クラスでモブの僕が、学年1の完璧イケメンの家に急遽一晩泊めてもらうことになりました。
※架空の震災の描写があります。NGの方は閲覧ご注意ください。
僕のクラスには学年1のイケメンがいる。
村上颯真くん。
芸能人といっても違和感のないようなキリッとした顔立ち。
細マッチョで背も高くて、勉強も運動も常に学年3位以内。
クールでちょっとだけ陰のある雰囲気だけど、人当たりがよくて男女問わず仲がよくて、困ってるクラスメイトがいたらさりげなく助けてくれる。
当然女子にめちゃくちゃモテる。
でも颯真くんは恋愛には全然興味がないみたいで、どんなかわいい子からの告白も断っているらしい。だから一部では「女じゃなくて男の方が」とか「人妻とでも付き合ってるんじゃないか」とか下品な噂を流されたりしてる。
まあそんなくだらない噂をする輩はもれなく、颯真くん本人に代わって彼の友達(何人かいるが漏れなくイケメンで性格もいい一軍の陽キャだ。類は友を呼ぶんだろう)に黙らされていたが。
こんな身近に、漫画のキャラみたいな完璧イケメンが実在するんだなあ。
クラスのモブキャラの僕は、颯真くんのことを近くて遠い世界の人だとしか思っていなかった。
◇◇◇
ある秋の日の、金曜日の放課後。
図書委員の僕はその日の貸し出し当番を終え、足早に昇降口に向かっていた。
秋分を過ぎ、この時間は外も大分暗くなっているはずだ。
昇降口に近づくにつれ、滝のような音が大きくなってきた。
僕はその音で、今朝天気予報のお姉さんが「夕方から夜にかけて一部で大気が非常に不安定になり、局地的に災害級の大雨になるおそれがあります」と言っていたのを思い出した。
こんな時期に大雨のイメージがなかったから話半分で聞き流していたのだが、どうやら天気予報は的中したみたいだ。
「ゲリラ豪雨……」
思わずそう呟きながら、僕は下駄箱の蓋を開けた。中には靴と並んで折り畳み傘が入っている。
置き傘しといてよかったと思いながら、僕は靴を履き替えると折り畳み傘を手に取って出口に視線をやった。
「……あれ?」
出口に1人の男子が立っているのに気づいた。遠目から見ても分かるあの整った風貌は完璧超人、こと村上颯真くんで間違いない。友達と一緒にいる感じでもないけれど、部活の帰りだろうか。
颯真くんは傘を持っていないらしく、空を見上げながら雨足が弱まるのを待っている様子だったが、意を決して外に走り出そうとしていた。
この高校から最寄り駅までは徒歩10分くらいなのだが、途中にアーケードや木陰のようなものはない。
いくら運動神経抜群の颯真くんでも、この豪雨の中を駅まで走るのはさすがにキツいだろう。
「村上くん?」
僕は思わず彼に声をかけていた。颯真くんは振り返って僕を見た。
「あれ、山瀬今帰り?遅いね」
「……う、うん。い、委員会の片付けに、時間かかっちゃって」
颯真くんが僕の名字を知っているのに正直驚いて、少しどもってしまった。
同じクラスとはいえ、スクールカーストのトップに君臨する颯真くんがその他大勢の僕のことを認知してくれていることに、何だか畏れ多さすら感じてしまう。
そんな僕の内心を知ってか知らずか、颯真くんは納得したように「そうなんだ」と短く答えた。
僕は少し緊張しながらも続けた。
「ぼ、僕、傘持ってるから、よかったら駅まで一緒に行かない?僕と相合傘なんて嫌かもだけど、びしょびしょになるよりはマシだと思うから……」
颯真くんは一瞬遠慮する仕草をしかけたのだが、一層強まった雨を見ると、僕の提案を受け入れた。
◇◇◇
自分の方が数センチ背が高いから、という理由で颯真くんが傘を持ってくれた。
傘を持たせておいて無言で歩くのも何だか気まずいので、僕は傘を叩く雨音に負けないよう声を張って颯真くんに話しかけた。
「村上くんは、部活の帰り?」
「そう。自主練してた」
「そうなんだ……確か長距離やってるんだよね」
