐった。

 

(中は意外に広いなぁ)

 床は小さく砕いた石のタイルが、モザイク柄に敷かれている。

 

(何か絵のような紋様のようだけど……家具があって判らないや)

 玄関脇には薪ストーブ、調理用の流し台と土釜がある。

 その上には、不思議な形をした大きな鍋が乗っていた。

 

 使い方の見当も付かない器具や、壷などの入った棚。

 棚には小さな引出しが沢山並んでいた。

 

(古い薬局で見たような薬棚だな)

 天井には、さまざまな草木が吊るされ、干されている。


 奥にはロフトが見え、窓際には小さ目な寝台。

 隣にはこちら仕切るように設置された、1メートルくらいの低めの箪笥たんす

 その上にはかごが乗っていた。

 

 ペロの好奇心は家中を探索したいと訴えていたが、食欲を誘う香りに空腹なのだと気がつかされていた。

 

 

 食事は専用の椅子が用意されており、少女と同じテーブルで食べた。

 薄い味付けの肉と、魚の干したのを出される。

 ペロは順応能力が高かったのか、思いのほか美味しくいただけた。


(他に家族は居ないのかな?)

 2人きりの食事に、彼女は少しだけ寂しげだ。


 

 お腹が膨れると、だらけるのは猫の特権である。

 ペロがくつろいでいると、贅沢にもブラッシングをしてもらえた。

 可愛い女の子のヒザの上で、全身を撫でられながらウトウトする。

「うにゃぁ」

(なに、この天国! 素敵すぎ)

 

(このまま眠ったら、夢から醒めて元に戻るのかなぁ)

 なにか、惜しい気持ちもしている。




 しかし、そうとはならなかった。

「すぴー、すぴー」

 鼻を鳴らし籠の中に眠る、自分の姿を上から見ていた。

 全体がクリーム色の毛で、靴下を履いたような茶色い手足。

 耳と尻尾の先、そして顔の真ん中が同じく茶色だった。


 初めて見る、石が光るランプと窓から差し込む月の光で割と明るい。


 隣のベッドには、肩の長さの黒髪に、透き通るような肌の少女が眠っていた。

 

 

 しばらく見惚れていたが、ふと我に返る。

(この能力は相変わらず健在か)

 身体から離れ、浮いた状態だったが特には驚かない。

 

 元居た世界でも、この現象は起きていたからである。

 むしろ、この現象などと言わずに、能力として生活に利用していた。

  

(夢だと思い込もうとしてたけど、やはりそうじゃないみたいだな)

 感覚や体感が訴えていた。


(となれば、ここはどこだろう?)

 疑問が沸く。


(なぜ猫の姿に? この少女の名前は? どうしてパンツ履いてないの?)

 疑問は次々と沸いてきた。


(うーん。まぁ、いいか……)

 彼の得意な言葉で締める。お気楽主義は便利であった。



 一般的に[幽体離脱]と呼ばれてる現象ではあったが、彼の場合少し違った。

 自由に動け、軽い物なら触れて動かせてしまう。

 

(おしり冷やしたら大変でしょ?いろいろと) 

 ブランケットを掛けなおす、お尻に触らなかったのは、彼の理性の賜物だ。

 

 周囲を見回し探検を開始する。

 今の彼はモヤモヤとした煙のような存在で、身体を持っていない。

 

 他の誰からも見えてないのは、前世で確認済みであった。

 鏡や写真にも映らない。


(まず上に向かおう)

 天井をすり抜け、2つの部屋を通り抜け屋上に出た。3階建のようだ。

 屋上には、小さめの風呂桶のような物がある。

 

 お湯汲みや排水はどうなってるのか、と疑問も湧くが後回し。

(しかし、この場所でお風呂は最高だな。露天風呂だよ)


 しばし景色をたのしみ、さらに上へ。


(月が2つある)

 普段、見慣れていた黄色い月と、少し小さめな青い月。

(あの月にはウサギが居ないな)

 地球の月に似ていたが、違うようだ。


 2つの月の光が合わさり、幻想的な光のイリュージョンを見せている。



 ある程度の高さまで上がると、周囲の様子が判ってきた。


 3方に山脈が連なり、1方向には平野が開けていて、平野の先には海があるような感じがする。

 暗いうえに見える距離では無いようだ。



 幽体離脱は、自由に動けると言っても、移動距離に制限がある……



(最初に居た、花畑に移動してみよう)

 そこには、日中とは別の世界が広がっていた。

 

(うわぁ、なんだコレ)

 キラキラと輝く植物や、夜に咲く珍しい花が視界に広がっている。


(これは良いデートスポットだな)

 だが、自分が猫なのを思い出し、苦笑いしてしまう。

(デートしないし!)



 そして、この能力は空を飛べるだけでは無かった。

 地中にスルスルと、滑るように飛び込む。

 

 地下には光が無い。

 真っ暗な空間に、浮かんでる感じだった。

 上を見れば地面は透けて、地上の光の当たってる部分が見える。

 

 こんな光景は現実にはありえない、ペロだけの特別な景色だった。

(パンツ覗けるんだよねぇ)

 


 

 幽体離脱は移動距離以外にも、時間の制限もあった。

 体調にも左右されるが、おおよそ1時間。距離は最大で2キロ程度だ。


 その限界を超えると、強制的に身体に戻る。

 そして朝には、ひどい疲労感が待っていた。

 精根尽き果て、1日中でも寝て居たい感じだった。

(猫なら寝てても、叱られないけどなぁ)


 しかし、あの疲労感は味わいたくない。

(そろそろ戻ろう、ってあれれ?)

 家の方を見ると、地下に空間があるのが見えた。

 

 地面から上は、月の光で明るく見えてる。

 その下に蟻の巣を横から見てるように、空洞があり全体に光が灯っていた。


 驚くべき発見に興奮を覚える。


(うわ、探検したいなぁ。でもな……)

 朝の疲労感のキツさを思い出す。

(続きは、明日にしよう)


 

 明日もこの世界に居る事を、確信しているようだった。




 

 

 


 





 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