友曳き方
オチ担当:蒼風 雨静 それ以外担当:碧 銀魚
「藤戸さん、火葬場の休みって、どうして六日ごとで、曜日もバラバラなんですか?」
事務所のカレンダーを見ながら、そう言ったのは狭山だった。
ちょうど明日が休みというタイミングである。
「入社する時に説明があっただろ。」
藤戸が呆れて答えると、狭山はポリポリと頭を掻いた。
「もう何年も前なんで、忘れちゃいましたね。友達と休みの予定とか立てづらくって、困ってるんですよ。」
「おまえなぁ……」
藤戸は溜息をつき、そばにいた清澤に水を向けた。
「清澤さん、覚えてる?」
「ええ。友引ですよね。」
清澤はすんなり答えた。
「友引……って、何でしたっけ?」
一方の狭山は、全く覚えてないらしい。
すると、清澤がカレンダーに印字されている文字を指さした。
「友引というのは、六曜という旧暦で使われていた暦の一つです。六曜は先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の順で繰り返すので、友引がくる六日ごとに火葬場がお休みになるんですよ。」
「新人の清澤さんのほうが、しっかり覚えてるじゃないか。」
藤戸に窘められ、狭山は膨れっ面にになった。
「だって、清澤さんは最近入ったばかりで、その説明を受けたばかりだから。」
「六曜くらい、一般常識で覚えておけ。」
藤戸はぴしゃりと言い放った。
「……で、何でその友引が、火葬場の休みになるんですか?」
狭山が改めて訊くと、清澤がカレンダーの友引の字を指さした。
「友引は漢字で“友を引く”と書きます。なので、亡くなった方が、友人や縁者をあの世に引き込んでしまうという迷信があるのです。」
「えっ!?こわっ!」
「ですから、友引は葬儀自体が行われないことが多いので、火葬場はお休みになっているんですよ。」
「へぇ~……でも、たまに六日を待たずに休みになることもありません?確か、この前の九月とか、そんな日があったような……」
狭山が首を傾げた。
「六曜は基本的に前述の順で回り続けるのですが、旧暦の毎月一日は中てられるものが固定されてるんですよ。例えば、旧暦一月一日と七月一日は先勝、六月一日と十二月一日は赤口、となっています。」
「へぇ。」
「友引の場合は旧暦の二月一日と八月一日が固定されているので、新暦でその日に当たる日は、周期に関係なく友引になります。そのせいでしょうね。」
「そうなんですね、ムズ!」
清澤の丁寧な説明に対する、狭山の感想はこれであった。
「ちなみにだが、九州とかは六曜の風習が定着しなかったから、友引でも普通に葬儀も火葬もやるそうだ。それと、人口が多い都市部も、割と火葬場の休みはなかったりするな。大阪の市営火葬場とかは、年中無休でやっている。」
藤戸が補足説明を入れた、その時であった。
突然、事務所の電話が鳴った。
「はい、湊火葬場です。」
すぐさま、清澤が電話に出た。
狭山より、余程手慣れている。
「はい、明日、ですか?少々お待ち下さい。」
清澤は保留ボタンを押して、藤戸のほうを見た。
「明日、友引ですが火葬をしてほしいと、葬儀社を通して依頼がきたのですが……」
清澤の言葉を聞いて、藤戸は溜息をついた。
「何か事情があるのか……もしくは、さっき言った、友引の慣習がない地域出身の人かもな。」
「どうします?」
「まぁ、受けようか。他の火葬場も殆ど休みで、困ってるんだろう。所長には俺から話を通しておくから、資料をすぐに持ってきてもらってくれ。」
「わかりました。」
清澤は手早く通話に戻った。
「明日は休日出勤だな。」
「えー!」
子供みたいに文句を言ったのは、狭山だけだった。
翌日。
霊柩車がやってきたのは、ちょうど正午だった。
休日出勤の藤戸と狭山、そして清澤が出迎えた。
霊柩車に遺族らは乗っておらず、その後ろを一台の軽自動車がついてきていた。
その自動車から降りてきたのは、五十代くらいの女性が一人。
「……遺族は一人だけ、ですね。」