「よく知ってるな」
「う、うん……颯真くんサッカー部のイメージだったから、なんか意外で記憶に残ってて……」
この高校はサッカー部が結構強くて、運動神経がいい、いわゆる一軍の男子はサッカー部に入るのがお決まりのパターンみたいになっている。颯真くん自身も普通にサッカーできるらしいのだが、あえてこの学校では比較的地味な陸上部、しかもその中でもマイナーな長距離を選んでいた。
颯真くん目当てでサッカー部のマネージャーになろうとしていた女子たちが、颯真くんの陸上部入りを知ってにわかにざわついていたのを覚えている。
「ああ……サッカー部にも勧誘されたけど、一人で気楽にやれる方が向いてるから陸上にした。サッカー部、金かかるし」
「そうなんだ……」
てっきり「いいとこの子」だと思っていたから、颯真くんからお金の話が出るのが少し意外だった。
「山瀬は今日図書委員の当番だったの?」
「え?」
聞こえていたのに、自分の耳を疑って思わず聞き返してしまった。
颯真くんが僕の名前を知っていることだけでも驚きだったのに、その上僕が図書委員だということまで把握しているなんて、ちょっと信じられなかった。
颯真くんは自分の声が雨音にかき消されて聞きづらかったと思ったのか、もう一度同じ質問をした。
僕はそれで颯真くんが僕の所属する委員会を知っているという事実を受け入れ、慌てて返事をした。
「うん……僕が図書委員なんてよく知ってるね」
「図書室に本借りに行った時に何度か見かけたから」
「そっか……」
さすが完璧イケメン。観察力も人一倍みたいだ。
そんな感じでぽつぽつと会話を交わしているうちに、僕たちは駅に着いた。
改札の前にはちょっとした人だかりができていて、駅員さんが慌ただしくそれに対応している。
僕たちは改札口に置かれたボードの前に立って、そこに書かれた案内に目を通した。
案内によるとこのゲリラ豪雨で沿線を流れる川が氾濫しかけているため、今日は終日、次の駅で電車が折り返し運転になるらしい。
あいにく僕の家の最寄り駅はここから3つ先、氾濫しかけているという川の先にある駅だった。
ここから最寄り駅まで行くようなバスの路線はない。タクシー乗り場に目をやると、今まで見たことのない人数が行列をなしている。タクシーも出払っているようで、列に並んだとしてもいつタクシーに乗れるか検討もつかなかった。
この駅にはファミレスやカラオケといった夜を明かせる店はない。隣の駅にはファミレスがあるはずだが、24時間営業ではなかった気がする。
かといってさすがにこの天気の中を3駅分歩いて帰宅するのは危険極まりない。
「マジか。終わった……」
まさかこのまま駅のベンチで野宿するのかと絶望していたら、颯真くんに尋ねられた。
「山瀬は川の向こうの駅が最寄り?」
「うん……」
「家族に迎えに来てもらうとかは?」
「今日運転できる人が家にいない。母親は家にいるはずだけど、免許持ってないから無理……」
「なるほど……俺の家、隣の駅だから泊まってく?」
「え?」
颯真くんからの予想外のお誘いに、思わずまた聞き返してしまった。
「このままだと山瀬、駅で野宿だろ。うち何もないからホントに寝るとこしか貸せないけど」
「すごくありがたいけど、村上くんはいいの?」
颯真くんは苦笑した。イケメンは苦笑いでさえ何だか眩しかった。
「傘入れてもらったのに、このまま山瀬置いて自分だけ帰るのはヤな奴すぎるだろ……下手したら電車完全に止まるかもしれないし、早く行こう」
「う、うん」
僕は颯真くんに急かされるような形で改札を通った。
かくして僕は颯真くんの家に泊めてもらうという、激レアな体験をすることになったのだった。
◇◇◇
幸い電車にはすぐに乗ることができた。
母親にスマホでメッセージを送ると、やはり今日は家に母親しかいないらしく「迎えに行くのは無理。申し訳ないがご厚意に甘えて泊めてもらった方がいい」と返ってきた。
