表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

戸惑い

 案内された部屋に足を踏み入れた瞬間、ミアはぱっと目を輝かせた。


「わぁ……。とても素敵なお部屋」


 人一人がやっと横になれるくらいの広さしかなく、家具の類は全くなかったが、窓から差し込む光は柔らかく、風の通りも良い。心を静かに落ち着けるにはうってつけの部屋だった。だが、長く使われていなかったのだろう。隅にはうっすら埃が積もり、床や壁が所々黒ずんでいた。


「では、早速やりますか」


 ミアは腕まくりし、部屋の隅に立てかけてあったはたきを手に取る。そして、埃の溜まった窓枠に向かい、手早く掃除し始めた。その動きに迷いは一切なかった。


「せ、聖女さま!? いけません。わ、私たちにお任せくださいませ!」


 王城で働く使用人たちが、慌てて駆け寄ってくる。ミアはくすりと微笑んだ。


「掃除は聖女の仕事の一つなんです。精霊が過ごしやすい空間を作るためですから」

「そう、ですか……」


 それでも、使用人たちはどこか落ち着かない。聖女自らはたきを持つという事実に、どう反応していいのかわからないのだろう。彼女たちのそんな思いを感じ取って、ミアは付け加える。


「なので……私も掃除をしますが、皆さんにも手伝っていただけたら嬉しいです」

「はい……!」


 途端に使用人たちの顔がぱっと輝く。緊張が解けた様子で、どこか楽しそうにミアの周りに集まった。

 それからの掃除は、とても和やかだった。誰かが蜘蛛の巣を見つければ、皆で大騒ぎする。埃だらけになった互いの顔を見つめ合って、笑い合う。そんな様子だった。リーナもノルンも、他の使用人たちとすっかり打ち解けていた。まるで長年の友人のように楽しそうに話している彼女たちの姿を見て、ミアはほんわかとした気分になった。


 

 部屋の掃除が一段落した時、扉が控えめにノックされた。


「様子はどうだ?」


 そう言いながら入って来たテオドールは、清められた部屋を見て目を丸くする。


「まるで別の部屋のようだ。皆で、ここまで……?」


 その言葉に、使用人たちは誇らしげに胸を張った。


「聖女さまと一緒に、一生懸命掃除しました!」

「掃除があんなに楽しいものだったなんて……!」


 テオドールは思わず笑みを零し、ミアに視線を向ける。


「皆いい顔をしている。あなたのお陰なんだろうな」

「いえ……! むしろ、私の方が助けてもらいました」


 ミアが顔を赤くして首を振ると、テオドールは目を細めた。


「皆さんのお陰で、清らかな祈祷室ができました。早速、結界を貼りましょう」


 ミアの言葉によって、部屋の空気に皆の期待が満ちる。ミアはテオドールに説明した。


「王都や市街地を囲むように結界を貼って、外から魔獣が入れないようにしようと思います」

「そんなこと、すぐにできるのか?」


 テオドールが驚いた様子で声を上げる。ミアは微笑んで答えた。


「ええ。精霊たちが力を貸してくれれば難しくありません」


 皆の期待の籠った視線を受けながら、ミアは深く息を吸い込み、両手を胸の前で組んだ。気持ちを落ち着かせ、瞼を閉じる。心が凪いだのを感じると、そっと精霊に呼びかけた。


(どうか、力を貸して)


 その瞬間、ミアの胸の奥はじんわりと温かくなった。心地良い温もりは脈打つように広がり、次第に部屋全体へと満ちていく。


(……いるわ)


 精霊の気配を感じ、ミアは目を開く。淡い光の球体が視界に入った。黄金色に輝く球体と、白く輝く球体が一体ずつ。


(光の精霊と、風の精霊)


 ミアは心の中で呼びかける。精霊たちはそれに応えるように、ミアの周りをふわふわと柔らかく漂った。


 精霊たちは様子を確かめるように辺りをぐるりと旋回すると、やがて部屋の中央に移動した。精霊たちが揺らめく度、部屋の空気が澄んでいく。


「空気が軽い……。不思議な感覚だ」


 テオドールが息をのむように呟いた。使用人たちも、いつもと違う感覚を覚えているのだろう。皆怪訝な顔をして立ち尽くしていた。聖女以外の人間に精霊の姿は見えないが、精霊が近くにいると心が清らかになっていくのを感じることがある。きっと、初めてのその感覚を味わっているのだ。



