精霊(sideテオドール)
テオドールは城内の使用人を全て集め、広間に立った。
「最後に、ミアを見たのはいつだ。どこでだ」
問いかけに、使用人たちは顔を見合わせるばかりで、明確な答えは出てこない。
「今朝、廊下で……」「昼前までは確かに……」と、断片的な証言ばかりが重なり、ミアの行方を示す決定打にはならなかった。
沈黙が重く垂れ込める中、一人、震える声が上がった。
「……あ、あの……」
リーナだった。両手を強く握りしめ、唇を噛みしめている。
「もしかしたら……森で、攫われたのかもしれません」
一斉に視線が彼女へ向く。リーナは涙を浮かべながら、必死に言葉を紡いだ。
「昨日……皆で話していた時に、森の木が魔獣に食い荒らされて元気がない、って話題が出て……。それで私……聖女さまに、『どうにかできませんか』って……」
声が震え、そこで一度、言葉が途切れる。
「そしたら……聖女さまは、森で祈りを捧げるって……言ってくださって……」
ついにリーナは泣き崩れた。隣にいたノルンが、そっと肩を抱いている。
「私が……私が、余計なことを言ったせいで……。聖女さま、一人で森に……」
嗚咽混じりの声が続く。
「森は、人目がないのに……。森に行かなければ、一人にならなければ……こんなこと、起きなかったかもしれないのに……」
「違う」
テオドールは、はっきりと言った。
膝を折り、泣きじゃくるリーナと視線を合わせる。
「君のせいじゃない。誰も悪くない」
そして、静かだが強い声で続ける。
「大丈夫だ。俺が――必ず、ミアを助ける」
その言葉に、リーナは声を上げて泣いた。
(……森か)
立ち上がったテオドールの胸に、焦燥が広がる。
森は広く、見通しも悪い。声を上げても届かず、人目もない。
もし無理やり馬車に乗せられていたなら――もう、相当な距離を移動しているはずだ。
(ミア……)
テオドールは、知らず拳を握りしめていた。
(どうか……無事でいてくれ)
その瞬間だった。
視界が、突然、白く染まった。
「……っ、なんだ?」
眩しさに思わず目を細める。だが、周囲からはどよめきも悲鳴も上がらない。
「殿下、どうされました?」
心配そうに使用人が声をかける。
「今……強い光が見えなかったか?」
「いえ……私たちには、何も……」
困惑する声。
テオドールの胸に、得体の知れない不安が広がる。
やがて光はゆっくりと弱まり――そこに、それは現れた。
宙に浮かぶ、羽の生えた小さな人間のようなもの。
「……っ!!!」
思わず大声を上げ、後ずさる。
羽の生えた不思議な小人は驚いた様子もなく、くるりと宙で回り、テオドールに向かって小さな手で招いた。
「……付いてこい、ってことか?」
試すように問いかけると、小人は黙って頷いた。
周囲はざわついている。テオドールがひとりで何かに話しかけているようにしか見えないのだろう。
だが、今は気にしていられない。
「お前……精霊か?」
小人は深く頷く。テオドールは息をのみ、続ける。
「ミアの居場所を、知っているんだな?」
再び、頷き。
次の瞬間、小人――精霊は勢いよく飛び立った。
「待て!」
テオドールは即座に後を追う。町を抜け、森へ入り、ひたすら走る。
どれほど走ったかわからない。背後から聞こえていた仲間の兵士たちの足音は、いつの間にか途切れていた。皆、付いてこられなくなったのだろう。
精霊の速さは、人の限界を超えていた。
呼吸は荒れ、喉は焼けるように痛む。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。
やがて――視界が開けた。
森の奥に、ひっそりと佇む小さな小屋。
その周囲を、ずらりと取り囲むヴィエール王国の兵士たち。
漂う、異様な緊張感。
精霊は空中で静止し、小屋を指差した。
「……ここに、ミアがいるんだな」
答える代わりに、精霊の姿は徐々に薄れ――やがて、跡形もなく消えた。
「……ありがとう」
テオドールは、誰もいない空へ深く頭を下げた。
次の瞬間、テオドールは走り出した。
見張りの兵士たちを次々となぎ倒し、悲鳴と怒号が森に響く。もうすぐで、あの小屋に飛び込める。そう思い、更に走るスピードを上げた。
だが、その時――。
「止まれ!」
一人の兵士が、懐から銃を取り出し、テオドールに向けた。周りにいる兵士たちから、ざわめきが起きる。その場にいる全員が、黒々と光る銃口に釘付けになっていた。
彼の指は引き金にかけられている。テオドールの背中に、冷たい汗が伝った。
一瞬の静寂。
テオドールは、歯を食いしばり、構えを取る。
(ミア……必ず、助ける)
緊張が、限界まで張り詰めていた。