颯真くんも家の人にメッセージを送っているようだ。
「簡単なものなら夕飯用意できるってさ」
「ご馳走になるなんて申し訳な……」
言った矢先に僕の腹の虫が元気よく鳴り、それを聞いた颯真くんがちょっと笑った。
直後電車が減速し始め、駅への到着を知らせる車内アナウンスが始まった。
駅を出ても相変わらずの激しい雨だった。
僕は再び颯真くんと相合傘をする格好で、彼の家に向かうこととなった。
颯真くんの家は駅から徒歩10分くらい、僕の中では意外だったが、市営住宅の一室だった。
颯真くんがドアチャイムを押すと「はい」と女性の声がした。声の感じが若いから、お姉さんだろうか。
「ただいま、友達連れてきた」
「おかえり、今開けるね」
微かに足音が聞こえたと思うと玄関ドアが開いた。颯真くんに促されて玄関に上がる。
僕たちを出迎えてくれたのは、小柄だがどことなく姉御肌っぽい雰囲気の女の人だった。颯真くんとはあまり似ていないし、年も少し離れているみたいだった。
「いらっしゃい……あら、ふたりとも結構濡れちゃってるじゃない。とりあえずお風呂入ってきたら?お湯は沸かしてあるから」
「うん、そうする。山瀬も風呂入ろう。着替えは俺の貸すから」
「う、うん、ありがとう」
あまりの大雨で気に留めていなかったが、確かに傘を差してきたにも関わらず二人とも全身濡れていた。
颯真くんは僕の腕を引くとそのまま風呂場に直行した。
「あんま広くないけど、二人で入れると思うから一緒に入っちゃおう」
「う、うん」
まさか颯真くんとお風呂に、しかも颯真くんの家のお風呂に入ることになるなんてと思いながら、僕は濡れた制服を脱いだ。
チラッと颯真くんを見る。彼の上裸は男の僕でも惚れ惚れしてしまうような、均整の取れた細マッチョだった。
颯真くんは二人分の濡れた制服のシャツと下着を洗濯機に放り込むと、手際よく洗剤を入れて洗濯機のスイッチを押した。
颯真くんに促されて二人で浴室に入ると、順番にシャワーを浴びて、何となく二人で並んで湯船に浸かった。
その拍子にざばんと湯船からお湯が溢れ出す。温かい湯が雨で冷えた体を芯から温めてくれるようだった。
「まさか村上くんの家で一緒にお風呂に入るなんて思わなかった」
「俺も……高校の人家に連れてくるの初めてだし」
「え、そうなの?……なんかゴメン」
反射的に謝ると、颯真くんはククっと喉で笑った。
「なんで謝るんだよ、俺が誘ったんだし」
「そ、そうだね、ありがとう……お姉さんとは年離れてるんだね」
「……まあな」
その途端、それまで穏やかだった颯真くんの表情が一変した。
何とも言えない、複雑な表情。
喜怒哀楽で言うなら怒と哀の間くらいだろうか。
そして、それ以上そのことは聞いてくるなという圧がひしひしと伝わってきた。
「ホ、ホントに雨すごかったね。土砂崩れとか起きてないといいけど……」
空気が読めない方ではない。
僕は慌てて話題を変えて、それから体が暖まるまで最近見たドラマや担任の先生の話などの他愛ない話をした。
お風呂から上がると颯真くんが着替えのジャージと、わざわざ新品の下着をおろして貸してくれた。
颯真くんいい人すぎるだろ。
下着は必ず買って返すと約束し、ご厚意に甘えて僕は借りたジャージに袖を通した。
僕たちがお風呂に入っている間に洗濯が終わっていたらしく、颯真くんは洗濯機を開けて手際よくハンガーに洗濯済みのカッターシャツと下着をかけ、それを浴室上部の突っ張り棒にぶら下げていった。
僕は慌てて手伝いを申し出て、二人分の制服のズボンとブレザーをハンガーにかけると、見よう見まねで突っ張り棒にぶら下げた。
続けて頭や体を拭いたバスタオルも突っ張り棒にかける。
颯真くんは最後に浴室乾燥のボタンを押すと、浴室の扉を閉めた。
颯真くんめっちゃ家事するじゃん……全部親任せで、自分で洗濯なんかろくにしたことない僕は恥ずかしくなった。
