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的外れ

 コール王国を目指す道は、深い森の中へと続いていた。


 朝霧がまだ薄く漂う森は静かで、鳥の囀り一つ聞こえない。心なしか、空気が重く感じる。嫌な雰囲気だ。


「この森、とても大きい。飲み込まれそう……」


 リーナが不安そうに呟く。小柄な彼女は、不安そうに傍らを歩くノルンにぴったりとくっついた。


「ちょっと、リーナ、歩きづらいって。そんなに怖がらなくても大丈夫だから」


 ノルンはそう答えながらも、身体を細かく震わせていた。


(やっぱり、別れるべきだったのかしら)


 二人の少女の姿を見て、ミアはそう考える。最初は、二人に付いてきてもらおうとは思っていなかった。コール王国は不安定な状態だというし、逃亡に巻き込んでしまった以上、更に彼女たちに迷惑をかけるわけにはいかないからだ。リーナとノルンなら、きっとどこでも仕事を見つけられる。ヴィエール王国に帰らずとも、居心地の良い場所を探して幸せに暮らしてほしかった。


 しかし、ミアがその思いを伝えた途端、二人は猛烈に反発した。『私たちは聖女さまに一生付いていくと決めました!』『聖女さまが人助けをするなら、お手伝いしたいです』彼女たちはそう言って、付いてくるという意思を曲げなかった。だから、一緒にコール王国に行くことにしたのだ。



 森の奥に進むと、空気は更にじっとりと湿ってきた。リーナはまだノルンの腕にしがみついている。ノルンも心細そうに唇を噛んでいた。


(二人とも、私に付いてきたせいで怖い思いを……)


 ミアの胸がちくりと痛む。その時、前方を歩いていたテオドールがふと振り返った。


「足元ばかり見てると転ぶぞ」

「え……?」


 テオドールはじっとミアを見つめて言う。


「さっきから、ずっと下を向いている。顔色も良くない」


 ミアは息をのむ。不安な気持ちを見透かされている。


「もし、あなたが――」


 テオドールが何か言いかけたその時だった。茂みが揺れ、低い唸り声が森に響く。


 ――魔獣だ。


 見た目は狼に似ているが、大きさはその何倍もあろうか。体毛はほとんどなく、黒い皮膚がぬるりと不気味に光っている。皮膚のひび割れた部分から漏れ出ている瘴気。黒い穴のように、全く光を反射しない瞳。恐ろしい存在を前に、全身の体温が奪われていくような嫌な感覚が走る。



「下がって」


 テオドールはさっとミアたちの前に立つ。と、同時に魔獣が咆哮した。その音は人間の呻き声と泣き叫ぶ声が混ざったような、不快な響きだ。ミアの手のひらに汗が滲む。


 魔獣が地を蹴り、勢いよく迫ってきた。だが、テオドールはその動きに一瞬たりとも怯まない。抜き放たれた剣が鋭く光る。次の瞬間、重い肉を断つ鈍い音がした。


 ゆっくりと、倒れ伏す魔獣。瘴気が霧散して、徐々に消えていく。


 助かった、と思った瞬間に全身の力が抜けた。魔獣。存在は知っていたけれど、間近で見るのは初めてだった。迫ってくる魔獣の姿は、まさに自然の脅威そのもの。荒々しい存在を前に、ミアは立ち尽くすことしかできなかった。


「怖かった……」

「あれが、魔獣……」


 リーナとノルンが互いに身を寄せ合って震えている。二人の姿を無言で見つめているミアに、テオドールがそっと声をかけた。


「さっきの続きだが……もしあなたが、あの二人を連れてきたことに責任を感じているなら、的外れだ」

「的外れ……?」


 ぽかんとしているミアに、テオドールは優しい声で続ける。


「リーナもノルンも、自分の意思で付いてきたんだ。あなたが気に病むことはない」


 テオドールの言葉に、リーナとノルンも「そうですよ!」「私たち、後悔してません!」と反応する。元気な彼女たちの声に、ミアは救われた。テオドールはにっこり笑って言う。


「それに、あなたたちのことは必ず俺が守る。一人で抱え込むな」


 その一言が、胸の奥に沁み込んでいく。ミアは曇っていた心が晴れていくような気がした。


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