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脱獄

「ここから出られそうですか」


 そう問いかけるケビンに、ミアは余裕の笑みを見せる。


「伊達に五年、聖女をやってないわ」

「ですよね」


 ケビンもふっと笑う。空気が全て入れ替わったかのように、軽くなっていた。



 深呼吸をして、ミアは目を閉じた。そして、心の中で精霊たちに呼びかける。しばらくすると、胸の奥がじんわりと温かくなっていくような感覚が広がっていった。


(――来た)


 ミアはゆっくり目を開ける。すると、ぼんやりと光る小さな球体がミアの周りを漂っていた。精霊だ。ミアの呼びかけに応えて姿を現したのだ。


 精霊は二体漂っている。一体は夕焼け空のような濃い橙色の光を発していて、もう一体は深い湖を思わせる静かな青い光を発していた。


(火の精霊と水の精霊だわ)


 精霊は火、水、草木、土、光、風……と自然の中にあるあらゆるものに宿っている。五年間精霊と関わってきたミアも、全ての精霊に会ったことはない。それだけ、この世界を司る精霊が存在するのだ。


 火の精霊と水の精霊には何度も会っているから、すぐにわかったのだった。



 二体の精霊たちはふわふわと漂い、牢屋の格子に近づいていく。火の精霊が格子の周りをぐるぐると回り始める。途端、一気に周囲の温度が上がった。どうやら、格子がものすごい熱を帯びているようだ。ミアは思わず後ずさりする。ケビンも飛び跳ねるように格子から離れた。こんな暑さは経験したことがない。肌の表面から、汗が玉のように吹き出てくる。


「何事です!?」

「精霊の力よ。とにかく今は、格子に近づかないで」


 何が何だかわからないといった様子のケビンに、ミアはそう声をかける。格子はみるみるうちに赤くなり、明るい黄色の光を発し始めた。そして、光の色が白に変化した刹那、溶けてドロドロになった格子が床に流れ出した。


「なんと……」


 ケビンは原型が無くなった格子を見て目を丸くしている。その間にも、今度は水の精霊が宙を舞い、仄かな光を発した。じゅう、という音を鳴らしながら格子が煙を上げる。少し近づいてみると、格子の温度はだいぶ下がっているようだった。



(いける……!)


 ミアは格子が溶けてできた穴から外に出る。それを見届けたのだろうか。気が付くと、精霊たちは姿を消していた。ミアはそっと、心の中で彼らに感謝を伝えた。


「さあ。行きましょう」


 ケビンの言葉に、ミアは深く頷いた。



 ミアはケビンと共に、牢獄の廊下を走る。とにかくまずは、城の敷地内から出たい。できるだけ音を立てぬよう、慎重に進む。投獄された時は混乱していて気付かなかったが、牢屋まではいくつも階段がある。さっきまで、随分と地下にいたのだとわかった。


「それにしても、皆あなたをだいぶ見くびっているようですね」


 ケビンに言われ、ミアはルークの言葉を思い出す。


「ルーク殿下は、私が偽物聖女だから警備はいらないって」


 彼の憎たらしい顔が脳裏に浮かんできて、ミアは無意識に苦笑いをしてた。


「私に人手を割くのはもったいないらしいわ」

「そんな……」


 ケビンが悲しそうな顔で黙ってしまう。彼に気を許して卑屈なことを言ってしまったから、困らせてしまったのだろうか。ミアが申し訳なく思っていると、ケビンは声を震わせながら言った。


「まさかそんな、ルーク殿下が馬鹿だったなんて」


 あまりにはっきり言うケビンに、ミアはたまらず吹き出してしまう。彼のおかげで、苛立ちが薄まり気分爽快だ。突然笑い出したミアに釣られたのか、ケビンもくすくすと笑っている。


 脱獄中だと忘れそうなほど和やかな雰囲気で、ミアたちは牢獄の出口を目指した。


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