そんな僕の羞恥心なんて当然知る由もなく、颯真くんはそのまま僕をダイニングに連れていった。
食卓には既にご飯とキャベツの味噌汁、しょうが焼きとかぼちゃの煮物が並んでいて、ほかほかと湯気を立てていた。
「お風呂上がった?二人とも座って座って」
グラスに麦茶を注ぎながら、玄関で僕たちを出迎えてくれた女の人が僕たちに着席するよう促した。
僕たちが並んで食卓に着くと、女の人も向かい側に座る。
「いただきます」
「いただきます」
女の人に続けていただきますを言うと、僕は茶碗と箸に手を伸ばした。
お世辞でも何でもなく、ご馳走になった夕食はとても美味しかった。
「すごく美味しいです。突然お邪魔したのにこんなに美味しいご飯までご馳走になってしまってすみません」
僕の感想に、女の人はニコニコ顔だ。
「よかった。ごはんはまだ少しおかわりあるから、足りなかったら言ってね。ごはんのおともにふりかけと鮭フレークもあるよ」
「ありがとうございます」
「颯真が同じ高校の子を連れてくるのなんて初めてだからビックリしたわ。えーっと、お名前は……」
僕は慌てて箸と茶碗をテーブルに置いて、女の人に頭を下げた。
「すみません、名前も言わなくて……村上くんと同じクラスの山瀬圭といいます」
女の人は胸の前でポンと両手を合わせて一層明るい表情を浮かべた。
「山瀬くん!颯真、学校で友達と仲良くしてる?授業ちゃんと受けてる?あんまり学校のこと話してくれないから……」
「ちょっ……」
颯真くんがにわかに慌てた様子を見せる。僕は彼女に颯真くんの学校での様子を伝えた。颯真くんは懸命に恥ずかしいのを隠そうとしているような表情をしていた。きっとこれは学校の人が知らない彼の一面だろう。
女の人(さやかさんと言うそうだ)はとても聞き上手で、終始うんうんと相槌を打ちながらすごく楽しそうに僕の話を聞いてくれた。
◇◇◇
夕食を終えると、僕は泊めてもらうお礼と言うことで食器洗いを申し出た。「食器をしまう場所がわからないだろうから」ということで、僕が食器を洗い、颯真くんがそれを拭いて食器棚にしまう係になった。
「二人ともありがとね、悪いけどあとはよろしく」
さやかさんは残っている仕事を片付けると言って、自室に引っ込んだ。
食器同士が当たるカチャカチャという音と流し台を叩く水の音、外の激しい雨音が台所を満たす。
「ごはん美味しかった」
「よかった」
「村上くんは……」
「颯真でいい。みんなそう呼んでるし」
「え……じゃあ……颯真くんは偉いね。手伝いって言うかちゃんと家事してて。僕、家のことなんか全然しないから何か恥ずかしくなった」
「俺は好きでやってるだけだから、普通はそんなもんなんじゃない?」
「そうなの、かな?」
手伝いレベルじゃない家事を、当たり前のようにする。
自分の中で颯真くんの完璧ポイントがまた一つ増えていた。
食器を洗い終わると颯真くんの部屋にお邪魔した。
やはりというか部屋の中は綺麗に片付いていて、いい匂いもするしセンスの良い観葉植物も置いてある。漫画やゲームもあったが、綺麗に並んで本棚に収められていた。大半は「陽キャ好み」の作品だったが、本棚の目立たない位置に颯真くんらしくない小学生向けのギャグマンガが全巻揃って並んでいるのが、なんだか不似合いだった。
「写真……」
視線を落とすと、これまた綺麗に整頓された机の上に写真立てが置かれているのに気づいた。随分と色褪せた写真には小学生くらいの男の子とお父さん、お母さんらしき人が写っている。プロ野球チームのキャップをかぶった男の子は、ニコニコしてヤンチャそうな感じだ。
これは子供の頃の颯真くんだろうか。面影はあるが今とはずいぶん雰囲気が違う。
そういえばこの家に彼のお父さんとお母さんは住んでいるのだろうか。
それにこの写真にはさやかさんが写っていない。明らかに家族写真に見えるのに……。
「山瀬、布団敷いたから……って、やべ」