狭山が呟くと、藤戸は小さく溜息をついた。
「わざわざ友引に火葬をするからには、それなりの事情があるんだろう。」
「変なことにならないといいですね。」
これまでの経験則から、遺族の数が少ないと、妙なことが起こりやすい傾向があるのは、狭山も身に沁みているところである。
「今回は急で、結局碌な資料が来てないから、事情がわからん。二人とも、注意するように。」
「はい。」
「わかりました!」
資料自体がないので、今回は叱られない狭山はニコニコしている。
そんなやりとりをしている間に、棺桶と遺族らしき女性が入口までやってきた。
「この度は、無理なお願いを聞いて頂いて、ありがとうございます。小林と申します。」
女性の自己紹介を聞いて、狭山は「あれ?」と思った。
入口の札には“北形様”と書かれている。
これは故人の苗字だが、この女性と苗字が違う。
「とりあえず、中へどうぞ。お話はそちらで。」
藤戸が促し、清澤が小林の案内を始めた。
「苗字、違いますね。」
狭山がこっそり言うと、藤戸は小さく頷いた。
「結婚して、どちらかが苗字が変わっただけかもしれんが……遺影とあの小林さんは、顔が似てないし、同世代に見えるな。」
「遺族じゃなくて、友達とか?」
「ああ。それとなく訊き出してくれるよう、清澤さんに頼んでおいた。」
藤戸はそれだけ言って、小林と清澤の後を追った。
今日の火葬はこの一件だけなので、作業はスムーズに進んだ。
清澤が案内をしている間に、藤戸と狭山が細かい準備を整え、同じく休日出勤の憂き目に遭った兼田が、火葬炉の準備を整えていく。
その最中、小林に付いていた清澤が、スッと藤戸に近寄ってきた。
「藤戸さん、大体のところはわかりました。」
「流石。で、どうだった?」
そのやりとりに、狭山もさり気なく聞き耳を立てる。
「小林様と北形恵美様は、やはり親族ではなく、御友人だそうです。」
「友人、か。」
「四十年来の御友人だそうで、お二人とも結婚せず、同じアパートの隣同士で暮らしていたそうです。」
「ほぉ。親友ってやつだな。」
「ええ。ただ、今回、北形様が交通事故に遭ったそうで、それで他界されたそうです。」
「交通事故?」
「はい。ただ、即死ではなかったそうで、亡くなるまでの間に、今日この日に、親友の小林様にだけ見送ってほしいという遺言を、スマホの中に残していたそうです。」
「それで、友引なのに、葬儀と火葬を行ったってことか。」
藤戸は合点がいった。
「故人の遺志なら、不審なところはなさそうですね。」
「そうだな。」
藤戸は小さく頷くと、それとなく作業に戻った。
そうして、いつもの半分の時間で、火葬の準備は終了した。
棺が火葬炉の前に運ばれ、棺の小窓が開かれて、最後のお別れの時となる。
「恵美ちゃん、さよならだね。」
小林が涙ぐみながら呟いた。
遺体の頭部には傷があり、恐らくあれが事故で負った致命傷と思われた。
だが、小林はそれも構わず、故人の顔を撫で続けている。
「北形様は、小林様だけに見送ってほしかったのですね。」
清澤が隣でそう言うと、小林はピタリと手を止めた。
「本当のところは、何で私だけなのか、わからないんです。」
「と言うと?」
清澤が尋ねると、小林は故人の顔を見つめた。
「恵美ちゃんは、事故に遭ってから、しばらく意識があって、助けを求めようと思ったのか、少し現場から歩いていたそうなんです。その間に、スマホに遺言を書いていたと、先程申しましたが……もしかしたら、単に意識が朦朧としていただけかもしれません。」
「それでも、小林様のことを、最後に想っていたのではないでしょうか。」
清澤が言うと、小林は寂しそうに微笑んだ。
「そうだと、いいんですが……私は気にしていませんでしたが、恵美ちゃんは結婚できず、子供もいなかったことを、悩んでいたみたいでした。なまじ、私が傍にずっといたらから、焦ることができなかったと、言われたこともあります。」
「そうなんですか……」
