強かな臆病者
出されたお題を基に百分間で物語を作ろうと言う企画で生み出された小説の一つ。お題は「瑠璃色秋桜」と「三六五日」
あれから一年、村の側の平原には今も変わらず視界一帯を覆い尽くすほどのコスモスが咲いている。ここにしか咲かないと言われる瑠璃の様に青いコスモス、その見事なまでの美しさは私に否応なく、この村を襲った惨事を思い起こさせる。
帝国からの突然の侵攻、国境の間近に位置するこの村は真っ先に戦火にみまわれた。少人数で夜闇に紛れ村中に火を着けて回り、逃げ惑う村人を、待ち構えていた部隊が容赦なく斬り捨てる。生き残りは居なかった。私一人を除いては。
その晩、私は森を歩いていた。どうという理由は無い、ただ眠れなかっただけだ。木陰からのぞく月の光はとても幻想的だった。月に照らされ青白く輝く木々や鳥の囀り、獣の哭く声を聴き楽しんでいると突如、木々が赤く染まった。背後からは怒声や泣き叫ぶ声が聞こえる。驚き、振り返ると村が燃えているのが分かった。一瞬、村へと飛び出しそうになった。しかし、直ぐに思いとどまった。私一人が出て行ってもどうにもならない、と分かってしまったのだ。
ああ、今も思い出す。この村で過ごした日々を、将来を誓い合った幼馴染の少女のことを。やはり私はあの時死んでしまうべきだった。勝ち目が無いと分かっていようとも、村に走り彼女を助けようとすべきだった。彼女も私の両親も村の人々も、私だけでも生きていて良かったと言うかもしれない、無駄に死ぬことなどないと諭すかもしれない。だが私は今、生きて恥を晒し続けている。
私を迎え入れてくれた町長は良い人だ。一人生き延びた私を、君だけでも助かって良かった、と温かく迎えてくれた。でも同時に、私のことを陰で臆病者と罵る人もいる。
そうだ、私は臆病者だ。あの時、勝ち目が無いからと森に隠れ生き延び、今、私は死んでしまうべきだったと考えながらも自ら死のうともしない、あまつさえ彼女のことを忘れ、町長の紹介で見合いをして結婚までする始末だ。全てはひとえに私が臆病だからだ。死ぬことを恐れ、町長の期待を裏切ることを恐れ流されて生きる。臆病で恥知らずな私にはそれがお似合いだ。
多分私はこの先もしぶとく生き続けるのだろう。戦火を浴びてもなお、この地に咲き続けているこのコスモスのように。私は二度とここを訪れることは無いだろう、私の過去を思い出させるここを。