写真を眺めていた僕に気づいた颯真くんは、明らかに「しまった」という顔をした。
この写真は見てはいけないものだったらしい。僕は咄嗟に写真立てを伏せて謝った。
「ご、ゴメン、勝手に見ちゃって……」
「いや、別にいい……出しっぱなしにしてた俺が悪い」
颯真くんは僕が伏せた写真立てを手にとると「人には言わないでほしい」と前置きしてから、ぽつぽつと話し始めた。
◇◇◇
6年前、この国のある地方で大きな地震があったのだが、当時颯真くんはその地方にお父さんとお母さんと一緒に暮らしていたこと。
地震の日、颯真くんはゲームを買ってもらうために両親と一緒に繁華街に来ていたが、そこで地震に巻き込まれて両親とはぐれてしまったこと。
周囲に怪我人や亡骸が溢れかえった阿鼻叫喚な状況で何とか命拾いはしたが、両親が見つからず途方にくれたこと。
そんな時、外回りの途中に地震に遭ったという一人のOLさんが声をかけてくれたこと。
そのOLさんが「君の両親は避難所に行っているのかもしれない。暗くなるから今日はとりあえず自分の勤務先で夜を明かして、明日避難所に探しに行ってみよう」と手を差しのべてくれたこと。
余震が続く中、OLさんの会社で泣きじゃくる颯真くんのことを、OLさんや会社の人たちが励ましてくれて、貴重な水や食べ物を分けてくれたこと。
次の日から会社が臨時休業になったOLさんが、颯真くんを連れて近隣の避難所を片っ端から回ってくれたこと。
その途中危険な目に遭いそうにもなったが、OLさんが颯真くんを守ってくれたこと。
瓦礫が溢れる道なき道を歩いて何とか自宅にたどり着いたものの、自宅はほぼ全壊。両親も見つからず、かろうじて記憶にあった遠い親戚の家を頼ったが、受け入れてもらえなかったこと。
このまま施設に入るしかないとなった時に、OLさんが「両親が見つかるまで私と暮らそう」と颯真くんを受け入れてくれたこと。
そのOLさんが、他でもないさやかさんだということ。
遠くに住むさやかさんの親も颯真くんを施設に入れ、実家に帰ってくるように強く勧めたらしいのだが、さやかさんはそれを拒んで、颯真くんとの二人での生活を選んだこと。
生活が苦しい時期が続いたが、さやかさんは愚痴一つ零さず、いつも颯真くんを守ってくれたこと。
当座の暮らしを安定させるためにあちこち転々としたこと。
転校先ではいわれのない理由でいじめられたりもしたこと。
さやかさんは持っていた国家資格を生かして、収入を得るために昼夜を問わず働いていたこと。
ようやく中2くらいで生活が安定し、今に至ること。
今も両親は見つからず、地震から7年になる来年になっても状況が変わらなければ、諦めて両親が死亡したものとみなす法的な手続きをしようと腹を括ったこと。
◇◇◇
「颯真くん……」
壮絶な話に、僕は何も言えなかった。颯真くんは続けた。
「中卒で働くつもりだったのに、さやかさんは『高校に行け』って学費を出してくれた。バイトして学費を返そうとしたら『学費なんか出世払いでいいから、今しかできない青春しろ』って、部費まで出してくれて。さやかさんは偶然出会っただけの赤の他人の俺のために、自分の6年を捨ててる。俺にとって、さやかさんは自分の命より大切な人だ。周りは俺のこと何でもできるとかイケメンとか言ってくるけど、さやかさんに恥ずかしくないように、勉強も運動もガチったし、見た目も中身もちゃんとしようと努力してきただけだ。元々の俺は勉強も運動もふつうの、どこにでもいる平凡な奴だった」
「……どうして、僕に話してくれたの?クラスの人には、この話してないよね?」
ふうと息をつくと、颯真くんは写真立てを元あった位置にコトリと置いた。
「なんでだろう。山瀬には話してもいいかなって、何となく思ったから」
「そっか……」
しばらく、部屋に沈黙が流れた。このまま颯真くんの次の一言を待てばいいのか測りかねていたのだが、不意に浮かんできた疑問が自然と僕の口をついていた。