「後に最期を迎えるほうは、独りぼっちになりますからね。それを恐れていましたね。でも、こうして恵美ちゃんが先になっちゃったから、ある意味安心しているかもしれません。」
小林はそう言って、棺から手を出した。
「それでは、お別れとなります。」
藤戸がそう言って、棺の小窓を閉めた。
そして、火葬炉に棺が入っていく。
「バイバイ、恵美ちゃん。」
小林の惜別の言葉と共に、火葬炉の扉が閉められた。
その後、火葬、お骨上げは滞りなく終わり、小林は骨壺と遺影を持って、火葬場の出入り口まで来た。
「本日は、友引なのに、ご無理を言いまして、申し訳ありませんでした。恵美ちゃんも、最後の願いが叶えられて、喜んでいると思います。」
小林は丁寧に述べ、藤戸達に頭を下げた。
「いえ、私達も喜んで頂けたなら、本望です。ご親友を亡くされて、気落ちするかと思いますが、どうか北形様の為にも、前を向いて下さい。」
藤戸がそう述べると、小林は嬉しそうに微笑み、もう一度頭を下げた。
そうして、乗ってきた軽自動車のほうへ、遺影と遺骨と共に、歩いて行った。
「いやぁ、陥没した頭蓋骨がしっかり残ってましたね。」
事務所に着くなり、狭山が不謹慎なことを言った。
「まぁ、死因は頭部の外傷だから、仕方ないな。」
藤戸は溜息混じりに呟いた。
実際、しっかり残り過ぎていて、骨壺に入れるのが大変だったのだ。
「そう言えば、ちょっと気になってスマホで調べたんですけど、交通事故を起こした犯人は、まだ見つかってないらしいですね。」
狭山がスマホを弄りながら言った。
「単独事故とかじゃないのか?」
藤戸が尋ねると、狭山は頷いた。
「はい。一応、車のひき逃げだったらしいですけど、直接ぶつかったわけじゃなくて、ぶつかりそうになったのを避けて転んで、頭を強打したそうです。」
「それで、即死じゃなかったのか。」
小林が言っていた状況が、少しずつわかってきた。
「で、そこから自力で百メートルくらい移動した形跡があったそうで、その間にスマホに遺言を書いたりしてたみたいですね。地図アプリも開いてあって、人がいるところを探していたみたいですし。」
「そこまで移動したのに、誰も助けなかったのか?」
「時間が深夜で、人通りもあまりないところだったみたいです。向こうの、芝目公園の近くですよ。」
狭山がスマホで地図付きの記事を見せてきた。
芝目公園は、湊火葬場から北に三キロメートルほど行ったところだ。
確かに、深夜は人通りが少ないところである。
「事故が起きたのは、今から五日前か……検死とかもあったから、葬儀と火葬が遅れたんだろうが……ん?」
ふと、藤戸の表情が厳しくなった。
「どうしたのですか?」
清澤が藤戸の様子に気付き、尋ねた。
「いや、まさか……」
藤戸は慌ててカレンダーを見た。
事務所のカレンダーには、日にちと六曜以外に、もう一つ文字が毎日書かれている。
干支である。
「清澤さん、友引の迷信って、どうして生まれたか、知ってる?」
藤戸が尋ねると、清澤は首を傾げた。
「確か、陰陽道で特定の時期に特定の場所で葬儀をしてはならない、という考え方があって、それと混同されたというのは、聞いたことがありますけど……」
流石にそこまでは清澤も知らないらしい。
「そう、それ。実はそれは“友曳き方”というんだ。」
「ともひきかた?」
狭山は全く聞いたことがない言葉だ。
「現代では、干支は年の割り振りしか馴染みがないが、実は日ごとにも割り振られているんだ。ウチのもそうだが、カレンダーによっては、干支が書かれているだろ。」
「あ、毎日干支が書かれているのって、そういうことなんですね。」
「そうだ。ちなみに、今日は午の日だな。」
カレンダーの今日の日付には、確かに“午”と書かれている。
「それと、干支は方角を表すのにも使われるんだ。北を子として、時計と同じように干支を並べるから、東は卯、南は午、西は酉となる。」
「それは、神社とかで見たことがありますね。」
清澤が頷きながら言った。
