誰かと食べる、昼休み~デリサンド~
昼休みの鐘が鳴ると、校舎の中の空気が、一斉にゆるむ。
張りつめていたものが、ほどける音がするみたいに。
廊下は足音で満ちて、笑い声が跳ねる。
扉が開く音と閉まる音。たくさんの人の気配。
どこにいても落ち着かない。
だから僕は、外に出る。
中庭は、思ったより広い。
中央は人が集まるけれど、端のほうはいつも空いている。
植え込みの陰に、少し古いベンチがある。
誰かと約束をして座る場所じゃない。むしろ、約束をしなくていい場所だ。
昼は、いつも一人で食べる。
誰かと一緒に、という発想自体がなかった。
誰かと食べるには、時間を合わせて、場所を決めて、会話を考えなければならない。
それが、少し面倒で。
だから、こうして一人でいる。
ベンチに腰を下ろして、紙包みを膝の上に置く。
中身は、細長いパン。
朝、食堂の厨房を借りて作ったものだ。厨房を使えるのは寮生の特権だ。
焼いた肉に、少し甘みのあるソース。
野菜は刻んで、噛んだときに零れないようにしてある。
紙で巻くのも、自分なりに工夫している。
包みを開いたとき、風が吹いた。
木の葉が風に擦れて揺れ、枝の隙間から光がこぼれる。
その中を、小さな影が舞い落ちていく。
気に留めることもなく、パンを持ち上げる。
口に運ぼうとしたところで、足音が、すぐ近くで止まった。
「おい」
「俺だ」
思ったより近い声に、顔を上げる。
「カイルさん?」
木の影から、背の高い影が一つ。
昼の光の中でも、彼は少しだけ周囲と浮いて見える。
「……ここ、静かだな」
「うん」
それだけで、会話は終わると思った。
そのまま行ってしまうものだと、何となく。
でも、通り過ぎる途中で、ふっと動きを止める。
次の瞬間、気配が近づいた。
僕のすぐ横。
近すぎる距離。
何も言わずに、手が伸びる。
指先が、僕の肩に触れた。
一瞬、時間が止まる。
払う、というより、すくうような動きだった。
肩口に乗っていた小さな花びらを、指で挟んで持ち上げる。
白に近い、薄い色。
風に乗って落ちてきたらしい。
彼はそれを見下ろして、少しだけ眉を動かした。
何も言わない。
そのまま指を離すと、花びらは地面に落ちた。
触れたのは一瞬なのに、そこだけ空気が変わった気がした。
彼は何事もなかったように、ベンチの端に腰を下ろす。
僕との間に、拳ひとつ分くらいの距離を残して。
「……今日は、ここか」
「…うん?そうだね、いい場所でお気に入りのひとつ」
包みを持ち直して、今度こそ一口かじる。
噛んだ音が、思ったより大きく聞こえた。
隣を見ると、彼は空のままの手を膝に置いている。
「もしかして、お昼、持ってない?」
「ない」
即答だった。
もう一つの包みを見る。
自分は他の人よりよく食べるほうだ。
少し迷ってから、差し出す。
「これ、余ってるから」
カイルさんは、すぐには受け取らなかった。
「……いいのか、お前のだろう?」
「大丈夫」
「自分で作ったのか?」
「そう、僕の手作りサンド。どうぞ、めしあがれ。味の感想とか教えてよ」
カイルさんは受け取って、紙をほどく。
指が大きいから、動きは不器用に見えるけれど、乱暴さはない。
パンを見て、一度だけ目を細めた。
一口目。
噛んで、少し間が空く。
飲み込んでから、低く言う。
「……肉が、ちゃんと主張するな」
「そう?焼きすぎないようにした」
「ソース、甘い」
「入れすぎたかな?くどい?」
「いや、俺の好みだ」
「覚えておくね」
会話は短い。
でも、不思議と途切れない。
もう一口食べて、今度はほんの少しだけ口角を上げた。
「……問題ない」
「なら良かった」
「うまい」
褒められること自体は、珍しくない。
それを聞いて、胸の奥が、静かにあたたまる。
並んで食べる。
風が吹くたびに、木の葉が揺れる。
遠くから、誰かの笑い声。ここまでは届かない。
不思議と、落ち着かなかった。
食べる速度を合わせる必要もないし、話題を探す必要もない。
それでも、意識だけが隣に向く。
彼がサンドを噛むたび、紙が少し鳴る。
それが、やけに気になった。
食べ終わって、包みをたたむ。
指先に残る、紙の感触。
カイルさんが立ち上がる気配がして、
それで終わりだと思った。
けれど、彼はすぐには動かない。
ほんの少しの間のあと、低く言う。
「……見つけるのに、時間かかった」
何を、という言葉が浮かぶ前に、
「?」
とだけ、声が出る。
「いや……じゃあ」
それだけで、話は切り上げられた。
彼は何も言わず、来たときと同じように歩いていく。
その背中を、目で追うことしかできなかった。
ベンチに残るのは、静けさと、さっきまで隣にあった体温。
隣の席が、少し広く感じた。
さっきまでそこにあった気配だけが、形を失って残っている。
ベンチから立ち上がり、紙包みを鞄にしまいながら、ふと思う。
――今日は、一人で食べた昼じゃなかった。
そう気づいた途端、胸の奥がわずかにざわついた。
理由は、うまく言葉にできない。
いつもは、昼休みはやけに長い。
食べ終わっても、まだ時間が余っていることのほうが多い。
けれど今日は、気づいたときには、もう終わりが近かった。
カイルは頑張りました。
葉月百合