「……さやかさんって、行政書士なの?」
颯真くんが驚いた顔をした。
「何でわかったんだ?てか山瀬、行政書士知ってるんだな。そんなにメジャーな仕事じゃないのに」
「うん……うちの親父が司法書士で、行政書士の資格も持ってるんだ。さっきリビングに行政書士の証書?飾ってあったのが見えて、うちで親父が飾ってるのと同じだと思ったから」
「……さやかさんは司法書士事務所で事務兼行政書士として働いてる。司法書士事務所っていっても、司法書士のおじいちゃんが一人でやってるようなとこだけど……でも、さやかさんも、ついでに俺も、おじいちゃんには色々とよくしてもらってる」
「そうなんだね」
話題が変わって、少し部屋の空気が緩んだような気がした。同時に僕の気も緩んだのか、思わず小さなあくびをしてしまった。
颯真くんが壁にかかった時計に視線をやった。いつの間にか時計の針は11時前を指していた。
「もうこんな時間か……俺トイレ行ってくるから、山瀬は先に寝てて」
「う、うん」
僕は言われるまま颯真くんが敷いてくれた布団に横になった。ほぼ同じタイミングで颯真くんが部屋のドアを閉める音が聞こえた。
仰向けの姿勢で天井を見つめながら、今日の放課後からの怒涛の出来事を思い返していたはずなのだが、外の雨音がいい子守歌になったみたいで、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。
眠りに落ちる寸前、颯真くんが戻ってきたところまでは記憶にある。
だけど、戻ってきた颯真くんが僕の寝姿を見下ろしながら「そっか……山瀬のオヤジさん、司法書士なのか……」と真剣な顔で呟いた時には、僕はもう完全に夢の世界の住人になっていた。
◇◇◇
朝目が覚めると、雨は止んでいた。
僕が体を起こして部屋を見回すと、颯真くんはもう起きていて、昨日僕が気になっていたギャグマンガを読んでいた。
颯真くんと目が合う。僕が颯真くんの手にあるマンガに視線をやっているのに気づくと、彼は罰が悪そうにマンガを閉じた。
「おはよう」
「お、おはよう。そのマンガ……」
「地震があった頃、ハマってたマンガ。あの日もゲームと一緒に最新刊を買ってもらえるはずだった。これ読むと、あの頃の素の自分になれる気がして、たまに読み返す」
「そのマンガ、僕も小学生の時読んでたよ。〝たろちん〟がおったまげる度にパンツが爆発するの見て、めっちゃ笑ってたなー」
そのシーンに思い出し笑いをした僕に、颯真くんが弾んだ声で乗ってくれた。
「そこ、俺も小学生の時すっげえ笑ってたわ。爆発したパンツの欠片を、毎回ウメ婆さんが自分の白髪を糸代わりにしてチマチマ縫うのも訳わかんなくてさ」
「ウメ婆さんめっちゃナツい!あの白髪、伸び縮みしたよね?」
「するする!んで、白髪武器にしてバトルすんの。技名がバカバカしくてさ」
「確か『ウメ拳法白髪ヌンチャク・最強』だったっけ」
「……略して『ウンチクサイ』な!山瀬よく覚えてるな……やば、何か涙出て来た」
目元に浮かんだ涙を拭いながらゲラゲラと笑う颯真くんは、いたって普通の高校生だった。
僕たちは小学生の頃に戻ったように、頭を空っぽにして、お腹を抱えて馬鹿みたいに笑い合った。
◇◇◇
線路に異状がないか点検が行われる関係で、電車の復旧はお昼前になるらしかった。
とはいえ颯真くんの家に長居するわけにも行かないので、僕は浴室で乾かしていた自分の制服と下着を回収してそれに着替えると、早々にお暇することにした。
途中コンビニおにぎりでも買って、駅前のベンチで食べながら電車が動くまで時間を潰そう。とりあえず自分の家に帰って二度寝がしたい。
今日が土曜日なのが幸いだった。
「まだ電車動かないだろうし、もうしばらくいたら?」
颯真くんが引き止めてくれるが、僕は首を横に振った。