「で、陰陽道では、この日と一致する干支の方角を、友曳き方と言うんだ。」
「日と一致?」
狭山が首を傾げる。
「例えば、今日は午の日だから、午の方に当たる南が友曳き方ということになる。故人の自宅から見て、この友曳き方で葬儀を行ってしまうと、友が冥界に引かれてしまうとされているんだが、それが六曜の友引と混同されたと言われているんだ。」
「そういうことだったんですね。でも、それがどうしたんですか?」
狭山が尋ねると、藤戸は狭山のスマホに表示された地図を指さした。
「北形様が亡くなってた場所、この火葬場の真北だろ。つまり現場から見て、ウチは真南。干支で言うと、午の方だ。で、今日の干支は?」
「……午、ですね。」
「つまり、北形様が亡くなった場所から見て、今日ここは友曳き方だ。」
狭山と清澤は、サッと青ざめた。
「しかも、火葬を開始したのは正午過ぎ。ちょうど午の刻だ。」
藤戸は溜息混じりに言った。
「それじゃあまさか、小林様が……」
狭山が言いかけた、その時だった。
ガシャン!という、大きな音が、外から響いてきた。
「何だ!?」
藤戸が慌てて立ち上がり、窓から外を見た。
距離があるので詳細がわからないが、火葬場の駐車場出入口辺りで、煙のようなものが上がっている。
「マジかよ!」
藤戸と狭山、清澤は急いで外に飛び出し、駐車場を駆け抜けて出入口まで来た。
そこには、出入口付近の電柱に衝突した、小林の軽自動車があった。
「清澤さん、警察と救急車を!」
「はい!」
「狭山、小林様を助け出すから、手伝え!」
「わかりました!」
藤戸が素早く指示を飛ばし、清澤は火葬場へ蜻蛉返り、藤戸と狭山は前方が大破した車に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
藤戸が呼びかけるが、運転席にいる小林はぐったりとして動かない。
「ドアをこじ開けるから、手伝え!」
「はい!」
藤戸と狭山は変形した運転席側のドアを、半ば破壊してこじ開けた。
そして、何とか運転席にいた小林を引きずり出す。
「小林様、しっかりし―うっ!」
「いっ!?」
瞬間、藤戸と狭山は声を失った。
小林の顔は、元の形相がわからないほど歪んでおり、絶命しているのが一目でわかった。
その顔は、この世で最も恐ろしいものを見たような、凄まじい形相だった。
結局、小林は救急搬送されたものの、助からなかった。
清澤が呼んだ警察が現場検証を始め、藤戸達も長時間に渡る取り調べを受ける羽目になり、一通りのことが終わった頃には、もうすっかり日が沈んでいた。
「なんか、めちゃくちゃ疲れたんですけど……」
狭山がぐったりしながら言った。
まだ、現場検証が完全には終わっていないので、藤戸、狭山、清澤の三人は、事務所で待機している状態だ。
「ただでさえ、休日出勤なのに……明日、休みにならないんですか?」
狭山がぼやくと、藤戸は溜息をついた。
「明日も火葬の予約は入っているからな。待ってもらうわけにはいかないだろ。」
「ええ~……」
狭山は悲痛な声を上げて、突っ伏した。
と、その時だった。
「いやぁ、ごくろーさん。」
そう言って入ってきたのは、刑事の千野だった。
「あれ?交通事故は千野さんの管轄じゃないでしょ?」
藤戸が尋ねると、千野はニヤリと笑った。
「それがさぁ、今回の事故車、どうもこの前も事故を起こしてたらしくってさ。それで俺にもお呼びがかかったんだよ。」
千野の言葉で、藤戸の表情が険しくなった。
「まさか、五日前の芝目公園近くの事故ですか?」
「おっ!よくわかったな。」
千野はパンパンと手を叩いた。
「まさか、北形様を轢きそうになった車って……」
「そう、あの小林って女の車だ。」
途端に藤戸は瞑目し、狭山と清澤は驚愕した。
「直接ぶつからなかったから、車側に損傷がなくて、特定がなかなかできなかったんだよ。普通は、落ちた部品とか、剥げ落ちた塗装で、車種が特定できるんだがな。」
千野は肩を竦めながら言った。
