僕の答えは
Q.あなたは自分をどんな人間だと思いますか。
A.世界一価値のない人間です。
「その解答は、あなた自身を傷つけていない?」
「そんなことないよ。」
そんな無責任な言葉も、もう聞き飽きた。
無責任に質問しといて、勝手なことを言う大人も。人のことを考えられない同級生や、年下も。人間はみんな自分のことしか考えてない。
「自分の価値」
もう、そんなの、知らない。
僕は価値のない人間。ただ、それだけ。
今日も目が覚めるとそこは暗い部屋の中。
目覚まし時計が鳴り響く。
しばらくは無視していたが、やがてうざくなって乱暴に止めた。
耳障りな音が消えて、少し力が抜ける。
のそりと布団から抜け出して、スマホを手に取る。
液晶が光り、12月10日という日にちと、10時52分という時刻が表示される。
通知を確認すると、連絡アプリの通知が数件溜まっていた。でも、それだけ。
友達の連絡先は全部消した。面倒だったから。
もしかしたら、幼馴染である日向や美桜、夏瑞から心配するメッセージが来ているのだろうか。そんなことを考えたりする。
いや、もうきていないだろう。
僕が不登校になってから、数ヶ月が経ったんだ。みんな、僕なんか忘れてる。
カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでくる。
僕はカーテンをピシャリ、と閉めた。
部屋着から一応外に出られる服に着替え、階段を降りてリビングへ向かう。
父と母はもう出かけたのだろう。机の上にはいつも通り2000円と、メモが置いてあった。
いつからだろうか。こんな風になったのは。
両親は僕に心臓の病気が見つかってから、あからさまに僕のことを避けるようになった。
病気の治療が終わり、学校に行けるようになっても行かない僕に両親は最初、文句を言っていた。でも、だんだんと僕が学校に行かないことにも、部屋に引きこもって出てこないことにも、何も文句を言わなくなっていった。
確かに、僕が言うことを聞かなかったことが悪いのだろう。けれど、一番近くにいる人に見捨てられたことが、愛されなくなったことが、僕の心を切り裂いた。
それ以来、僕は人のことを信用出来なくなった。
僕はメモを握りつぶしてゴミ箱に投げ入れ、お金を持って家を出た。
近所のコンビニへ向かう。お菓子とカップスープを買って家に帰る。
お湯を沸かし、スープを食べる。温かいスープを、不思議と憎い、と思った。
部屋に戻ってペンタブを取り出す。
いつも通りのセットをして、アロマキャンドルを焚く。
そういえば、このキャンドルホルダー。夏瑞から貰ったものだったな。
そんなことをふと思い出す。
何故か心の奥が締め付けられるようだった。
薄暗い部屋にカチ、カチ、という左手デバイスの音だけが鳴り響く。
無心でイラストを描くうちに、時間が経っていたのだろう。公園の5時を知らせる音楽が鳴っていた。
ふと手元を見る。絵の中の少女はどこか夏瑞に似ているような気がした。
夕暮れの砂浜を2人の男女が並んで歩いている絵。
少女が夏瑞だとしたら、この少年は一体誰なんだろう。
そんなことを考えていたら、インターホンが鳴った。
面倒だと思いながら、下へ降りる。
「はーい。って、え、、。」
ドアの前にいたのは、夏瑞だった。
(しまった、迂闊に開けるんじゃ、なかった。)
息ができなくなる。自分だけ時が止まったようだった。理解が追いつかなかった。
「海月。久しぶり、だね。」
「、、、、、、、なんで、来たんだよ。」
「だって、大好きな人に、会いたかったから。」
その言葉を聞いた瞬間、嬉しいような、憎いような、そんな感情が僕に襲いかかった。僕は負の感情に支配された。