「せっかくの土曜日に僕がいつまでもいたら、颯真くんにも……さやかさんにも迷惑だよ。駅前のベンチでコンビニおにぎりでも食べながら電車が動くのを待つよ」
「ええ……」
玄関先で颯真くんとそんな軽い押し問答をしていると、
「もっとゆっくりしていってくれて全然いいのに……でも、それなら電車が動くまで、二人でファミレスでモーニングでも食べながらのんびりしたら?」
と自室から出て来たさやかさんが提案してくれた。
颯真くんは少し躊躇ったようだが、彼の中でさやかさんの言うことは絶対らしく、
「そうする」
と答えると、玄関の段差に腰掛けてスニーカーを履き出した。
さやかさんの提案に乗る形で、僕たちは駅前のファミレスに入った。
一晩泊めてもらったお礼ということで、一番豪華なモーニングセットとドリンクバーを二人分頼み、僕が二人分の代金を払わせてもらうことにした。
颯真くんははじめ「自分の分は自分で払う」と拒んだが、「これくらいはさせてほしい、でないと僕の気が済まない」と意を決して強めに押し通したら、颯真くんは観念したようで僕の奢りを受け入れてくれた。
意外だったが、颯真くんはクラスの友達ともあまり外食をしないらしく、パンケーキとウインナーと目玉焼きというわんぱくな組み合わせを前にしてややテンションが上がっているようだった。
二人でぐだぐだと他愛もない話をしながらモーニングをたいらげ、ドリンクバーで魔改造した特製ブレンドジュースを飲んで時間を潰していると、電車が動き出したことを伝える通知がスマホに入った。
それを合図に僕たちはファミレスを出て、駅に向かって歩き始めた。
改札前。
「じゃあ山瀬、気をつけて」
「本当にありがとう。さやかさんによろしく」
颯真くんにあらためてお礼を言ってぺこりと頭を下げる。
「いや……むしろ俺の方こそありがとう。山瀬といたら、何か素の自分でいられて、すごく楽だった」
そう言って、少しはにかんだような笑みを浮かべる颯真くんは相変わらずイケメンだった。
「いや、自分は何も……」
電車の到着を告げる駅員のアナウンスが僕の言葉を遮る。
颯真くんが僕の背をそっと押して、早くホームに行くよう促した。
改札を通って振り向くと、颯真くんが手を振っていた。
僕も電車の到着ギリギリまで手を振り返してから、ホームに続く階段を駆け上り、そのまま電車に飛び乗った。
流れる車窓の景色をぼんやりと眺めながら、僕は颯真くんの家での一晩を思い返していた。
近くて遠い存在だった颯真くんの壮絶な過去。
学校では見せたことのない、颯真くんの素顔。
そして、その言動からひしひしと伝わってくる、彼のさやかさんへの思い。
(――颯真くんが誰からの告白も断っているのは、多分、そういうことなんだろうな)
来週からまた、颯真くんは僕にとって「近くて遠い」存在になるんだろう。
でもせめてこれからは、「おはよう」「バイバイ」を気軽に言い合える間柄でいたいなあ。
あくびを噛み殺しながら、僕はそんなことを考えていた。
◇◇◇
この時の僕はまだ知らない。
颯真くんが司法書士になって、遠くない将来、さやかさんと事務所を立ち上げたいと考えていることも。
彼が司法書士のうちの父親に弟子入り志願して、うちで勉強するようになることも。
流れで僕も一緒に勉強することになり、司法書士になって父親の事務所を継ぐことを真剣に考えるようになることも。
ご両親の死亡手続きをした日に、颯真くんがさやかさんにプロポーズをすることも。
僕が颯真くんの親友として、颯真くんとさやかさんの結婚式でスピーチをすることになることも。
スマホのメモアプリに書き残していたお話を加筆修正したものです。
初めて異世界もの以外を投稿しました。
起承転結がない、かといって純粋な日常系というわけでもない何とも中途半端なお話ですが、
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