 光の精霊が眩い光を発する。ミアは思わず目を細めるが、テオドールも使用人も不思議そうにその様子を眺めていた。続いて、風の精霊がものすごい速さで光の周りを旋回する。同時に、強い風が巻き起こった。その風は不思議な風で、空気が流れている様子はあるのに、部屋の物は一切吹き飛ばさない。その場にいる人の髪の毛一本、揺らさなかった。


 不思議な風は段々強くなり、光を細かく砕いて散らしていく。風に乗った光の粒が、開いている窓から外へ飛び出した。そして、そのまま晴れた空に解き放たれ、遠くに消えていく。


(ちゃんと届いて)


 ミアは祈りながら、幻想的な眺めを見つめる。あの光の粒は結界の元となるもの。それを風が街の外れまで運んでいるのだ。十分な光が届けば、無事結界を貼ることができる。


 光の精霊が光を作り出し、風の精霊が風に乗せて運んでいく。しばらくそれを繰り返し、やがて精霊たちは動きを止めた。結界の元を運び終わったのだ。


(――あと少しだけ、お願い)


 ミアがそう念じると、精霊は上下に小さく揺れた。ミアには彼らが頷いたように思えた。


 精霊たちは、窓から外に飛び出していく。そして、互いに寄り添うと空高くに昇っていった。それから少しすると、空が優しく輝いた。月明りのような柔らかな光が、空を覆う。それを見て、ミアは小さく息を吐いた。



「結界を貼り終えました」


 ミアの言葉に、部屋中から「わぁっ!!」と歓声が上がる。ミアはテオドールに向き直り、こう言った。


「王都と市街地を包み込むように結界を貼りました。これで、人が住んでいる場所に新たに魔獣が入ってくることはなくなるはずです。ただ、すでに入り込んでしまった魔獣については、駆除が必要になります。すみません、力及ばず……」

「何を言っている。十分過ぎるくらいだ! 感謝する」


 テオドールは感極まった様子で、ミアの手を握った。突然のことに、ミアは頬を染める。


「あの……殿下……!?」


 ミアの手を握ったままなのに気付いていないのか、テオドールは興奮した様子で続ける。


「残りの魔獣は我々が駆除をしよう。国民を魔獣から解放する希望ができた。あなたのお陰だ……!」


 きらきらと輝く瞳に見つめられ、ミアは動けなくなった。


(何だろう。胸が苦しい)


 心臓が暴れているような、妙な感覚だった。こんなの初めてだったが、不思議と嫌な気分ではなかった。


「今夜はぜひ、もてなしをさせてほしい。一緒に食事でも……」


 嫌な気分ではなかった、のだが……。テオドールはいつまでも手を握り続けている。そのせいで、彼の話が入って来ない。心臓の暴走も更に激しくなっている気がする。


(あー!! もう無理っ!!)


 ミアはたまらず、テオドールの手を振り払った。そして誤魔化すように言う。


「ま、まだやることがありますのでっ!!」

「あ、あぁ……」


 テオドールがぽかんとした様子で呟く。その傍らで、ミアは胸の高鳴りを落ち着かせようと深呼吸し、胸の前で手を組んだ。


 ――数十秒後。


 土のような香りが、窓の外から流れ込んでくる。その直後、小さな雫がぽつぽつと窓にぶつかった。


「雨……?」


 誰かが呟くと、テオドールと使用人たちは一斉に窓の前に集まった。窓からは、王都全体に柔らかな水の筋が降り注いでいるのが見える。長く続いた干ばつで乾ききった大地が瞬く間に潤い、埃の立っていた街路がしっとりと色を濃くしていく。


「いつぶりに降ったかしら……」

「これで少しは作物が育つかも」


 明るい声が次々と上がる。テオドールが嬉しそうにミアに視線を向けた。


「これもあなたが?」

「私というよりも精霊の力です」


 テオドールは感心した様子で、小さく頷く。そして、ミアを真っすぐ見つめて言った。


「ありがとう」



 目が合った瞬間、ミアはまた鼓動が早くなるのを感じた。せっかく、少し落ち着いていたのに。今日はどうも、調子がおかしい。


(きっと、疲れているんだわ)


 当たり前だ。ヴィエール王国を出てから、ろくに休んでいないのだから。


「今日は、もう休ませていただきます」


 ミアは慌ただしく頭を下げる。そして、急いで部屋から飛び出した。


「聖女さま、お部屋までご案内します!」


 後ろから使用人の声が追いかけてくる。それにも気づかず、ミアはひたすら廊下を歩き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