〝友達〟
ミアは、コール王国での穏やかな日々をすっかり気に入っていた。
仕事の合間、城の裏庭に面したテラスで、使用人たちとお茶を飲みながら談笑するのが最近の楽しみだ。
この日も、空いた時間に皆でお茶を飲んでいた。
「森の木が魔獣に食い荒らされてしまって、傷付いているんですよね」
若い使用人が、ふとそんな話をする。彼女の表情が曇っていることに、ミアはすぐに気が付いた。
「森の木が元気ないと、突然倒れてくる危険もあるんです。きのこ取りに行った友達も、この前倒木で怪我をして……」
「そんなことがあったんですか……」
ミアは眉を下げ、そっと胸に手を当てる。するとリーナが、ミアに縋るような視線を向けた。
「聖女さま、どうにかできないでしょうか?」
ミアは微笑み、こう答える。
「じゃあ、木の生命力が高くなるように祈りを捧げましょうか。森に行って、少しでも癒せるように」
「ありがとうございます、聖女さま!」
ぱっと花が咲いたように、使用人たちの顔が明るくなる。それを見て、ミアも思わず目を細めた。
(明日、森に行ってみよう)
ミアはそう決めると、再び楽しい談笑に戻ったのだった。
翌日、使用人から聞いた森を訪れたミアは、傷ついた木々の根元にそっと手をかざした。しばらくすると淡い光が周囲に広がり、森の空気が柔らかく震える。草木の精霊によって、木の生命力が高まったのだ。
「……これで、少しは楽になりますように」
祈りを終え、帰ろうとしたその時だった。
「いたぞ! あそこだ!」
「聞き込みの甲斐があったわね!」
振り向いた瞬間、ミアの胸に緊張が走る。
森の入口から駆けてくるのは――ルークとアンヌだった。
思わず身構えるミアをよそに、彼らは目の前で勢いよく頭を下げた。
「悪かった! 僕を殺そうとした罪は不問にするから、ヴィエール王国に帰ってきてほしい」
「今、ヴィエール王国は大変なことになってるの! ミアの力が必要なのよ!」
二人はいかに、今のヴィエール王国が緊迫した状態にあるのかを語った。
突然の謝罪と懇願。
自分を断罪し、散々誇りを傷つけてきた二人が、今は必死に縋りついている――。
予想もしていなかった展開に、ミアは混乱した。その後、怒りと戸惑いが入り混じる。
「何を今更……」
自分でも驚くほど、低い声が出た。ミアの怒りを感じ取ったのだろう。二人の態度はさらに必死さを増す。
「君のことを見直した! 偽物とはいえ、君の力は聖女並み……いや、それ以上かもしれない。君のことを認めるよ」
「お願い、ミア。友達でしょう?」
〝友達〟――その一言に、ミアの胸が痛んだ。
ずっと、大切な友だと思っていた。裏切られるまでは。
でも今は、もう戻れない。
「二人は、私に聖女として戻ってきてほしいと思っているの?」
静かに問うと、ルークとアンヌは一瞬で口をつぐむ。
「いや……正式な聖女はアンヌのままでいきたい。今更ミアに戻ると言われても国民が混乱するし……アンヌの精神面も考えると良くない。あくまで裏で支えてほしいんだ。宮廷魔術師として、裏で祈りだけ捧げてくれればいい」
「でも待遇はよくするわ。人前に出る仕事は全部私がするから、前よりも負担が減るはずだし……悪くない話でしょう?」
随分、二人に都合が良い話だ。酷い裏切りをした相手にこんなことを頼めるなんて、信じられない。ミアは、心の奥で静かに怒りが燃え上がるのを感じた。
だが――自分が不在のせいで国民が苦しんでいる、と思えば、感情だけで断ち切ることもできない。
(この二人を許すことなんてできない……。でも……国民に罪はない)
悩みの末、ミアはアンヌを見つめて言った。
「アンヌ。二人で話せる?」
「……わかったわ」
アンヌが表情を硬くした。森に冷たい風が吹き抜ける。二人の間に重苦しい緊張感が漂った。




