第0期「その記憶、お引き取りいたします」~伏木堂蒐集録~ 『はじまり、はじまり』
[第1期]の前の、序章です。
伏木一です。
職業?ええと、何というか、骨董商ですかね。
え?いや、ツボとかそういうのはちょっと……
鑑定とかよく分からないんで。すいませんね。
私は、モノには興味がないんですよ。
ーーうちが扱っているのは記憶でして。
そう、あなたの頭の中にある、それ。
それがうちの売り物なんです。
ねぇ旦那、
何かこう、古い日記とか、日誌とか、この家に残ってませんかね?
それとも何か、奇妙な体験談なんかあれば、ぜひ聞かせていただきたい。
え?日清戦争中に曾祖父が書いた日記がある?!
ちょ……ちょっとそれ、是非、見せてくれませんか?!
……いやはや、これはすごい。傑作だ。
ほとんど官能小説ですな……
えぇ?知らなかった?
読んだこと、なかったんですか?ずっと蔵の中に?!
なんて勿体無い!!
買い取ります!買い取らせてください、是が非でも。
いくらでも出します。
いやいやいやいや、困ります困ります。
持ってけ、だなんて言わないでくださいよ。
こんな貴重なモノがタダだなんて、そんなことはね、間違ってるんです。
いいですか?
ほんとに読む価値があるのはね、値札のついてる本じゃない。
こういった、お金にならない記憶なんです。
えぇ?矛盾してるって?
お金にならないものに、金を出すのは矛盾じゃないか……って、
そう言いたいんですか?
はは、まぁ、細かいことはいいじゃないですか。
お互い、損にならない話なんだし。
いやいやいやいや!!詐欺じゃないです。
ただの取引ですよ、民法にほら、あるでしょ?
売買契約ってやつ。
合法ですよ、合法。
えっと……それじゃ、こんなのはどうです?
今、欲しいものとか、なんかないですかねぇ?
それと交換ってのは、どうでしょう?
それだったら、お金のやり取りってことにはならないですよね。
ほうほう。
クマが来たら困るから、畑の端の柿の木をぜんぶ切って欲しい?なるほど。
えーっと……では、つまり樹木伐採工事と引き換え。
って事で、ひとつ、よろしいでしょうか?
ついでに蔵に欲しいものがあれば持ってけって……
そんな。さすがにそこまで無遠慮なことは……いいんですか?
おたくの蔵、あの立派なやつ。隅から隅まで、漁っても?!
……そうですか。
施設に、ですか。
確かに、息子さんたちにしてみれば、そうかもしれませんねぇ。
すると、あの畑は?
……誰も?
それじゃこの家も、蔵も?
……そう、ですか。
また一つ、記録がなくなってしまうんですね。
ここにこんな立派な古民家があったことも。
みんなで収穫の喜びを分かち合ったことも。
囲炉裏で魚を焼いた、あの香ばしさも。
こんなささやかな暮らしが、代々守られてきたことも……
お茶、ありがとうございました。
日記、確かにお引き取りいたします。
一応、こいつが契約書ってやつでして……
工事完了後に、日記引き渡し、と。
それで、ひとつ。
はい。お願いします。
……ありがとうございます。
では、詳細はまたご連絡します。
あ、日記、ちゃんとそのまま保管しておいてくださいよ。
それじゃ、今日はこのへんで。
ごきげんよう。
また、来ます。




