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家政魔術部の平常運転~ビスケットケーキ~



 放課後の家政魔術部室は、昼間とは少し違う表情をしている。

 窓から差し込む光は角度が低く、床に長い影を落としていた。

 春と呼ぶには、今日は少し空気が冷たい。


 今日も、三人は揃っていた。


 作業台の上には、材料がいくつか並んでいる。

 ビスケット、砂糖、バター、ミルク。

 焼き菓子ではない。今日は冷やして固めるタイプの菓子だ。


「……あ」


 調理台の端で、レリーナさんが小さく声を上げた。

 次の瞬間、白い粉がふわりと舞う。


「やっ……!」


 床に落ちた粉砂糖は、夕方の光を受けてぼんやりと広がった。

  

「あーーー申し訳ございませんっ」


「大丈夫だよ」


 カイルさんは短く息を吐く。


「……掃除すればいい」


 そう言って、特に気にした様子もなくカイルさんは掃除道具を取りに行こうとする。

 その瞬間だった。


「ま、待ってくださいっ」


 レリーナさんの声が、やけに切迫していた。


「……?」


 カイルさんが足を止める。


「い、いえ、その……!」


 言葉が続かない。

 視線が泳ぎ、指先だけが落ち着きなく動く。


「そ、その……床、冷たいですし……」

「制服も、汚れますし……!」


 理由としては弱い。

 本人もそれは分かっているようで、語尾が小さくなった。


「別に」


 カイルさんは気にする様子もなく、しゃがみ込もうとする。


「だ、だめです!」


 反射的に、レリーナさんは一歩踏み出していた。


「……?」


「カイル、せ、せ、先輩!」


 間の抜けた声が落ちる。

 自分が何をしたのか気づいた瞬間、レリーナさんははっとして手を引っ込める。


「あっ……す、すみません!」

「その……癖で……!」


 レリーナさんの顔が一気に赤くなる。


「……今日、変だぞ」


 カイルさんの指摘は淡々としている。


「そ、そんなこと……!」


 否定しながらも、明らかに説得力がない。


「とにかく、わ、私がやりますから……!カイル先輩は……」


 慌てて箒を取るが――


「あっ――」


 足元が滑った。

 さっき集めかけていた粉を、見事に蹴散らす。

 白い粉が、さっきより広く舞った。

 部室が、一瞬しんと静まる。


「……だから、動くなって」


 カイルさんの声は低いが、怒ってはいない。


「う……」


「大丈夫?レリーナさん?」


 レリーナさんはその場で固まった。

 結局、僕が生活魔法を使うことになった。


「《吸着・微》」

 

 床に広がった粉が、ゆっくりと一点に集まっていく。


「……魔法って、すごいですね……」


 レリーナさんがぽつりと呟く。


「基礎だよ」


「私、基礎でつまずいてます……」


 反論できない。

 掃除が終わり、ようやく調理に戻る。


「今日は焼かないお菓子にします。失敗しにくいから」


「……本当ですか?」


 疑いの混じった目。

 僕は彼女の目を見て頷いた。


「混ぜて、冷やすだけ」


「……がんばります」


 その言い方が、すでに少し不安だ。

 まずはビスケットを砕く。


「袋、押さえる……」


 カイルさんが短く言い、手を添える。


「じゃあレリーナさん、軽く叩いて」


「はい!」


――力が強すぎた!!


 袋の端が裂け、ビスケットが転がる。


「……あ」


「……次は、弱くかな?」


「はい……!」


 うん、弱くしすぎている。


「……弱いですよね?えいっ!」


 調整しようとして、反対側がまた破れる。


「…………」


「…………」


「…………」


 沈黙。


「す、すみません……!」


「逆に才能だな」


 カイルさんの言葉は淡々としていた。

 結局、砕く工程は生活魔法で済ませた。


「《粉砕・弱》」


 均一なクラムができあがる。

 次は混ぜる工程。

 溶かしたバターを入れる瞬間――レリーナさんが勢いよくボウルを引き寄せる。

 肘が当たり、バターが流れ出した。


「……あ」


 反射的に、カイルさんが受け止める。


「……熱っ」


「だ、大丈夫ですか!?」


「平気」


 すぐに手を引っ込める。

 レリーナさんは彼の手を冷やすため、蛇口を全開にし、さらに慌てて閉めて止まらなくなり、最終的に僕が調整する。


「今日は、全部ゆっくりでいいよ」


 僕がそう言うと、レリーナさんは小さく頷いた。


「……はい」


 それからは、比較的落ち着いて進んだ。

 スプーンを落としかけたり、ボウルを回しすぎたりはしたが、致命的ではない。

 冷蔵庫に入れ、片付けをする。


「今日は、色々あったね」


「……全部、私です」


 即答だった。僕は少し笑ってしまう。


「レリーナさん、自覚はあるんだ」


「あります……!」


 しばらくして、完成。

 三人で一口ずつ食べる。


「……おいしいです」


 彼女の顔が、ようやく完全に緩む。


「いや、普通だな」


 カイルさんはそう言いながら、もう一口取った。


「普通が一番」


 そう返すと、


「それは、先輩達の基準です!ウィン先輩まで!」


 レリーナさんが少しだけむくれる。

 けれど、その表情は楽しそうだった。

 窓の外は、すっかり夕暮れ。

 少しだけ冷たい風が、ガラスを鳴らす。


「明日も、いらっしゃいますよね?」


 レリーナさんが確認するように言う。


「うん」


「……ああ」


 僕も彼も、返事は自然だった。

 失敗ばかりで、事件も多い。

 それでも笑って終われる。


 家政魔術部の放課後は、今日もちゃんと部活だった。

――たぶん、明日も同じように。




 まだまだ初々しい距離感。いつも一人で過ごしていたことを思うとウィン良かったね、です。


 葉月百合

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