「、、、、、、、帰れ。もう、来るなっ。」
彼女は少し目を見開いて、悲しそうな顔をした。
「でもっ、、、。わかった。じゃあ、連絡先だけ、連絡できるように。お願い。」
必死な顔で頼んでくる彼女を拒否することは、躊躇われた。
「わかったよ、。ほら、これでいいだろ。ほら、帰って、、、。」
「うん、わかった。またね。」
彼女が背を向けた瞬間、僕はドアを思い切り閉めた。
彼女の気配がなくなると、僕の心はどこか安心したような、苦しいような、そんな感じがした。
ピロン、とスマホが鳴る。
夏瑞だった。
『海月、今日は急にごめんね。』
『別に。』
『元気そうで、安心した。』
『そう。』
『また、行ってもいい?』
『好きにしたら。』
『じゃあ行く。今度は、連絡するね。』
スマホを布団に投げつける。あいつが、今どんな気持ちなのか、わからなかった。
前までなら、わかったのに。今はもう、わからない。
心が、落ち着かない。いつもの自分に戻れない。
僕はまだあいつのことが、好きなのか。そんなことすらわからなくなっていた。
ふとキャンドルに目を向ける。炎はいつものようにゆらゆらと、揺れていた。
その炎が、忌まわしく、目障りに感じた。
ふっ、と息をかけると、炎はあっけなく消えた。
ジャスミンの香りのアロマキャンドルに火を灯し、目を閉じると今でもあの幸せだった時間が蘇ってくる。
夏瑞の隣で、日向や美桜と笑っていた、あの時間が。
夏瑞と2人で出かけた時のこと。4人で映画に行ったこと。夏瑞と大喧嘩したこと。日向とふざけて遊んだこと。研究会で色々なところへ行ったこと。
どこで崩れてしまったんだろう。どこで、間違えたんだろう。
僕には過ぎた幸せだったのかもしれない。きっとそうなんだろう。
僕にはもう、彼らと一緒にいる資格はない。
社会に完全に見放された僕に居場所なんて、ないんだ。
ガチャ、と玄関のドアが開く。母が帰ってきたのだろう。
部屋のドアの鍵を閉める。キャンドルを消し、窓も閉める。
僕はまた暗い部屋の中で、独りきり。
何も考えていないはずなのに、夏瑞や、日向、美桜のことが思い出される。
僕はもう、あいつらとは関わってはいけないはずなのに。関わりたいと思っていないのに。
完全に関わりを断つことが、できない。まだ、彼らに縋っている自分がいる。
僕がいても、迷惑をかけるだけだ。そう、自分に言い聞かせる。
(もう、独りは慣れただろ。僕なんか、いなくなったほうがマシだ。)
そう思っているはずなのに。この世界から、いなくなることが怖い自分に腹が立つ。
頬は、水に濡れていた。
目が覚める。昨日は、あのまま寝てしまったらしかった。
スマホを見る。夏瑞から通知が来ていた。
『今日も、行っていい?日向と、美桜も連れて。』
来てほしくない。みられたくない。そう思ったはずなのに。
『いいよ』
僕の指は勝手に動いていた。
(僕は、一体何がしたいんだよ。意味わかんねぇ。)
自分の気持ちでさえ、わからなくなった僕が、あいつらを傷つけてしまいそうで、怖かった。
(、、、、、来るんなら、準備しないと。)
僕はリビングへ向かった。
階段を降りて、下に向かう。
「「あ、」」
朝食をとっている母と会った。顔を見たのは、一ヶ月ぶりだった。
(しまった。時間、確認してなかった。)
何も音のない、静寂が広がる。親子なのに、毎日同じ家にいるのに、気まずい。
「おはよう。海月。」
作り笑いなことは、すぐにわかった。
「、、、、、おは、よ、う。」
思うように声が出ない。呼吸が少し浅くなる。
「じゃあ、行ってくるから。今日も遅くなるわ。」
「、、、、、、。」
ガチャ、とドアが閉まる。
僕はしばらく動くことができなかった。
昼頃になって、玄関のチャイムが鳴った。
