顧客満足
「あそこお店は、いつも愛想がいいよな」
「ええ? あの系列のお店、いつも無愛想だよ!」
つき合い始めたばかりの男女が、道ばたのベンチで笑い合っていた。見るからに初々しく、微笑ましい二人だ。
だがお昼の相談で意見が分かれたようだ。
お昼は手軽に、全国チェーンのお店でと話していた。
二人ともとても満足しているお店。それが偶然同じで、二人はそんな些細なことにも気分を良くしていた。
だが何故だか店員の態度で、二人の意見は別れてしまった。
「えっ? あの店だよな? チェーン店なのに、カード会員専用のお店だろ? その分安くつくけど。最初にものすごい面倒な、会員登録のアンケートとられたっけ?」
「そうよ。好みとか色々アンケートに答えるお店」
「同じだな。あそこは、愛想がいい店だと思うけど?」
「そうかな? 私はそんな風に感じないんだけど。あそこ女性店員が多いからかな? 同性にはもの足りなく感じるとか?」
「どうだろ。とにかく、いってみようぜ」
「いいわよ」
もちろんその程度の意見の違いでは喧嘩にならない。
むしろ話題ができたと、二人で軽やかにベンチを立った。
「ほら、やっぱり私には愛想笑いしかしてくれないじゃない」
会計を終え、会員カードを返してもらうと、女はブスッと男に振り向いた。トレイを持ち、先に会計を済ませていた相手の下に歩み寄る。
「あの女の店員さんだよな? 俺と同じ人だ。俺の時は、満面の笑みだったけど? 文句言ってこようか?」
「止めてよ。そこまではしたくないわ。せっかくの気分が台無しよ」
二人は話しながらも、空いていた席に着く。
「せっかくの気分って?」
「だって……」
女はそう言うと、少し顔を赤らめて二人のトレイを見た。全く同じ商品が二人のトレイの上に乗っている。
「好きなお店が同じで、相談もしかなったのに、頼んだメニューも一緒だからか? 俺達、結構いい感じかもね」
「もう。調子乗り過ぎ」
「はは、そうかな」
「でも。嬉しい。ここの味が分かる人で、よかった」
「えっ、そうかな? 俺は味より値段だけど? 味なんてよく分からないよ」
「私は味ね。値段は少々高くてもいいわ」
「じゃあ、何でこの店が好きなんだよ。ここは味より値段の店だろ?」
「何言ってんのよ? ここは少々高くても、味がいいお店じゃない? だってこの値段なのよ」
女はそう言うと、レシートを取り出した。
「えっ? だから、この値段なんだろ?」
男もそれに合わせて、自分のレシートを取り出す。
二人はお互いのレシートを見比べた。
「値段、同じじゃない? 何なのよ?」
「あれ? 本当だ。でも、内容が違う」
「えっ? 何?」
「何々。俺のは肉質エコノミークラス? ロープライス製品?」
「私のは肉質ハイクオリティクラスだって。プレミアムプライス製品って書いてあるわ」
「エコノミーだの、ハイクオリティだの。客の要望にあわせて、商品設定をしてるのか?」
「そうみたいね。会員登録でアンケートに書いたのも、カード会員専用なのも、この為じゃない?」
「なるほど。そうだ。俺は安い方がいいって、アンケートに書いた気がするよ」
「私は味が第一だって書いたわ。その他は二の次って」
「顧客満足って奴だね。特に個別の客。個客にすら、対応するやつだよ。人はお金を払う価値があるところに、お金を払いたいもんだしね」
「へぇ。凄い…… あれ? じゃあ、何で値段が同じなのよ。私達同じメニューなのよ。あっ?」
女はとっさに男の手を取った。男がレシートをしまおうとしているところだった。
慌てた様子の男のその手を、女ががっしりと掴んだ。
「どうしたの? 慌てて?」
「えっ? 別に……」
「ふうん。ところで、私は支払ったお金が全て味に使われるような、そんなアンケートの答え方をしたのよ。その私と同じ値段で、何であなたはあの肉質なのかしら?」
「えっ? 何でだろうね」
「アンケートに接客態度の項目あったよね?」
「ど、どうだったかな……」
「ここのお店。女性店員が多いよね……」
「え…… 気のせいじゃないかな……」
女は男が言い淀んだ隙に、その手からレシートを取り上げた。
女が取り上げた男のレシート。
そこには――
「何よ、これ! ハイに、スペシャルに、プレミア! レアに、ロイヤルに、スペシャル! 何に顧客満足を求めてるのよ!」
そう、そこには選び得る最大の接客態度が、売り上げとして計上されていた。