監禁
薄暗い匂いが、最初に鼻を突いた。湿った木と土が混じったような、不快な匂い。
ミアはゆっくりと瞼を開き、粗雑に組まれた天井を見上げた。体を起こそうとして、手足が動かないことに気付く。どうやら、縛られているらしい。喉がひりつき、頭が鈍く痛んだ。
――ここは、どこ?
視線を巡らせた時、頭の上から声が聞こえてきた。
「目が覚めたかい、ミア」
無造作に椅子へ腰掛けているルーク。その隣には、怯えたように肩をすぼめたアンヌの姿があった。
「……どういう、こと?」
声はかすれ、情けないほど弱々しかった。ルークは感情のこもらない目でミアを見下ろし、淡々と告げる。
「コール王国と話が付いたら、君にはヴィエール王国へ帰ってもらう。悪いけど、そのまま幽閉だ。アンヌの馬鹿がやらかしたことを、向こうに知られるわけにはいかないからね」
心臓が、どくりと音を立てた。
「表向き、ミアは死んだことにする。その代わり、毎月君の母親に金貨を渡そう。それが僕なりの誠意だ」
あまりに一方的な宣告に、ミアは歯を噛みしめる。
「……そんなの、嫌よ」
絞り出すように言い返した。
「ちゃんとアンヌに罪を償わせて! それに、コール王国の人たちを見捨てるわけには――」
「もう引き返せない」
ルークはぴしゃりと遮った。その声のあまりの冷たさに、ミアは言いようのない恐怖を覚える。
「諦めてくれ。ミアはヴィエール王国のために祈りを捧げていればいい」
その言葉に、アンヌの顔から血の気が引く。ルークはそれを一瞥し、溜息を吐いた。
「そんな顔するな。アンヌには聖女でいてもらわないと困るんだ。しっかりしろ」
「……はい……」
弱みを握られているのだろう。アンヌは唇を噛み、俯いたまま従うしかなかった。
ルークは立ち上がり、小屋を見回す。
「ミア。しばらくここにいてもらう。この小屋には魔力を封じる細工をしてあるし、外は兵で囲んである。大人しくしていた方が、君のためだ」
そう言い捨てると、彼は懐から紙を取り出し、その場で素早く手紙を書いた。封をして部下に渡すと、部下は無言で小屋を出て行く。
残された空気が、重く沈んだ。
「ねえ……欲を出し過ぎじゃない?」
アンヌが不安そうに声を潜める。
「いいんだよ。取れる金は取らないと」
二人は小声で言い争いを始めた。二人が何を言っているのか、聞き取れない。二人の話の内容が分からないからこそ、ミアの胸には嫌な予感だけが募っていった。でもこの状況では、ミアにできることは何もない。とにかく逃げなければ。
(今のうちに……!)
二人の注意が逸れている隙を突き、ミアはそっと目を閉じた。いつもなら、呼びかければすぐに応えてくれる存在。
(……精霊、お願い)
しかし、返事はない。温もりも、気配も、何一つ感じられなかった。
(ルークの言葉……はったりじゃなかったのね)
胸の奥が、冷たく凍りつく。
(精霊魔法まで封じるなんて……きっと、高価な魔道具を使ったんだわ)
希望が一つ、また一つと削ぎ落とされていく。ミアは思わず身を縮め、小屋の壁に背を預けた。
(……テオ)
喉の奥が、きゅっと詰まる。
(助けて……)
声にならない祈りを胸に抱きながら、ミアはただ、来るはずのない返事を待ち続けていた。