玄関に向かい、深く深呼吸をして、ドアを開ける。
そこにはよく知っている、3人の姿があった。
「いらっしゃい。ほら、上がって。」
「お邪魔します。」
「邪魔するぞ。」
「お邪魔しまーす。」
4人で集まったのは、いつぶりだろう。
懐かしく、嬉しい気もするが、どこか前とは違う空気が漂っていた。
しばらく、沈黙が流れる。
「海月、元気そうだな。心配させてんじゃねぇよ。笑」
日向が軽く笑って言う。気まずい空気が流れる。
「そ、そうだね!みーくん、元気そうで安心したーっ!」
「ごめん、心配させたよね。ごめん。」
笑う。けど、うまく笑えていない気がする。
それを感じ取ったかのように、3人も黙り込む。
「まぁ、重い話はしないでさ。ゲームでもしようよ。」
笑う、笑顔をつくる。前までの僕の仮面を被る。でも、3人はきっと、わかってる。
「俺、今はいいわ。」
「私もいいかなぁー。」
「、、、、、、、。」
「そっか。そういえば、3人はなんで来たの?」
日向と美桜が顔を見合わせる。夏瑞はずっと下を向いて黙っているだけだった。
「えっと、、、、、。」
美桜が言い淀む。日向が決意を固めたような顔をした。
「海月、お前、大丈夫か?」
「え、だいじょう、、、。」
夏瑞が急に立ち上がった。
「強がるのは、もうやめて。私たちのこと、頼ってよ。」
夏瑞が大きい声を出すのは、珍しかった。美桜も、日向も、驚いていた。僕も、驚いた。
彼女は、泣いていた。僕には、なんで泣いているのかわからなかった。
「、、、、ごめん。」
「大丈夫。夏瑞こそ、大丈夫?」
「私は、私はっ、海月がっ、、、、。」
夏瑞の背中をさする。カタカタと小刻みに震えていた。
(僕は、夏瑞を、傷つけた、、、、?)
日向は涙を堪えたような顔で、僕らの方へ近づいてきた。
「海月、夏瑞はな、お前のことずっと思ってたんだよ。それが溢れただけだ。傷つけたわけじゃねぇ。」
「そうだよ。みーくん。みーくんはどうかわからないけど、なつはみーくんのこと、好きなんだよ。」
僕はその言葉を信じることができなかった。
僕みたいな、価値がない人間未満の、クソなのに。
なんで、好きなの?わからない。僕には、もうわからない。
心の中に押さえていた。そのはずだった。それなのに。
言葉に出ていたようだ。3人の顔が曇ったことがわかった。
(あっ、、、、、、。)
夏瑞が、子犬が久しぶりに会った主人に飛びつくように、抱きついてきた。
「なんで、そんな、こと、いう、の、わたし、には、みつき、しかっ、いないのっ、、!」
僕は、彼女を引き剥がしたくて、でも、抱きしめたくて、どうしたらいいか、わからなかった。
夏瑞の体温が伝わってくる。温かかった。
このまま受け入れたら。今ならまだ、前みたいに戻れる、、、?そんな淡い期待が頭をよぎった。
でも、僕は彼女を引き剥がした。
「もう、帰って。」
「「えっ、」」
日向と美桜の声が重なる。
この3人のことを見ていると、苦しかった。
まだ僕に縋ろうとしている。まだ僕に希望を見出している。
でも、僕はその期待に応える事はできないから。
(こいつらの前から消えた方が、こいつらのためだ。)
「もう、君達は親友でも、彼女でもない。赤の他人だ。ほら、出ていけよ!」
乱暴に外に出させる。自分でとった行動なはずなのに、胸が痛かった。
これでいい。これで、いいんだ。
僕なんかと関わってたって、なんの特にもならい。ただ、不幸になるだけ。
それなら、大好きな人達からは、離れた方がいいんだ。
バタン、と乱暴にドアを閉めて鍵をかける。
(これでいい、これで、これで、、、、)
そう思っているはずなのに、僕は泣いていた。
部屋に戻ってキャンドルホルダーを手に取る。
