休日
ミアが来てからしばらくすると、コール王国の状況は大分良くなってきた。
荒れ果てていた大地には雨が降るようになり、枯れた井戸には水が満ちるようになった。町の空気からは埃が消えつつある。魔獣の姿もほとんど見えなくなり、人々の表情にようやく笑みが戻り始めていた。今はまだ作物が育ち切っていないが、この環境が保たれれば少しずつ食料不足も解消される見通しが立つだろう。
環境が安定したことで、ミアの聖女としての務めも、以前よりは整った流れができてきた。忙しさは相変わらずだが、以前のように常に走り回る必要はなくなっている。
そんなある日、仕事を終えたミアに、テオドールが声をかけてきた。
「ミア、少し時間をいいか?」
「はい。今日の分の仕事は終わりましたので。何かご指示が?」
いつも通り真面目に答えるミアに、テオドールは小さく笑った。
「いや、指示というほどのものじゃないんだが……ミアに、休暇を作らないかと思ってな」
ミアは瞬きをした。
「……休暇、ですか?」
「そうだ。せめて週に二日は、仕事を完全に忘れる日を作ろう。ミア自身の時間を、大切にしてほしいんだ」
その提案に、ミアは驚きと戸惑いを隠せなかった。
「休暇など……必要ありません。ヴィエール王国でも休みなく働いていましたが、問題ありませんでした」
「ミア」
テオドールはそっと彼女の肩に触れた。驚くほど優しい手だった。
「君は働けるかどうかだけで物を考えているだろう。けれど、人は休まなければ心が壊れてしまう。……ミアには、そんな風になってほしくない」
真剣な眼差しに、ミアは言葉を失った。
「それに……もっと、ミアの笑っている時間が見たいんだ」
「え……」
不意を突かれ、頬が熱くなる。
「ミアが自分のための時間を過ごして、楽しんで、笑ってくれるなら……俺はとても嬉しい」
真っ直ぐすぎる言葉に、胸がきゅっと締めつけられた。ヴィエール王国では、聖女に休暇などなかった。ほんの少しの時間、休憩時間があっただけだ。完全に仕事をしなくて良い日がもらえるなんてあり得ない。それでも、仕方ないと思っていた。人を救う力が、特別な力があるのなら、皆のために働かないといけない。そう思っていたから。
(テオドールさまは、私のことを聖女ではなく、人間として見てくれている……)
その事実がひたすらに嬉しかった。
ミアは少しの沈黙の後、小さく息を吸って言った。
「……わかりました。テオドールさまがそうおっしゃるなら」
その答えにテオドールはぱっと笑顔になる。
「よし。じゃあ週に二日、ミアのための休みだ。楽しんでくれ」
こうして、ミアの人生で初めての〝休暇〟が生まれた。
――そして、その休日。
ミアは原っぱに敷いた布の上で、小さく深呼吸した。草の匂いと、柔らかな陽射し。自分の手で用意したバスケットをそっと開けると、横に座るテオドールが子どものように目を輝かせた。
「なんて美味しそうなんだ……!」
前のめりになるテオドールに、ミアはくすりと微笑む。
「サンドイッチと、お菓子を少し……。どうぞ、召し上がってください」
差し出すや否や、テオドールは勢いよくサンドイッチにかぶりついた。
「……! 美味しい! ミアはこんなに美味しいものが作れるのか!」
大袈裟なほど感激している姿に、ミアはほっとする。料理をするのは久しぶりだったから、少し心配だったのだ。
初めての休日は何をしよう。ミアは悩んだ末、テオドールとの時間を作ることにした。
あの告白の後、彼との心の距離は縮まったと思う。テオドールからも「二人でいる時はテオと呼んでくれ」なんて言われているくらいだ。でも、肝心の〝二人でいる時間〟が中々作れない。仕事の合間に少し、話をするくらいだ。
この状況を打開するため、ミアは初めての休日にテオドールをピクニックに誘ったのだった。
二切れ目を口に運んだテオドールは、今度は目を丸くした。
「このサンドイッチの具は何だ? 甘くて……酸っぱい。初めて食べた」
「木苺を砂糖で煮たものです。小さい頃、砂糖が手に入ると、母がよく作ってくれました」
懐かしい光景を思い浮かべると、自然と目が細くなる。そんなミアを見て、テオドールはふと表情を和らげた。
「……お母さんとは、会っていないのか?」
「はい。聖女になってからはずっと忙しくて……。母は『自分のことは気にしなくていい』と言ってくれましたけど、本当は親孝行がしたかったです」
言ってから、胸の奥に沈んでいた寂しさが少し顔を出した。
テオドールはしばらく黙ったまま考え込んでいたが、やがてぱっと顔を明るくした。
「それなら、休日に会いに行こう! いっそ城に招待して、盛大にもてなすのもいいな」
「え……いいんですか?」
「もちろんだ。親子の時間は大切だろう。必ず、どこかで時間を作ろう」
その言葉に、胸が熱くなった。涙が零れそうになり、ミアは慌ててテオドールの腕にそっと身体を寄せた。
「……ありがとう、テオ」
「ミアが……ミアが甘えてくれている……!!」
彼は信じられないという顔で、しかし満面の笑みでにやけた。
普段の毅然とした王子の姿とはまるで違う。そのあまりのギャップに、ミアは思わず吹き出してしまう。
――こんな時間が、自分に訪れるなんて。
柔らかな風が髪を揺らす。ミアは静かに目を閉じ、このひとときを心から幸せだと感じた。




