むらさきのよる
プロローグ むらさきのよる
絵が 嫌いだった。
いや、厳密に言うと幼稚園や学校など集団の中で「書かされる」という行為が嫌いだった。
事実、絵を書く事は他人より好きだったし素晴らしい作品を前にすれば他の子どもより長い時間見入っていたはずだ。
僕がまだ幼稚園に通っていた頃、よくある「お絵かきの時間」というものがあった。
先生は「お外で遊ぶお友達を自由に書いてみましょう」と言った。
他の子たちは水色の空に白い雲、赤い太陽を描き、その下でのびのび遊ぶ友人たちを書いた。
僕は、太陽は書かなかった。空も塗らなかった。空は僕の持っているクレヨンのどの色よりも青く澄んでいたし、太陽は見上げれば白く光っていた。
先生は僕に聞いた。
「伊織くんはなんでお空を塗らないの?太陽とか、雲とか・・・。」
「だって、たいようってしろいでしょ。だからぬらないの。」
僕はなんの疑問を持たずに答えた。
すると先生は少し困った顔をした。
「そっかー。でもこのままだと少し絵が寂しいな。せめてお空だけでも塗ってみたらどう?」
なんとかして空を塗らせたい先生の勧めにより僕は空を塗ることにした。
でも本物の空はこんなに美しいのに、とうてい似ても似つかない水色で塗るのだけは嫌だった。
そこで僕は紫のクレヨンを手にとった。
安物のクレヨンにある紫色は都会の明るい夜空を塗るのにはぴったりだった。
もっとも、幼い僕はそこまで深く考えていなかったし、(この紫色に黒と青と重ねて塗ったらきれいだな)くらいにしか考えていなかった。
そうして紫色の強い夜空の下で遊ぶ友人の絵が完成した。
「伊織くん、なんでお空が紫色なのかな?」
「だって好きな色で塗っていいんでしょう?ぼくはこの色が合うと思ったんだ。」
特に反抗しようとか、そういう気持ちはなかったと思う。
ただ、大人にはそう映らなかったようで後日両親に先生がこの「むらさきのよる」について話しているのを聞いた。
―― べつに紫色に塗るのが悪いのではない。
ただ、頑としてゆずらない姿勢。
教員に反抗的な態度をとることが多いことが問題だ。 ――
僕は一度も反抗しようと思ったことなんかなかった。
でも母さんはその話を聞いて僕を責めた。
「なんで素直に先生の言うことが聞けないの?文人お兄ちゃんはそんなことなかったのに。」
よくある話だった。優秀な兄と落第生の弟。僕はそんな落第生だった。
書きたいものを書き、塗りたい色で塗っただけなのに先生だけでなく母からも責められた幼い僕は部屋で一人絵を睨みながら膝を抱えていた。
そこへ―――
「かっこいいじゃん。」
顔を上げると兄さんがいた。
7歳年の離れた兄だった。
当時兄さんもまだ中学生になるかならないかだったし、そんなに芸術に対して造詣が深かったり、母に怒られた弟を慰めたりしたわけじゃなかったと思う。
ただ純粋に兄さんはそう思ったから言ったのだ。
「でも先生にもママにも怒られたよ。」
拗ねた顔で言う僕に兄さんは笑って言った。
「そんなの関係ねーよ。俺はカッコイイと思うよ。そのむらさきの空。だってさ、なんかワクワクしない?
なんか出てきそーで。」
その時は「なにも出ないよ。」と絵を一瞥しただけの僕だったが、今なら分かる。
兄さんはどんな時でも僕の味方で、そして最も僕に似た感性の持ち主だったと・・・。
そんな兄さんが突然死んだのは、僕が高校に入った年のある暑い日だった。