表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Short Short Circuit

顧客満足

作者: 境康隆

「あそこお店は、いつも愛想がいいよな」

「ええ? あの系列のお店、いつも無愛想だよ!」

 つき合い始めたばかりの男女が、道ばたのベンチで笑い合っていた。見るからに初々しく、微笑ましい二人だ。

 だがお昼の相談で意見が分かれたようだ。

 お昼は手軽に、全国チェーンのお店でと話していた。

 二人ともとても満足しているお店。それが偶然同じで、二人はそんな些細なことにも気分を良くしていた。

 だが何故だか店員の態度で、二人の意見は別れてしまった。

「えっ? あの店だよな? チェーン店なのに、カード会員専用のお店だろ? その分安くつくけど。最初にものすごい面倒な、会員登録のアンケートとられたっけ?」

「そうよ。好みとか色々アンケートに答えるお店」

「同じだな。あそこは、愛想がいい店だと思うけど?」

「そうかな? 私はそんな風に感じないんだけど。あそこ女性店員が多いからかな? 同性にはもの足りなく感じるとか?」

「どうだろ。とにかく、いってみようぜ」

「いいわよ」

 もちろんその程度の意見の違いでは喧嘩にならない。

 むしろ話題ができたと、二人で軽やかにベンチを立った。


「ほら、やっぱり私には愛想笑いしかしてくれないじゃない」

 会計を終え、会員カードを返してもらうと、女はブスッと男に振り向いた。トレイを持ち、先に会計を済ませていた相手の下に歩み寄る。

「あの女の店員さんだよな? 俺と同じ人だ。俺の時は、満面の笑みだったけど? 文句言ってこようか?」

「止めてよ。そこまではしたくないわ。せっかくの気分が台無しよ」

 二人は話しながらも、空いていた席に着く。

「せっかくの気分って?」

「だって……」

 女はそう言うと、少し顔を赤らめて二人のトレイを見た。全く同じ商品が二人のトレイの上に乗っている。

「好きなお店が同じで、相談もしかなったのに、頼んだメニューも一緒だからか? 俺達、結構いい感じかもね」

「もう。調子乗り過ぎ」

「はは、そうかな」

「でも。嬉しい。ここの味が分かる人で、よかった」

「えっ、そうかな? 俺は味より値段だけど? 味なんてよく分からないよ」

「私は味ね。値段は少々高くてもいいわ」

「じゃあ、何でこの店が好きなんだよ。ここは味より値段の店だろ?」

「何言ってんのよ? ここは少々高くても、味がいいお店じゃない? だってこの値段なのよ」

 女はそう言うと、レシートを取り出した。

「えっ? だから、この値段なんだろ?」

 男もそれに合わせて、自分のレシートを取り出す。

 二人はお互いのレシートを見比べた。

「値段、同じじゃない? 何なのよ?」

「あれ? 本当だ。でも、内容が違う」

「えっ? 何?」

「何々。俺のは肉質エコノミークラス? ロープライス製品?」

「私のは肉質ハイクオリティクラスだって。プレミアムプライス製品って書いてあるわ」

「エコノミーだの、ハイクオリティだの。客の要望にあわせて、商品設定をしてるのか?」

「そうみたいね。会員登録でアンケートに書いたのも、カード会員専用なのも、この為じゃない?」

「なるほど。そうだ。俺は安い方がいいって、アンケートに書いた気がするよ」

「私は味が第一だって書いたわ。その他は二の次って」

「顧客満足って奴だね。特に個別の客。個客にすら、対応するやつだよ。人はお金を払う価値があるところに、お金を払いたいもんだしね」

「へぇ。凄い…… あれ? じゃあ、何で値段が同じなのよ。私達同じメニューなのよ。あっ?」

 女はとっさに男の手を取った。男がレシートをしまおうとしているところだった。

 慌てた様子の男のその手を、女ががっしりと掴んだ。

「どうしたの? 慌てて?」

「えっ? 別に……」

「ふうん。ところで、私は支払ったお金が全て味に使われるような、そんなアンケートの答え方をしたのよ。その私と同じ値段で、何であなたはあの肉質なのかしら?」

「えっ? 何でだろうね」

「アンケートに接客態度の項目あったよね?」

「ど、どうだったかな……」

「ここのお店。女性店員が多いよね……」

「え…… 気のせいじゃないかな……」

 女は男が言い淀んだ隙に、その手からレシートを取り上げた。

 女が取り上げた男のレシート。

 そこには――

「何よ、これ! ハイに、スペシャルに、プレミア! レアに、ロイヤルに、スペシャル! 何に顧客満足を求めてるのよ!」

 そう、そこには選び得る最大の接客態度が、売り上げとして計上されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