裏切り
「全部仕組んだって……。嘘よね?」
一縷の望みを賭けて、ミアは尋ねる。そんな気持ちを踏みにじるように、アンヌは楽しそうに声を弾ませた。
「まだ現実を受け入れられないの?」
アンヌはミアを嘲笑う。ミアはようやく、親友に裏切られたのだと悟った。
「アンヌがルーク殿下を?」
「ええ。毒を盛ったの。死なない程度にね」
アンヌはどこか誇らしげに自分の行いを語る。
「ルーク殿下はいつも午後にお茶を飲むでしょう? それを狙ったの」
ルークが仕事の合間にお茶と菓子を口にすることは誰もが知っている。アンヌは彼の習慣を利用して犯行に及んだのだ。
「殿下が部屋を出た隙に、お茶に毒を入れておいて、しばらくしてからまた部屋に行ったの。そして倒れているルーク殿下の第一発見者になったってわけ」
アンヌはケラケラと甲高い声で笑いながら、牢屋の格子ギリギリまで近付いてくる。ミアの顔を覗き込みながら、アンヌは言う。
「ここからが愉快だったわぁ。私、皆の前でこう言ってやったのよ!」
アンヌはにやりと笑う。
「……『毒を入れたのはミアです。さっき、部屋から出てくるのを見ました』って」
「でも、そんな証言だけじゃ証拠にならないわ! きっとすぐに真相が明らかになるはずよ!」
ミアは何とか言い返す。でも、アンヌは余裕な様子でこう言った。
「もちろん、証拠も用意したわ。最近、身の回りで無くなったものはない?」
ミアは記憶を辿り、はっとする。
「髪飾り……」
何日か前から、普段使いしている髪飾りの一つを無くしていた。ミアが手作りしたものだ。ミアは休憩時間は基本、手芸をして過ごす。それくらいしかやることがなかったし、無心になれるからだ。作った小物やらアクセサリーやらはまとめて聖堂の一角にある自分の部屋に保管している。そのことはアンヌも知っているはずだ。
「まさか、盗んだ髪飾りを現場に?」
「正解!」
アンヌは小さく拍手をする。そして「ミアの持ち物が現場に落ちているんだから、これで物的証拠は完璧でしょう?」と笑う。
「それに、私以外にもミアを目撃したって証言してる人は何人もいるわ。この状況でミアを信じる人はいるかしら?」
アンヌは得意げに言う。証言者は使用人にお金でも握らせて用意したのだろう。
(厄介なことになったわ)
ミアは青ざめる。アンヌの偽装工作はかなり単純だ。ミアが犯人であると示す証拠が揃い過ぎていて不自然だし、買収した使用人が口を滑らせる可能性もある。だけど、被害に遭ったのは第一王子のルークだ。国中に一刻も早く犯人を処刑しなければならないという雰囲気が漂っていることだろう。そんな状態で、犯人としか思えない人間がいたらどうなるか。多少あやふやな点があったとしても、疑わしい人間がいれば見せしめのために処刑してしまうことも十分考えられる。そして、犯人が処刑されてしまえば誰も事件のことは調べないだろう。万が一真犯人が見つかれば、捜査担当者や裁判官も処分の対象になってしまうからだ。つまり、処刑が終われば事件が終わったも同然なのだ。
アンヌはそこまで考えて事件を起こしたに違いない。
「ずっと、目障りだった……! 私の方が努力してるのに、ミアはたまたま精霊に選ばれただけで〝聖女さま〟なんだもの」
アンヌはミアを指差しながら「私は不公平を正したのよ……!」と笑いながら言う。その言葉でようやく、ミアはアンヌの犯行動機を理解した。アンヌの狙いはルークじゃない。ミアだ。ただ、ミアを陥れ、排除したかっただけなのだ。
「私はアンヌのこと、大好きだった。親友だって思ってた」
ミアはぽつりと呟く。それを聞いたアンヌはふっと鼻で笑った。
「私は出会った時から大嫌いだったわ。いつか陥れようと思って友達ごっこしてただけ。ミアってば、本当におめでたいわね」
どうして彼女のことを親友だと思っていたのだろう。アンヌの本質を見抜けなかったことが悔やまれてならない。ミアはぎゅっと唇を噛み締める。鉄に似た味が口の中にほのかに広がる。
そんなミアを見て、アンヌは面白くてたまらないといった様子だ。
怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった黒い感情が広がっていく。その時、微かにこちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。




