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コール王国

 視線の先に城門が見えた時、ミアたちは胸をなで下ろした。


「やっと……着いた……」


 ミアは思わず、そう声に出す。森から抜けるまでの道のりは、ものすごく長かった。いや、実際より長く感じていたのだろう。魔獣の気配がずっと途切れることなく、神経が休まらなかったのだ。テオドールの剣が無ければ、今頃生きて森を抜けられていたかわからない。道中だけでも、コール王国がいかに危険な状態にあるのか思い知らされた。


 荒れた農地やひび割れた家屋を横目に、王城に向かう。悲惨な景色に、皆無言になった。



 しばらく歩き、ようやく王城の門の前に着く。ミアは城の外観をまじまじと見つめた。ヴィエール王国の王城以外を見るのは初めてだったからだ。コール王国の王城は、ヴィエール王国のものよりも一回りか二回り小さかった。装飾の類もほとんどなく、かなりシンプルな作りだ。王族が暮らしているにしては、随分と華やかさが足りない印象だ。


「ヴィエール王国の王城と違い、簡素だろう」

「いえっ……! そんな……!」


 ミアは慌てて否定する。表情に出ていたのかもしれない。だとしたら、とても失礼なことをしてしまった。ミアは内心焦ったが、テオドールは朗らかに笑う。


「いや、事実簡素だ。コール王国はヴィエール王国ほど豊かではないからな」


 そう言いながらも、その言葉からは卑屈さを感じなかった。



 案内役の兵士に導かれ、ミアたちは玉座の間へと足を踏み入れた。


 天井は高く作られているものの、装飾は最小限で、薄暗い光が床石に淡く落ちている。仄暗い部屋が、緊張を解してくれる気がした。



 玉座に座っている国王は壮年の男だった。かつては堂々としていたであろう体躯も、今では少し痩せ、全体的に疲労の色が滲んでいる。それでも、その瞳は凛としていた。


(雰囲気がテオドール殿下にそっくり)


 ミアは国王の姿に、そんなことを感じた。


「陛下。ただいま戻りました」


 テオドールが一歩前へ出て、跪いた。


「ご苦労であった、テオドール。……帰ってきたということは、精霊魔法の習得ができたということか」

「いえ。精霊魔法の習得は不可能でした。ですが……」


 テオドールは、ミアを手で示す。


「ヴィエール王国の聖女ミアがコール王国に力を貸してくれることになりました」


 テオドールから紹介され、ミアも前へ出て跪く。


「まさか、聖女自ら……」


 国王は驚いた様子でミアを見つめる。


「聖女ミア。遠路はるばるよく来てくれた。しかし……そなたはヴィエール王国の聖女だろう。構わぬのか?」

「聖女というものは、人種や国に関係なく、目の前の困っている人を救う存在。私にできることがあれば尽力いたします」


 ミアは跪いたまま答える。心の底からの決意だ。国王はミアの言葉に、ほっとした様子で目を細めた。


「聖女の力を借りられる日が来るとは。皆が希望を失いかけていたのだ。ほんの少し力を貸してくれるだけでも十分だ。感謝する」


 その感謝は飾りのものではなく、本心からのものだとミアは感じ取った。


(期待に応えられるよう、頑張らないと)


 ミアは深呼吸し、決意する。


(コール王国の人々を……困っている人を救う。それが……聖女だから)



「すぐに寝室を用意させよう。旅の疲れを癒すといい」


 立ち上がるなり、国王はそう言った。しかし、ミアはすぐにこう願い出る。


「それよりも、祈りを捧げるための部屋を用意していただきたいのですが。狭くても構いません」


 その場にいた全員が、ぽかんとミアを見つめた。兵士がひそひそと「着いたばかりだぞ!?」「休まないって正気か……?」と話す声が聞こえる。それでもミアは、気にする様子はない。


「きちんとした聖堂は、今は荒れ果てている。用意できるのは、城の一角の部屋だが……」


 国王があっけにとられた表情で告げる。ミアはにっこりと笑って答えた。


「大切なのは、形ではありません」


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