「しかし、あの二人は親友同士だって言ってたのに、どうして……」
藤戸が呟くと、千野は手帳を取り出した。
「それ自体は、不幸な偶然だったみたいだ。小林は仕事の帰りで、被害者はたまたまコンビニに買い物に出た帰りだったそうだ。もしかしたら小林側は、轢きそうになったのが親友の北形だったと認識すらしていなかったかもしれん。」
「ただ、北方様は見慣れた親友の車だったから、わかったかもしれませんね。」
清澤が静かに言った。
「ところで千野さん、被害者は亡くなる直前に、スマホで遺言を書いたのと、地図アプリを開いていたと聞いたのですが、事実ですか?」
「え?ああ。ついでに言うと、カレンダーも開いてたな。遺言はともかく、地図とカレンダーは、意識が朦朧として、操作ミスでもして開いたんじゃないかという話になったが。」
千野が言うと、藤戸が首を傾げた。
「それが疑問なのですが、遺言を書いたりする余裕があったのに、電話をかけて助けを求めなかったのでしょうか?」
「発信履歴はなかったな。意識が混濁して、そこに気付かなかったんだろうという話になったが……でないと、死ぬとわかってて、敢えて移動をした、なんて妙なことになる。」
千野の話を聞いて、三人は思わず目配せで見つめ合ってしまった。
「おいおい、なんかあるのかい?」
それを千野が目敏く見つけ、ニヤニヤと追及し始めた。
「まぁ、また迷信与太話になりますが。」
藤戸はそう前置きして、先程の干支と友曳き方の話をした。
千野は非常に興味深そうに聞いている。
「なるほど……だとすると、被疑者は小林で間違いなくて、被害者はその小林を道連れにしようと、死の間際にわざわざ地図とカレンダーで干支を調べ、ここの真北になる位置に移動した上で、自分の火葬の日時を友引に指定した、ってことか。」
「まぁ、何の証拠もありませんけどね。」
藤戸はそう言うと、千野は手帳をパタンと閉じた。
「いや、面白い話だった。丁度、被害者の火葬が行われた直後だったと聞いて飛んできたが、やっぱり話を聞いてよかったよ。」
対して、千野はなぜか嬉しそうだ。
「その被害者なら、とりあえずで、そこにいますよ。」
藤戸は事務所の一角を指さした。
そこには、現場から回収された骨壺と、ガラスに罅が入った遺影が置いてあった。
助手席に置いてあったものを回収はしたものの、今日来ていなかった遺族がとりに来るまで時間がかかるとのことで、とりあえず預かっているのだ。
「おっと、これはこれは。」
千野はそう言うと、パンと手を合わせた。
そして一礼してから、事務所から出て行った。
「やっぱり、自分を死なせたことが許せなくて、道連れにしたかったんですかね。」
千野がいなくなるや否や、狭山が呟いた。
「もしかしたら、単に寂しくて、一緒に逝きたかっただけかもしれませんよ。北形様は、結婚や出産ができなかったことで、生きることそのものに悩んでいたようですし……」
清澤がそう言うと、藤戸はちょっとだけ渋い表情になった。
「どうだろうな。今となっては、故人の真意はわからんが……一つ、気になることはある。」
「何ですか?」
藤戸は、遺影と骨壺の方へ目を遣った。
「俺達が小林様を見送ってから、事故が起こるまで、三十分以上あっただろ?あの間、駐車場で、一体何をしてたんだろうな。」
「あっ。」
言われて狭山と清澤は初めて気付いた。
確かに、三人が見送ってから事務所に戻り、雑談をしている間、小林はずっと駐車場の車内にいたことになる。
「車に乗って、遺影と骨壺を助手席に置いて……その後、何を見たんだろうな。」
狭山は、恐怖に引き攣った、小林の死顔を思い出した。
あれは果たして、事故の恐怖だけのものだったのだろうか……
「友情って、もっと美しいものだと思ってました。」
狭山が言うと、藤戸は苦笑いを浮かべた。
「そう言ってる奴は、友情の真髄と裏返しを知らないんだよ。」
藤戸は罅割れた遺影の横の骨壺を見た。
骨壺を包む白い骨袋には、赤い鮮血が、点々と染みついていた。




