地雷系の頂(いただき)を目指す先輩 -先行研究の調査-
催眠をかけられた直後、先輩が最初にとった行動は、私への抱擁でも愛の告白でもなく、検索エンジンへのダイブだった。
「なるほど、粗方理解したわ。SNSにおける『地雷系』のハッシュタグ分析を行ったわ。Instagram、X(旧Twitter)、TikTokにおける頻出ワードを抽出。……ふむ、なるほど。『ぴえん』『好きピ』『クロミ』『厚底』『病み』……。さらに、精神医学的アプローチからも考察が必要ね。愛着障害、境界性パーソナリティ障害、あるいはそれらを『ファッション』として記号化したサブカルチャー的背景……」
カチカチカチカチ、と凄まじい速度でマウスをクリックする音が部室に響く。
「……先輩? あの、地雷系っていうのは、もっとこう、情緒不安定に私に縋り付いたり『死ぬ』って言ったりするような……」
「静かにしてちょうだい。今、精神医学的知見から見た『境界性パーソナリティ障害』の模倣的表出における、ファッションによるアイデンティティ補完の有効性についての論文を三本読み終えたわ」
「論文読まないで! もっとこう、ふわっとした、ノリでいいんです!」
「ノリ? ちょっとわからないわね。私は何事も全力で取り組む主義よ。あなたが私に『地雷系』を求めたのなら、私は日本で、いえ世界で最も純度の高い地雷系女子にならなければならない。それが、あなたへの愛の証明でしょう? ナギサちゃん、あなたの好みの傾向を定量化するために、あとでアンケートに答えてちょうだい。設問数は二千五百項目くらいあれば十分かしら?」
「多いよ! 試験勉強かよ! 愛が重いっていうか、データが重い!」
ナオ先輩は真剣そのものだった。
その瞳は、インターハイの決勝直前と同じ、鋭く透き通った「求道者」の輝きを放っている。
「ナギサちゃん、いいかしら?私は最短ルートで『地雷系』になるわ。これはトレーニングよ。まずは、SNSにおける『病み垢』の運用。一分間に三回、意味深なポエムを投稿するための親指のタイピング速度向上訓練。そして、不眠不休であなたの連絡を待つための、自律神経の意図的な攪乱……」
「やめて! 先輩の健康がマッハで死ぬ! 努力の方向がラブラブを通り越して、もはやアスリートの強化合宿になってるんですよ!」
「甘いわ、ナギサ。あなたは私に『目指せ』と言った。ならば、私はその頂を極めなければならない。地雷の、エベレストになるわ」
「地雷のエベレストって何!? 踏んだら世界が滅ぶんですか!?」
「当然でしょう。エベレストは登るのも困難だけれども、下りるのはさらに困難だというわ。一度私という地雷を踏んだが最後、ナギサちゃん、あなたは二度と日常という名の平地には戻れなくなるわよ」
「ちょっとツッコミが追い付かなくなるボケをかますのやめてください!」
「ボケではないわよ? でもそうこうしている間に、主要なECサイトでの売れ筋ランキングを把握したわ。次は、外装の構築ね。ナギサちゃん、今すぐ原宿へ行くわよ。私の脚力なら、ここから駅まで二分以内よ」
「全力疾走で原宿に行かないで! 地雷系女子は全力疾走しません!」




