崩壊(sideアンヌ)
一方、その頃。
ヴィエール王国は、わずか数か月の間にまるで別の国のように変わり果てていた。
魔獣は急増し、突然の豪雨は街を飲み込み、穀倉地帯では作物が枯れ、原因不明の感染症が市井に広がっている。
「どうしたものか……」
執務室で国王は深いため息を吐き、額に手を当てた。机の上には被害報告書が積み上がり、どれも重苦しい文面ばかりだ。
「聖女アンヌ。きちんと祈りを捧げているのか?」
名を呼ばれ、アンヌはびくりと肩を震わせた。
胸の奥がざわつく。自分のやったことが露見するのではないか――。その恐怖が喉を締め付ける。
(どうして……? 結界も張ったし、天候調整だってした。私の魔法は間違っていない……はずなのに……)
本物の精霊魔法を持っていたミアほどの効果が出せない。
その事実がじわじわとアンヌを追い詰めていた。
「ま、毎日……精一杯祈っております」
声は掠れ、震えを隠せなかった。
「だが、ミアがいなくなってから、どうもおかしいのだ」
国王が呟くと、隣に控えていたルークが即座に食い下がった。
「父上! あの女は僕を殺そうとしたのですよ。偽聖女など役に立つわけがない。今の災害にミアは無関係です!」
必死の形相でアンヌを庇うルーク。
アンヌはそんな彼の姿に、罪悪感とも安堵ともつかない感情を胸に抱いた。
「アンヌは努力しています。これは聖女の力をも超える自然災害なのです」
「……そうか。未曾有の災害ならば、仕方ない。いずれ収まるのを待つしかないだろう。しばらく宮廷魔術師に協力を要請し、アンヌの補佐につけよう」
国王がそう結論づけると、アンヌは胸を撫で下ろした。
しかし時間がない。この混乱は、彼女の力ではもう押さえ込めない。
(早くどうにかしないと……〝本物〟との違いを、誰かに気づかれてしまう……。そしたら――)
胸がざわつく。息苦しさに耐えきれず、アンヌは気分転換を理由に外出の準備をした。
「聖女さま、お一人での外出は危険です! お買い物なら代わりに私が――」
「うるさいっ! 一人で自由に歩きたいのっ!」
使用人の制止を振り切り、城門を出た瞬間だった。
「――あれだ! 偽の聖女だ!」
誰かの怒号が響く。何かが飛んできたと思った次の瞬間、鋭い痛みが腕を走った。
「痛っ!」
石だった。続けざまに、二つ、三つ。
アンヌは腕を押さえ、怯えながら立ちすくむ。
「偽物聖女!」
「前の聖女さまの時は平和だったのに!」
「お前が国を滅ぼしてるんだ!」
罵声が雨のように降り注ぐ。アンヌの心はみるみる萎縮していった。
「い、いや……違う……私は……!」
反論も声にならない。恐怖が身体を縛り、アンヌは逃げるように城へ駆け戻った。閉められた扉の向こうで、堰を切ったように涙が溢れる。
「アンヌ? どうしたんだ」
駆け寄ったルークの声で、ようやく呼吸が戻る。
「ルークさま……もう、この国に……私の居場所なんて……」
震える声で、外で起きた出来事を話すと、ルークの顔が怒りで歪んだ。
「許せない……! そいつら全員捕らえて処刑してやる!」
「待って、ルークさま……!」
慌てて袖を掴んだ。アンヌの顔はくしゃくしゃに濡れている。
「私も悪いの……ミアは偽物だったけど、魔法の腕は一級品だった。本物の精霊魔法を持つ私ですら……彼女に及ばなかったの」
悔しさと焦りが滲む声だった。嘘を吐いているとは到底思えないような、切実な姿だ。
「……もう、私たちの力じゃどうにもできないの。助けを求めるしかないわ。……ミアに」
「アンヌ……」
ルークはしばらく黙り、拳を握り締めていた。そして、決意を固めたように息を吐いた。
「わかった。ミアを探す。どこにいようと連れ戻す」
その言葉は国を救うためというより、アンヌのための決断に聞こえた。
数日後、部下からミアがコール王国にいるとの報告が入ると、ルークとアンヌは即座に出立した。
国の未来を背負い――というよりも、それぞれの思惑を胸に抱えながら、二人はコール王国へと進むのだった。




