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決意(sideテオドール)

 その少し後。



 城門の前に現れた一人の男は、ヴィエール王国の紋章を掲げ、静かに言った。


「ヴィエール王国第一王子・ルーク殿下より、コール王国国王陛下へ書簡を預かっております。お取次ぎ願いたい」


 その言葉に、応対していた使用人の脳に衝撃が走る。


 国王への直接の書簡。それがただ事でないことは、城に仕える者なら誰もが理解していた。


 使用人はすぐさま王の元へと駆け、事の次第を伝える。報告を受けた国王は、わずかに眉をひそめた。


(……ミアの件かもしれぬな)


 ヴィエール王国の聖女だったミアを、コール王国に留めてしまっていることは以前から気になっていた。テオドールから、ミアが帰れない事情は聞いている。だからコール王国としてもミアをヴィエール王国から守るつもりだ。しかし、聖女が不在となると、ヴィエール王国に悪い影響が出てしまうのでは、という不安は少なからずあった。あちらの国民に罪はない。コール王国が長年苦しんできたからこそ、知らんふりはしたくなかった。


 落ち着いたところで、ヴィエール王国と今後の聖女の在り方について話そう。そう考えてはいたが、まさか王子から直接接触があるとは。


 国王は落ち着かぬ気持ちを抱えながら、席を立った。



 ほどなくして、応接間には国王を中心に王族たちが集められ、件の使者が呼び入れられる。男は恭しく一礼し、封のされた手紙を皆の前で開いた。そして、良く通る声で読み上げる。



〈コール王国国王陛下。


 現在そちらにいる聖女・ミアを、速やかにヴィエール王国へ返還していただきたい。


 聖女不在の我が国は荒れ果て、国民は苦しんでいる。この現状を知れば、聖女自身も胸を痛めるはずだ。彼女のためにも、早急に最善の判断を求める。


 また、貴国が聖女を囲っていた期間において、ヴィエール王国は多大な損失を被った。


  復興に必要な資金については、貴国より賠償していただく。

                             以上。


               ヴィエール王国第一王子・ルーク〉


「……これは、あまりにも一方的ではないか」


 思わず漏れた国王の言葉は、怒りに震えていた。


ミアがヴィエール王国でどのような扱いを受けていたかを、コール王国の民は知っている。聖女として祭り上げられながら、意思も尊厳も顧みられなかったことを。


 他の王族たちも表情に憤りを滲ませている。ミアがコール王国にもたらした恩恵を、近くで見てきた者たちだ。この要求を受け入れられるはずがない。テオドールは唇を噛み締め、拳を強く握った。



「この書簡の内容を、我々が受け入れることはない」


 国王ははっきりと告げた。


「その旨を、君の主に伝えなさい」


 使者は一瞬、黙り込む。その後、薄っすらと気味の悪い笑みを浮かべた。


「……本当に、そう言い切れますかな」


 その声音に、空気がぴんと張り詰める。


「今の状況で、あなた方に選択肢があるとは思えませんが」


 その瞬間、テオドールの脳裏に、嫌な疑念が走った。


「……そういえば、ミアはどこにいる?」


 その問いに、誰も即答できなかった。


 王族たちは顔を見合わせ、そして初めて気づく。


 ――今日、誰一人として、ミアの姿を見ていない。



 ざわり、と応接間がざわめく。


「祈りさえ捧げられれば」


 使者は、愉快そうに口角を上げた。


「聖女が五体満足でいる必要はありませんからね。……そちらの出方次第では、どうなるか」


 その言葉は、はっきりとした脅しだった。


「では、私はこれで失礼いたします」


 男は軽く一礼し、踵を返す。


「ああ、私を尾行しても無駄ですよ。ここから先は、殿下とは別行動を取るよう命じられておりますので」


 そう言い残し、使者は城を後にした。



「念のためだ。あいつを尾行しろ」


 テオドールは兵士に命じるが、心のどこかで悟っていた。


 ――あの男から、ミアの居場所は辿れない。


(まずい……)


 テオドールは頭を抱え、強く歯を食いしばる。


 ミアの身に、すでに何かが起きている可能性すら否定できなかった。


「私が探しに行きます」


 そう申し出たテオドールを、国王は真剣な眼差しで見つめ、ゆっくりと頷いた。


「我々は、できる限りの資金を集めよう。ミアの安全が、何よりも優先だ」


 そして、苦々しく続ける。


「だが、この国は決して豊かではない。ヴィエール王国が満足する額を用意できる保証はない……テオドール、頼んだぞ」

「はい、父上」


 深く頭を下げたテオドールは、応接間を後にする。


 胸に渦巻くのは、焦燥と怒り、そして――必ずミアを救い出すという、強い決意だった。


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