文化祭の準備と、贈り物~街角の小さなカフェ~①
ある日の休日。
まだ初夏には少し早いが、緑は光を受けて輝いていた。
文化祭に向けて、家政魔術部ではお菓子や小物の準備が本格化しており、僕はレリーナさんとともに街へ材料の買い出しに出ることになった。
お菓子の材料と、刺繍用の糸や図案集を揃えるため、僕とレリーナさんは街の中心へ向かう。
部費の制約もあるので、計画的に買い物を進めなければならない。
「ウィン先輩、文化祭はどのようなお菓子作るんですか?」
「クッキーとカップケーキ、それに小さなマカロン。それから飾り用の小物かな」
「結構いろいろ作られるんですね」
レリーナさんが小さく目を輝かせて、控えめに微笑んだ。
「わぁ……楽しみです。先輩の作るお菓子って、どれもきっと可愛くて美味しいんでしょうね」
胸の前で手をそっと組み、少し身を乗り出すようにして僕の話を聞いている。
その仕草を見て、自然に僕も少し嬉しくなった。
「ウィン先輩、ここのお店の卵、新鮮そうですね」
レリーナさんが指差す先には、朝採れたばかりの卵が木箱に並べられている。
「うん、ここにしよう」
僕は店主に必要な個数と配達の予約をする。
僕たちは石畳の小径を抜け、少し繁華街に入った。
路地を曲がると、パン屋の香ばしい匂い、花屋の草花の香り、遠くのカフェから漂うコーヒーとお菓子の甘い香りが入り混じり、街全体が生き生きとしているように感じられた。
「おい」
突然、背後から低く落ち着いたよく知っている声が聞こえた
振り返ると、長めのコートとサングラス、そして髪色を茶色に染めたカイルさんがいた。
「……カイルさん?」
思わず声が漏れる。買い出しには行けないと言っていた彼と、こんな場所で会うとは予想していなかった。
「予定が変わった」
カイルさんはそう言うと、少し視線を逸らして手で髪をかき上げた。
普段の落ち着いた彼からは想像できない、ほんのわずかな仕草。
「……あの、どうしてここに?」
サングラスの奥で目を細め、口元をわずかに緩める。普段の冷静な雰囲気とは違い、照れを隠せない様子がちらりと見えた。
「いや……ちょっと用事があった」
言葉は短いけれど、声にはいつもより柔らかさが混ざっていた。
カイルさんが腕を組み直し、再び髪をかき上げる。無意識なのか、少し落ち着かない様子も見える。
「そうだったんですか……」
こんなふうに、いつもと違うカイルさんを見るのは初めてで、少し不思議な気持ちになった。
三人で街を歩きながら、まずはお菓子の材料を揃える。小麦粉、砂糖、バター、チョコレート……。
レリーナさんと相談しながら、一つひとつ手に取り、品質や量を確認していく。
「ウィン先輩、ここのバターも香りがいいですよ」
「うん、じゃあこれにしよう。あのお店でチョコレートも見てみよう」
素材に触れ、香りを嗅ぎ、色や艶を確かめる。
カイルさんは僕たちの後ろで、肩を少しすくめながら黙って歩いている。
「チョコはビター寄りのやつがいい」
ぶっきらぼうな声がする。ちらりと視線を送ると、彼はすぐに顔を背けた。
「なるほど……じゃあ、両方買います」
「……」
「そうですね!いいですね!」
レリーナさんははしゃぎながら笑って頷く。
次に向かうのは手芸店だ。
文化祭で販売する小物のため、刺繍糸を揃える必要があった。
店内の棚には色とりどりの糸が並び、選ぶ楽しさがあった。
「この瑠璃色、いいかも」
「はい、きれいです!」
二人で色を比べながら、どの色が小物に合うか相談する。
レリーナさんは糸を手に取り、指先で軽く触れて光沢を確かめる。
僕も隣で同じように糸を手に取り、どれが合うか迷う。
カイルさんは少し離れた位置から腕を組み、落ち着いた表情で僕たちを見守っていた。
髪を軽く撫で直したり、サングラスを整えたりするくらいで、いつもの穏やかさに戻っている。
「これはどうだ?」
ぶっきらぼうに聞こえる言葉の裏には、普段通りの冷静さがあった。
「うん、すごくいい。ありがとう」
「べつに……」
彼の手が選んだ糸に触れる距離はわずかだが、その低く落ち着いた声に胸がざわつく。
普段通りのカイルさんが、隣でこうして関わってくれるのが自然に嬉しかった。
僕は視線を少し逸らしながら、でも無意識にカイルさんの動きを追っていた。
レリーナさんが微笑むのを見て、三人の距離感にほんの少し安心する。
買い物の合間、僕はふと一年前の文化祭の準備を思い出す。
クロード部長は相変わらず気まぐれな人で、ほとんど一人で作業していたときには感じなかった楽しさが、こうして誰かと一緒に過ごすことで増していく。
肩越しの視線、互いに話す笑い声、さりげない手の触れ合い……。
「ウィン先輩、次はどの色にしますか?」
レリーナさんが尋ねる。僕は迷いながらも糸を手に取り、カイルさんと相談して決める。
「…これがいい」
「なるほど、じゃあこれにしよう」
選ぶ楽しさと、肩越しの温もり。三人で過ごす時間は、静かに心を満たしていった。
今回は三人でお外です。
お話続きます。
葉月百合