こんなこと、しちゃいけない。そんなこと、わかってる。
でも、でも。
これを持っていたら、僕はまた、離れられなくなる。また、傷つけてしまう。
それは、あいつが不幸になるから。それだけは、嫌だから。
僕はそれを床に叩きつけた。
ガチャッ、と壊れる音がする。床にはガラスの破片が散らばった。
その上に一滴、また、一滴と雫が落ちる。
ガラスを素足で踏む。雫が赤黒く染まる。
もう、何も感じなかった。もう、どうでもよかった。
スマホを手に取り、連絡アプリを消す。
スマホも、床に叩きつける。
細かく、キラキラと光る破片が散らばる。
ガラスの破片が足に刺さっても何も痛くなかった。
自分そ全てが壊れていくような、そんな感覚。それが不思議と心地よかった。
もう何も見たくなかった。
もう誰とも会いたくなかった。
この世界の。
全てが眩しくて。全てが憎かった。
全てが輝かしくて。全てが黒く澱んでいた。
全てが綺麗で。全てが汚れていた。
全てが憧れで。全てが妬ましかった。
僕を魅了し、この世界に縛り付ける。その全てが真実で。その全てが嘘だった。
もう何も信じられない。もう何も感じられない。
もうこの世に未練はない。
そう思っているはずなのに。
この世に縛り付けられたまま、もがいていたいと言う自分がいる。
まだ信じたいと。まだ感じたいと。そう言って足掻く自分がいる。
この世の全てが矛盾していて。この世の全てが理不尽だった。
僕はもう捨てられたはずなのに、まだ救われようとしている。
それを受け入れたはずなのに、受け入れようとしないでいる。
お母さん、お父さん、夏瑞、美桜、日向が大好きで、でも、もう関わりたくないはずなのに。まだしがみついてもがいている。
自分が矛盾していることが、嫌だった。苦しかった。
にんげんはみんな身勝手だ。自己中だ。
だから僕は、人間が嫌いだ。
両親と色々なところへ旅行に行った事も。
4人で花火大会に行った事も。
イラストのコンクールで優秀賞をもらって、みんなでお祝いしたことも。
全てが遠い過去のことのように思えた。
今はもう、何も思わなくなっていた。何も感じなくなっていた。
自分のことが、わからなくなっていく。痛みも、空腹も、辛さも、嬉しさも。
まるで人間から人形になるかのように。自分が自分でなくなるかのように。
何も制御できないコンピュータが壊されるように。
自分の中枢を自分で傷つけた僕はもう、崩れていくばかりだった。
もう僕は人間に戻ることはできない。ならば、いなくなっても、いい。化け物が生きてたって意味がない。
だから僕はいなくなるんだ。そう、決めた。
真夜中に家を抜け出して、川へ向かう。水の中へ、一歩、また、一歩、と足を踏み入れる。
冬の川は寒いはずなのに、寒さも何も感じなかった。
鳴呼、これでいいんだ。これでみんな幸せになれる。自分も、両親も、幼馴染も。
足の傷から血が滲み出る。水が赤黒く染まる。
そんなのお構い無しに進んでいく。
川の流れに身を任せる。だんだんと意識が遠のいていく中、ぼくの目からは涙出ていた。
机の上に置いた遺書には、こう書いた。
「親不孝者でごめんなさい。これからは幸せに生きてください。それが僕の幸せです。お母さん、お父さん、大好きだったよ。今までありがとう。さようなら。」
「夏瑞、美桜、日向。小さい頃から仲良くしてくれてありがとう。君たちと過ごした時間は宝物だよ。これからは、僕のことは忘れて、幸せに生きてください。僕は空の上から、君たちのことを見守っています。来世があれば、また、会いましょう。赤の他人なんて言ってごめんね。大好きだよ。」
これが僕の大切な人々にとどいているのかはわからない。
けれど、僕は届いていると信じている。




